⑩-5 面会
唯一の個室である病室に通された。病室にはミランダとその旦那ディートリヒが、ティニアを囲んでいた。ティニアはミランダのお土産であろう洋服を持ち上げ、他の洋服と見比べては嬉しそうにニヤニヤしている。顔色も良く、いつも通りのティニアが居た。
「ミランダさん! おかえりなさい。会いたかった!」
「マリア! ふふ、ただいま。良い子にしていた?」
「もちろんよ。私、ミランダさん好きだもの」
マリアはミランダを抱き締めながら、目の前で青い顔をしている旦那を横目でチラ見した。
「えぇー!! マリアちゃん、酷くない。その美人は俺の奥さんなんだけど。抱きしめていいのは俺だけだよ⁉」
「ちょっと待って。僕をおいてけぼりにするんじゃないよ」
ティニアはむくれたように、頬を膨らませた。そして、すぐにいつも通りの笑顔を向けた。マリアは涙ぐみ、服の袖で顔を拭った。
「ティニア……。もう大丈夫なの?」
「心配かけたね、マリア。うん、もう大丈夫だよ」
「そうよね。二日も眠ったままだったんだもの。ティニアの寝坊助さん!」
「えー。心配してくれてたんじゃないの?」
「えー?」
「なんですか、この茶番は」
遅れて病室へやってきたアドニスはその洋服を受け取ると、近くの紙袋へしまい込んでいった。
「やー。アドニス。心配かけたね」
「全くですよ。金輪際、無理はしないでください」
アドニスは病室の一行の顔ぶれをゆっくりと見渡した。皆はティニアへ頷き返した。
「本当だわ。ドイツで電話もらって、驚いたんだから」
「あ、どうでした? ドイツは。早く色々話が聞きたいわ。」
「マリアぁああ~~~。悪かったよぉ、無視しないでえ」
「ふふ。ごめんなさい。大切な話もあったから……」
「あ……」
ティニアは小さく声をあげたまま、ショックを受けたように止まると、みるみる目が虚ろになっていった。すぐにアドニスが駆け寄り、目の前で手を振って見せるが、反応はない。
「ちょ、ちょっとティニア、大丈夫?」
慌てたマリアが声をかけるが、返答は簡単に返ってきた。
「……はい。問題はありません」
「え?」
「直ちに花を積んで参りましょう。お待ちください。フリージアで宜しいでしょうか」
ティニアはヨロヨロとベッドから起き上がろうとした。足が布団から覗いたが、痛々しい包帯が見て取れる。
「何をボケたことをしているのですか。マリアが大切な話があると……。わかりますか、マリアが」
「聞こえていますよ。マリア様、お話は後でも宜しいでしょうか」
「私、先生を呼んでくるわ!」
「頼みます。ティニア、落ち着いて下さい。ここは診療所で……」
アドニスは慌てて、周囲の設備について説明を始めたものの、ティニアは全く取り合うことはなかった。重苦しい緊張の重圧だけが支配する。
「失礼します! ティニアさん、どうされましたか」
レオンが血相を変えて病室へやってきた。
「何でもありません。庭園へ赴き、花を摘まなくてはなりません。ですが、彼等がそれを拒むのです。何故でしょうか」
「すみません、マリアさん。看護師を呼んでもらって頂けますか。向かいの病室にいるはずです。それから皆さんは一度、お帰り下さい」
「わかったわ……」
「マリア、行きましょう。先生が付いていてくれるから、大丈夫よ」
狼狽えるマリアの肩を叩くミランダの表情は重い。
大丈夫とは、どういったことを指すのだろうか。マリアは深く考える思考を首を横に振って停止させると、看護師を探して病室へ駆けこんだ。
病室は換気を終えた所であり、看護師のアニーが窓を閉めようとしていた。柔らかな風が、ベッドに横たわる女性患者の髪を撫でているようだった。
「アニーさん、レオン先生が呼んでるわ。ティニアの所へ、お願い」
「! わかりました」
緊迫したマリアの言葉に対し、アニーは直ぐに反応すると、病棟へ急いでいった。
閉められなかった窓からは、柔らかな風が部屋を包み込む。穏かに、そして柔らかにベッドで横たわる患者の髪を撫で、カーテンを揺らしている。
マリアは、確かに時が停止するのを感じた。
痩せ細った、頬のこけた女性がベッドで眠っている。ゆっくりと呼吸を繰り返し、掛布団の下で、胸がゆっくりと上下に揺れているのが判る。
女性患者の美しい金髪は長く伸びきっており、一つの三つ編みに結われていた。
マリアは呼吸を忘れ、立ち尽くすと我に返るまでに時間を要した――。




