星の数で強さを語るな1.5部 ~真夏の海のプチ騒動 プリンセスサマーバケーション~
本作は完結済みでしたが、Skebにて続編の依頼がありましたため、特別に1.5部を投稿します。
れぱるすさん、ご依頼頂きありがとうございます!
「我は導き手、汝の道を示す者なり!」
おなじみの召喚向上ののち、足元の召喚陣が光りだす。
そして前回、チャコを召喚したときとは異なる輝きに変わる。
「この光……昇格演出か!」
昇格演出とは、精霊召喚において、通常レア(星3以下)から、
高レア(星4以上)に変わる演出の事である。
ソシャゲ廃人の多くはこの昇格演出を見るためだけにソシャゲをやっているといって過言ではない。
魔法陣は青色から金色に、そして虹色の輝きへと変わっていく。
「星5確定演出……!」
虹色の光は人の形を形成し、ひときわ大きい光が輝くやいなや、
精霊結晶は砕け散り、その場所には一人の少女が立っていた。
美しいブロンドの髪、文字通り西洋人形のように整った顔、
人間にはとても出せない白い肌。華美でひらひらした洋服からわずかにのぞく球体関節。
そう、彼女は――
「おーっほっほっほ!貴方がわたくしを喚んだ召喚士かしら?
わたくしはゴーレムの姫……ゴーレムプリンセスこと、エメシアよ!わたくしの下で働けること、光栄に思いなさい!」
「エメシアか……」
「ちょ、貴方!?何故そんなにがっかりとした顔をしているの!?
高貴なわたくしが来たのだから、もっとしゃんとしなさい!」
エメシアは土属性のサポーターであり、
出撃時に空き枠があればゴーレムを召喚し戦うことができる特殊な精霊だ。
さらに、ゴーレムに対して倍率の高いバフを持ち、ゴーレムに自分を庇わせる能力もあることから、
決して本人自体は弱い性能ではないのだが……。
「肝心のゴーレムが星3クラスなんだよな……」
「あなた、独り言が多いうえに暗すぎるわね……本当に大丈夫なの?」
「むしろこちらが聞きたいくらいだが」
「ど、どういう事なの……?」
軽く言葉を交わしていると、物陰から音がする。
クロムはすぐに前回の事を思い出し、周囲を観察、
おそらくここが修練場のどこかであることを確認し、エメシアへ声をかける。
「エメシア、逃げ――、」
「ふふん、高貴なわたくしに逃亡など似合いませんことよ。
やっておしまい、セバスチャン!」
彼女がそう言って手を掲げると、そのあたりの大岩が姿を変えてゆき、
2m以上はあるゴーレムとなった。
「わたくしの元で働ける喜びを与えてあげる!隆起する英知よ、トゥルス・レイジ!」
「אוי אוי אוי!」
ゴーレムから雄たけびのような音が聞こえる。
トゥルス・レイジ、味方単体への強力なバフで、対象がゴーレムの場合には追加効果がある。
すさまじい一撃が繰り出され、現れたモンスターを一撃で葬る。
落ちた素材を確認したところ、どうやらここは土の修練場らしい。
一応微精霊たちも、召喚対象と修練場を合わせてくれてはいるようだ。
最も、星5の場合は修練場だからといってそう簡単に素材が揃う訳ではないのだが……。
――――
「異世界からねえ……眉唾な話だが、風のヤツも言ってたし信じるしかねぇよな」
赤髪にメイド服、ワイルドな態度をした女性、
彼女がここ、「土の修練場」の管理人のようだ。
管理人は皆似たようなタイプだと思っていたのでクロムは少し驚いていた。
「普段から手紙とかでやり取りしてるんですか?」
「ああ。修練場はマナのたまり場、周辺で何かしら問題があるのもしょっちゅうだからね」
「なるほどなあ……」
「そして話通り永遠に魔物狩るんだねあんたら……」
「ぜぇっ……はぁっ……ッ!も、もう限界ですわ!?あと何回やるんですの!?これ!」
「あと300回くらい……?」
「む、無理ですわ!!死んでしまいますわ!」
