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暁の芽吹 ―レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode3「混ざり合う糸」
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③-6 紫雲に代えゆ

 アルベルトは困ったような顔をすると、目の前の女性へ一歩近づいた。ティニアはすぐに一歩後ろへ下がった。後ろには祭壇があるため、腰が祭壇に当たり、それ以上は下がれない。

 その姿に、アルベルトは前進を諦めた。


「ま、警戒はするよね」

「……確かに。警戒するのは当然でしょうね」

「あの子がどう解釈したのかは知らないけど。世間知らずだからって、騙せると思っていたら大間違いだよ」


 アドニスは自分が変に動くことで、ティニアが不利になることを恐れた。

 丁度良いことに、アドニスはアルベルトの背後におり、表情で悟られることは無い。

 アドニスはもはや、心の中で神に祈る他、術がなかった。


「偽りなく、正直に話したのですが」

「君、孤児らしいね」

「ええ、変な箇所はお伝えしているようですね」

「そうだね。孤児であるのなら、少なくとも名前だけでは素性がわかる情報は、ないんじゃないかな」

「……そうですね」


 アルベルトは一瞬だけ教会のステンドグラスへ視線を送った。

 ティニアは再び目を閉じた。


「例え、君がデタラメを話したところで、真実を話したところで、君には何の落ち度もない。そしてその情報には何の価値もない」

「……ですが、一つだけわかることがありますよ」

「へー、なに?」

「貴女が、今を偽ってそこに居るという事でしょうかね」

「……なんだって?」


 ティニアは目を開けた。しかし、アルベルトと視線は合わない。


「ヘッセの書籍を私に預けた女性が、話しておられたのですよ。貴女が見た目通りの冷たい印象の性格ではなく、お道化た上で無邪気に微笑んでしまうため、単純な愚かな男の心をより奪うのだと」

「……はあ?」


 ティニアは、アルベルトへの目線をついに交わしたものの、激しく動揺したまま固まってしまった。アルベルトの青い瞳が、ティニアの青い瞳を捉えた。


 しかし、ティニアは目を閉じると、首を横に振った。


「……はあ。なーるほど、アンナさんか。把握した。置いていくんじゃなかったなあ。余計なことを」

「なるほど。確かに愛らしい」

「はあ!?」


 ティニアは見るからに不満げな顔で、男に歩み寄った。その反応に一瞬安心したはいいものの、アドニスの不安を拭い去ることは出来なかった。


「っていうか」


 もう少しで手が届く、という距離まで歩み寄ったものの絶妙な距離で立ち止まると、ティニアは突然安心したかのように表情をやわらげた。いつものティニアだった。


「偽ってんのは、そっちもでしょ。なにその話し方!」

「……ふふ。ハハハ! 全く、バレてたか」

「え!? ま、まさか、お知り合いなのですか!?」


 アドニスの気の抜けた声を聞き、ティニアは声を出して笑った。つられてアルベルトも笑う。


「そんなわけないでしょ、知らないよ。こんなやつ。どう考えても嘘くさいじゃん」


 そういうと、ティニアはアルベルトに更に一歩接近したため、アドニスは慌てて二人に近づこうと焦った。しかし、ティニアは腕を伸ばし、人差し指をアルベルトに突き出した。


「とにかく、その話し方はやめてほしい」

「……何故でしょうか? レディ」


 アドニスが二人を交互に見比べ終える頃には、アルベルトは年よりもずっと幼く微笑むと、我慢しきれずに声を出して噴き出してしまったのだ。ティニアは目をぴくぴくさせ、いかにも不機嫌そうに振舞って見せた。


「ハハハ!! ごめん、ごめん。悪かったよ。癖になってたんだ。確かに、君は俺の探してる人じゃないな」

「そーでしょうよ。ボクはボクだからね! でも、さっきまでのキミは、とてつもなく、きもちが悪いんだ!」

「あーもう、本当に。ティニア、さんでしたっけ?」

「うむ。……キミは?」

「ハハハ、本当に。もう、ちゃんと名乗ってるんだけどな。アルベルト。アルバートでもいいぞ」

「ままま、待ってください、ちょっと!!」


 ついに置いて行かれていた事に気付いたアドニスは、二人の間に割って入ると、急いで二人を引き離した。


「何がどうなっているか知りませんけど!! つまりなんですか!? 衛兵は呼ぶんですか、呼ばないんですか!!」

「ええ。うあー、忘れてた。ボクは別に呼んでもいいけど」

「ハハハ!! 忘れてた。俺も、別に呼んでもらって構わない」


 二人は笑いながら、衛兵の敬礼の真似をし始めた。神父は酷く疲れた表情を浮かべ、項垂れた。そんなアドニスに対し、ティニアは悪戯っ子のような視線を送る。


「神父、多分呼んだら有耶無耶にされたあげく、神父が締め上げられるよ」

「ええ!? な、なぜですか! こんなしがない小さな教会の神父を、カツアゲですか!?」

「君、さ。あれだよね、ドイツの兵隊を辞めて、協力してるんでしょ。スイス軍に」

「それについては、一切お答えできませんね」

「ちょっと待ってください。ティニア、わかって黙っていましたね?」


 二者の笑い声は、扉を突き抜けて町へと流れたものの、夕刻の騒がしい人々の喧騒によって、かき消されていった。

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