第三十九話
「お待たせしました。入団試験を受けられる方は一杯無料です」
お姉さんが俺たちの前に二つのグラスを置いた。丸い氷が飴色の液体の中に沈んでいる。雰囲気もあって、お酒に見える。
報酬のお陰でお金の心配はしていなかったけれど、無料に越したことはないな。
甘い匂いを感じながら、口に含んでみる。変な味だな、冷たいのに熱さが喉を通っていく。
ココもお茶を口に含んだ。
「ふえ⁉ これお酒じゃないですか! 頭がクラクラしてきました」
そうなのか? 異世界の飲み物だと思ってしまった。酔ったりは、していない気がする。
「お茶じゃないのか?」
「絶対に違いますよぉ」
ココがとろんとした目で見つめてくる。顔が真っ赤だ。これはお酒だ、完全に酔ってしまっている。
「ちょっと……」
バーテンダーのお姉さんを問いただそうとしたが、舌をペロッと出されただけで終わった。
お姉さんの口が変形する。
が・ん・ば・れ
どういう意図だよ。何を頑張れば良いんだ。これから入団テスト、それもスパイという立場でやるのに……。
「クリハラぁ、飲まないんですか? お酒にも強いんですか、もう惚れちゃいそうですよ」
「なっ、何言ってんだよ」
まさか、ココが俺に惚れるなんてことはないはずだ。本人も言っていた通り、ビジネス上の関係なはずだ。
酔うと人は心にもないことを言ってしまうものなのか?
「ふふ、クリハラは私の希望なんですよ。何もできない私を否定してくれるんです」
何もできないって、世界を移動できるだけのスキルを持っておいて……。俺は敵を倒すことしかできないが、ココはいろんな人の役に立てるはずだ。
腕にしがみついてくる。
ワンピースを着ていることもあって、女の子として意識してしまう。
無理やり引きはがそうとするが、力が強すぎる。
「今から入団試験を行います。ようこそ、新世代の神候補の皆さん」
入口にいたタキシードを着た男が、良く通る声でそう言った。喧騒に包まれていた店内が一斉に静まり返る。
「良いところだったのに」
沈黙の中、ココだけが声を発して、男を睨みつけた。
「コホン……失礼。えーと、続けますよ。神候補を選出するにあたって、どれだけ他人を優先できるのかを評価させてもらいます。説明は以上です。皆さん、こちらへどうぞ」
ココの文句に反応することもなく、男は簡単な、いや説明になっていない告知をした。酒の並んだ棚が二つに割れ、間から地下へと続く階段が現れた。
他人を優先する、か。神は気分次第で天候を操ったり言語で人を分断したりしているイメージなのだが。
この世界の場合、タルマハジャ神だと人を取りまとめるリーダーみたいな役割になるのだろうか。首相や大統領みたいな。それなら言っていることはわかる。
意味の分からなさに、各所で文句を言う声が上がっている。
「言っておくが我々が選ぶ立場にあることを忘れるなよ」
男の有無を言わせぬ圧力に全員が静まった。
一人、また一人と席を立って、階段に向かって行った。
俺たちも席を立って、階段へ向かう。
ふらふらと揺れるココを支えながら進む。まずいな。このままの状態で入団試験を突破できるとは思えない。
階段を降りると、人工的な崖があった。手前には岩でできたスペースがありその奥には巨大な穴が開いており、底には剣山がある、そのさらに奥には手前と同じようにスペースがあった。
特徴的なのは穴に人が一人通れるかどうかの橋があることだ。手すりはないので、足を滑らせれば剣山に真っ逆さまだ。
奥のスペースに仮面を被り、マントに包まれた人物が現れた。男か女か、歳もわからない。
「ようこそ、新生タルマハジャ教団の入団テストへ。君たちにしてもらいたいことは至って簡単だ。1分以内にこの橋を渡る。ただそれだけだ。私が立っている場所には最も君たちが望むものが実感を持って現れる。これだけがちょっと特別だ。あと、スキルは使わないようにね」
声はボイスチェンジャーを使ったみたいに軋んで甲高い。魔法を使っているのか、スキルなのかは分からないが、声を変えていることは確かだ。
ざわめきは収まらない。俺も同じ気持ちだ。言っている意味は分かるが意図が理解できない。
「ココ、大丈夫か?」
「ふえ?」
大丈夫じゃなさそうだな。このままじゃ橋は渡れない。
俺だけでも入団できれば良いから、ココは置いていこう。
「俺が行ってくるから、ここで待っていてくれ」
「嫌ですよぉ。私も行きますー」
「幻覚ハーメルン、ではスタート」
甲高い声を合図に、レースは唐突に始まった。
……ハーメルン?
橋の先では父親と母親が手を振って、俺の名前を呼んでいた。
あれが「君たちが最も望むもの」なのか。