「でもさっきからエメシアはゴーレムの応援してるだけだし……」
「ゴーレムの指示にもマナは使いますのよ!?むしろ貴方は私の契約者で、
間接的にマナを消費してるはずなのになぜこんなピンピンしてらっしゃいますの!?」
「別に徹夜してるわけでもないしなあ」
「貴方が直接戦った方が早いのではなくて……?」
ひたすらエメシアがゴーレムに指示を出し魔物を狩り続けていたが、流石に限界が来たようだ。
彼女のレベルもある程度は上がっており、先ほど集めた素材で1凸も完了している。
そろそろ切り上げてもよいだろうかというタイミングだ。
気がかりもあり、クロムは修練場の管理人に尋ねる。
「そういえば、何か不穏な噂とかってありますか?」
「不穏な噂?」
クロムは自分が呼び出されるのはだいたい面倒なトラブルがある時だと理解しており、
今回もまたこの少ない戦力で何とかせねばならないのであろうことも理解している。
「特にないねぇ。この近くにあるリーサイドの町は海産物が美味しいよ」
「海産物が美味しい……」
「興味がありますわね……人間の作るものはとても美味しいと聞いておりますわ!」
手駒は星5の召喚持ち、特に大きなトラブルなし、
近くの町は海産物が美味しいことで有名……。
逆に彼は大きな不安を感じた。
「どこかのタイミングでチャコと合流したいな……」
そう、クロムはこのゲームは詳しいが、実際に召喚されるのはまだ二回目、
完全にビギナーである。そして、チャコと前回別れた時、どこでいつ再会するかも決めていなかった。
彼女がこの世界にいるであろうことは、なんとなくわかる。
召喚者と精霊はどれだけ離れていてもパスがつながっており、マナは常に精霊へ送られるのだ。
召喚したばかりは頼りなかったチャコだが、彼女は冒険を通じて成長し、
はっきり言って今回のトラブルも彼女がいるのといないのでは難易度が違うだろう。
「……一体、次は何のイベントだ?」
彼が経験してきたイベントは百以上。
それ故、次に何が起きるかも予測できない。
特にこのリーサイドでもいくつもイベントが発生しており、レイドボスによっては今の戦力では完全に”詰み”となるだろう。
「ですわぁああ~!」
必死に素材集めをするエメシアをよそに、クロムは思いつくイベントのボスの攻略方法を復習していた。
―――
半日ほどゴーレムに揺られ、
一行は無事最寄りの町リーサイドへ到着した。
「いらっしゃい!リーサイドの町へようこそ!」
「身分を証明できるものはあるかな?一応ね~」
皮鎧に身を包んだ陽気な門番たちが話しかけてきた。
クロムは修練場の管理人からもらった紹介状を渡すと、あっさりと入ることができた。
「今の時期は海産物が美味しいよ」
「楽しんでってね~」
門番たちに見送られながら、クロムは逆に眉をひそめている。
もうすぐ日が暮れる頃合いであったが、リーサイドの大通りはまだまだ人で賑わっている。
「どうしましたの、そんな難しい顔をして……」
「簡単すぎる……」
「かんたん……?」
「チャコの時は召喚早々魔物に殺されそうになったり、猫探しの依頼を受けたら殺されそうになったりしたんだが……」
「え?召喚士って皆そんな恐ろしい冒険をやってますの……?」
と、のんびり街並みを歩いていると――
「待てーーーッ!」
「逃がすなッ!」
こちらへ走ってくる小男が一人、そして奥からはならず者であろう集団の姿が。
クロムの判断は早かった。
「エメシア!」
「よろしくてよ!セバスチャン!」
エメシアがさっと手をかざすと、地面が隆起しゴーレムが発生する。
土か岩があればどこでも生成できるのは流石星5精霊と言ったところだろう。
いきなり目の前に壁が現れ、逃走していた小男はあっさりとゴーレムに捕らえられる。
そうこうしていると追いかけていたならず者たちも追いついたようだ。
「助かったぜ!兄ちゃん!あんた召喚士か?」
「まあそんなところです。この人はひったくりとか……そういうのでしょうか」
「いや、こいつは何故か俺たちの店の周りをこそこそしてたんだよ」
「話しかけようとしたらいきなり逃げやがってよ。問い詰めようと思ってたんだ」
「か、勘弁してくだせぇ……」
ゴーレムに捕らえられた小男はプルプル震えている。
クロムの見知った顔ではないが、左手に精霊石がついているということは、召喚士だろう。
「ふむ……こいつは俺が取り調べておきますよ。問題がある様なら、ギルドに突き出しますし」
「えっ?いや、俺たちが……」
「あら?皆様はわたくしたちに意見がおありで?」
すっ、とエメシアが手を挙げると、ゴーレムは小男を抱えたまま立ち上がる。
2m以上ある巨躯はその影でならず者たちを覆いそうな勢いがある。
「い、いや……なんでもねぇぜ!」
「おいチビ!今度うちの店に近づいたらタダじゃおかねえからな!」
ならず者達は小男に声をかけ、そそくさと立ち去っていく。
「ふむ……ご近所トラブルも星5がいればこの程度なのか」
「あ、ありがとうございやす!旦那!お嬢様!」
「ふふん、もっと感謝してもよろしくてよ?」
「へへぇ~~!感謝してもしきれやせん!!」
「見れば見るほど小物だな……しかし初めて見る顔だ。こんなキャラいたか……?」
「いやそりゃ旦那、あっしらは初めてお会いして……」
小男はエメシアを一瞥したあと、クロムの方を向き、わなわなと震えだす。
「黒髪……東洋人、自信のある口調、このあふれ出るカリスマのオーラ……!」
「カリスマ……えっ?わたくしの事ではなく?」
「もしかして、”無敵の召喚士”ことクロム様でやんすか!?」
「待て待て!!なんだその”無敵の”ってのは!?」
「星6相当の凄まじい災厄ですら身一つではねのけると言われている……!」
「そ、そんなすごい方だったんですの!?」
「いやこいつが適当を言ってるだけだ。クロムは合っているが……。
そのとんちんかんな紹介文は誰が発端だ?」
「そりゃあもちろんチャコさんっすよ」
「あのアホウサギ……!見つけたらタダじゃおかんぞ。いや待てお前、チャコを知っているのか?」
「もちろんっすよ、チャコさんは前線のメンバーでも期待の有望株でやんすからね」
―――
「へぷちっ」
微精霊が教える方向をブルーワイバーンに乗って飛ぶチャコは、
上空は思ったより寒いなあ等と思っていた。
「精霊って風邪ひくのかな。早くクロム様に会いたいなあ……」
当の本人がめちゃくちゃキレている事は夢にも思っていないようだ。
―――
何度も小道に入り、複雑な道を進んだ先に、小さな道具屋へ到着する。
カランコロン、という音が軽快に鳴り響いた。
「おや、客とは珍しい。……なんじゃ、お主か。はて、後ろにおる者どもはなんじゃ?」
「ああ、紹介するっす。彼らは――」
美しい着物に身を包む、ケモ耳の少女。
クロムは少女を見るなり目を見開き、後ずさりする。
「コッ、コノハナサクヤ!!!」
「ほほう?わらわの名を知っておるか。ふむ。悪くない眼をしているのう」
「知り合いですの?」
「い、いや……俺が一方的に知っているだけだ。なるほど火属性人権……。
じゃあ今回のレイドボスは風属性……?ハッ?闇落ちチャコ?」
「何を言ってるんすか……?まぁいいっす。コノハさん、彼が噂のクロムさん、こっちがクロムさんの新しい契約精霊のエメシアさんでやんす」
「なるほどのう、”例の”クロムか……」
「例の、とはなんだ……」
「そしてコノハさんの紹介は今更必要ないでやんすね。あっしはコガロー、前線では主に情報屋をやってるでやんす。
そしてこっちは精霊のピーちゃんっす」
「ぴぃ!」
小男――、いや、コガローの左手の召喚石が光ると、手のひらサイズの小さな青い妖精が現れる。
「ウォーターフェアリー。星2だな」
「本当によくご存じっすね……ピーちゃん、そんな名前だったんすか……」
「ぴぃ……」
「この顔は本人も知らなかったという表情ですわね……」
精霊同士はなんとなく会話ができる事を知っているが、
それがどれくらいの精度なのかは考察Wikiでも定かではない。
イベントやストーリー、精霊によってまちまちのようだ。
「さて、お二人をここにお連れしたのはほかでもなく……あれ?どこ行ったでやんす!?」
「すごい!こんなレアアイテムが……!?この服はまさか精霊用!?」
「ほ~お主よくわかっておるのう。その通り。通常の装いとは異なり精霊の力を増幅する……」
「は、話を聞いてほしいっす!?」
「すまんコガロー、街に来たらまずはアイテム物色と決めているんだ」
「諦めたほうがいいですわ。あの人間は何を言っても聞きませんもの」
「そんなぁ……」
クロムは一通りアイテムを見作ろうが、そもそもほとんど路銀が無いことに気が付き、
手持ちの素材の買取を依頼する。
「ふむ……なかなか珍しいものもあるのう。わらわは使いはせんが、
ギルドにも捌けそうじゃの」
「あとはこれなんかどうだ?」
「む……!これは……扇子かの?ほほう……!良い柄じゃのう!気に入った!」
交渉は上手く行ったようで、クロムは結構な量の金貨を受け取っていた。
「いや~全精霊の好きなアイテム覚えててよかった」
「今さらっととんでもない事言ったでやんすね」
「もう今更何を言っても驚きませんわ」
「ここで全財産使うのは流石にまずいし、今回はこんなもんにしておくか。
しかし本当に品ぞろえが良いなあ」
「当然じゃ。わらわ自らダンジョンへ入って回収しているものもあるからのう」
「さてコガロー、そろそろ話を聞こうか」
「や、やっと聞いてくれるんすか!!」
1時間程度道具を物色した後、クロムは椅子に座ってコガローに向き直る。
コガローは待ちくたびれたと言わんばかりの表情をし、ピーちゃんに至っては机の上でぐっすり寝ていた。
「まず、このリーサイドは平和な街にみえるんすが、裏では無法なならず者達が街を支配してるでやんす」
「そういえば、さっきも追われてたな」
「はいっす。あいつらが奴隷を売ったり買ったりしているという噂を聞いて、精霊も捕らわれていないか調査をしてたでやんすよ」
「思ったより真面目な事をしていた」
「どんな風に思っていたでやんす!?」
ちなみに、エメシアは話を半分聞きながら、小物類を物色していた。
コノハナサクヤとは同じ星5ということもあり気が合うようで、こっちはこっちで談笑していた。
「そして盗み聞きをしていて……聞いてしまったでやんすよ、『大罪のマナクリスタル』を使って、
このリーサイドビーチを無茶苦茶にするという計画を!」
「大罪のマナクリスタルが何かを知っているのか?」
「もちろんでやんす。チャコさんから教えてもらったっす」
「……そうか」
クロムはふと、自分は現地人にとんでもない情報を教えてしまったのではないかと考えるが、
まあリレファンはコラボイベントやらなんやらで毎年世界がめちゃくちゃになっているのでと気にしないことにした。
「して、コガローよ、その計画はいつ実行されるのじゃ?」
「うっ、それは……」
いつの間にかこちらに来て話を聞いていたコノハナサクヤから質問が飛ぶ。
彼女の尻尾は炎の揺らめきのように揺れている。
「全く。いつ起こるかもわからない計画を止められるはずもないでしょう?」
エメシアはいつの間にか入れていた紅茶を飲む。
クロムはリレファンをやっているときも思ったが、ゴーレムなのにどうやって食事をしているんだろう……と思っている。
「コノハナサクヤ、暦がわかるものはあるか」
「む?お主、なにかわかったのか?」
クロムはコノハナサクヤから書類を受け取ると、パラパラと今日の日付を確認する。
そうして、先ほど購入した魔道具類を鞄にしまいだす。
「実行は明日。そしてその下準備が今日だ。コガロー、エメシア、準備しろ。出るぞ」
「……ほう?何故わかる」
「何故も何も、大罪のマナクリスタルを使った”カースド”シリーズの魔物の召喚は、それぞれの属性に対応する日になるだろ。
暦上今日は火の日らしいし、実行は明日、そしてリーサイドビーチには魔物除けの結界石がある。それの撤去が今晩になるはずだ」
クロムがそう言うと、エメシア含め全員が目を見開き、絶句する。
「どうした?」
「ふむ、無敵だのなんだの騒がれていたのも、あながち嘘ではなかったようじゃな」
「いやそれは……はあ、もういいか、エメシア、準備は大丈夫か?」
「えっ、ええ……わたくしは問題ありませんわ」
「あっしもいけるでやんす!」
「ぴぃ!」
準備万端、と声を上げるウォーターフェアリー。
精霊である分、コガローより頼りがいがありそうである。
―――
「このあたりか」
クロムが指定した場所は、リーサイドビーチそのものではなく、
リーサイドビーチを見下ろせる丘だ。
コノハナサクヤは後で見に来ると観光気分で、
クロム、エメシア、コガロー、そしてウォーターフェアリーのピーちゃんだ。
「封印石はそう簡単に破壊できるものではない。準備もいるしあまり大がかりにはできない。
ここで少し待っていれば……」
クロムがそう話し始めて数分、一人の男が小船を持って歩いてくる。
「……来ましたわ!」
「1人か。好都合だな。エメシア、セバスチャンを」
「ええ。セバスチャン!」
いつものようにポーズを決めつつ、それでいて小声で、近くの岩からセバスチャンを生成する。
「この位置なら当たるな。エメシア、セバスチャンを落とせ」
「……え?」
当たり前のようにクロムが指示した瞬間、エメシアの動きが止まる。
その様子を見ていたコガロー達もまた、本日二度目の絶句である。
「早くしろ、エメシア」
「……ッ!ほ、本気でおっしゃってますの!?ここからセバスチャンを落とすなんて、
セバスチャンは平気かもしれませんが、下敷きになった人間は!」
「死ぬ、か?それはそうだろ。俺はあいつを殺せと言ってるんだ」
「あ、貴方は人間なのではなくて!?下の怪しい者も……人間ですのよ!?
確かに怪しくはありますが、まだ何もしていないじゃない!それなのに殺せって、貴方はそうおっしゃるの!?」
「そうだ」
クロムの鈍色に淀んだ瞳を直視できず、目を背けるエメシア。彼女は人間のようだが精巧なゴーレムで、
それ故発汗もせず、暑さや寒さもほとんど感じない。
そんな彼女が今、背筋にとてつもない寒気を感じて、ガチガチと震えていた。
「だ、旦那ぁ、何もいきなり殺さなくても……とっちめてクリスタルを奪えばいいだけでやんすよね?」
「そう簡単にいけばいいが……」
「そ、そうですわ!背を向けている人間をいきなり殺すなんて、そんなもの……!」
「召喚者の命令に逆らうというのか?」
「ひっ」
「ぴっ」
クロムが左手の精霊石を向けると、関係のないピーちゃんも怯えて小さくなる。
「わ、わわ、わたくしは……、ゴーレムたちの姫として……淑女、淑女たる……!行いを!」
「……嫌なのか?」
「……は、……はぃぃ……」
元々あまり背が高いほうではないエメシアだが、クロムに委縮しさらに小さくなる。
コガローはあまりの委縮ぶりにピーちゃんよりも小さく感じてしまったほどだ。
「な~んだ、嫌ならやめるか!ノブレスオブリージュだっけ?常に高貴な振舞を意識してるんだもんな。
闇討ちみたいなのはやっぱ嫌いか」
「は、はぁ!?そ、そうですわが!?」
「お嬢、語尾がめちゃくちゃになってるでやんす」
クロムの変貌ぶりに慌てふためくエメシアだったが、その表情からは安堵が溢れていた。
「いや、過去イベントで『これも王女としての責務ですわ』って戦争の指揮とって何百人も殺してたからさ。今回もいけるかなあって」
「えっ!?わたくしの過去に何が……?」
「あっ知らない奴か、すまん忘れてくれ」
「忘れられませんわ!?」
「二人とも!やってる場合じゃないでやんす!封印石が破壊されるでやんすよ!」
「仕方ない、降りるぞ、正々堂々邪魔しに行く!」
「合点承知ですことよ~~!」
クロムをとエメシア、そしてコガローを抱え、セバスチャンは飛び降りる。
「אוי אוי אוי!」
着地と同時にエメシアが飛び、空中でポーズを決める。
「隆起する英知よ……トゥルス・レイジ!さあセバスチャン!怪しい輩をとっちめなさい!」
トゥルス・レイジで全ステータスが上昇したゴーレムは見た目に合わぬ速さで小舟に襲い掛かる。
船の上の男も気が付いたようだが、もはや魔道具を構える暇すらない、
しかし、
「ぷゆっ!」
突如現れた水の壁に阻まれ、セバスチャンの一撃は男に通らない。
いつの間にか男の横には人型の水―――、いや、
”美少女型のスライム”が立っていた。
「ふふん、スライムですの?魔物としても雑魚中の雑魚!そんなものにセバスチャンが負けるはずありませんわ!叩き潰しなさい!」
「違う!エメシア、トゥルス・オーラを……!」
「え?」
エメシアへの助言が数秒遅かったか、
セバスチャンはスライムから放たれた水の弾丸に肩を貫かれていた。
「יש……!」
怪しい男はゆっくりと振り返る。
フードで顔は隠れているが、いきなり襲われた割には落ち着いているようだ。
「リキッド・バレット……よくやったね、ぷゆたん」
「ぷゆ!」
美少女型のスライムは、主人に撫でられて満足そうにしている。
「スライムだからといって油断するな、異形の美少女と言えば大方予想がつくだろうが……、
アイツは”ファンシースライムガール”、水属性星5精霊だ!」
「ほ、星5でやんすか!?」
「フッ……そこの君!やけにボクのぷゆたんに詳しいね、ファンクラブに入れてあげようか?」
「断る。俺はもう別のファンクラブの会長なんでな」
「そうでしたの!?」
クロムが一体どのキャラのファンクラブに入っているかは、今更ここで書くまでもないだろう。
「しかしいきなり襲い掛かってくるなんて品がないね。ボクのぷゆたんの可愛さを見て学んではどうだ?」
「知らないのか?スライムは虫とか食うんだぞ」
「ええっ!?ぷゆたん!?そうなのかい!?りんごとかだけを食べるんじゃないのかい!?」
「ぷゆ」
どうやら肯定のようだ。
「だ、だが……虫とかを食ってるとしてもボクのぷゆたんの可愛さは変わらないッ!
そしてこんな時間にこんな場所で、僕に攻撃したという事は……、計画を”理解”しているなッ!?
そうであれば、一匹たりともここから逃がすわけにはいかなァ~いッ!ぷゆたんッ!!」
「まずい!エメシア!」
「ええ!トゥルス・オーラ!」
先ほどの水の弾丸が再びセバスチャンに命中する。セバスチャンは岩でできた体を削られ、
同じ攻撃をあと何回も耐える余裕はなさそうだ。
「せ、セバスチャン……!」
「יש!!」
セバスチャンは身を削られながらも、勇猛果敢にファンシースライムガールへ攻撃を加える。
想い打撃が命中するも、ファンシースライムガールは自分の体の一部を盾のように受け止めてダメージを和らげる。
「ハッハッハ!ゴーレム君!筋は悪くないが……これで終わりだ!ぷゆたん!モイスト・マシンガン!!」
「ぷゆ~っ!」
「させねぇでやんす……!ピーちゃん!」
「ぴっ!」
ゴポゴポと海から水を吸い上げる動作の後、連続して水の弾丸が射出される。
すかさずピーちゃんが水の障壁を出現させ、セバスチャンのダメージを半減する。
しかし流石に星5クラスの精霊の攻撃を完全に打ち消すことはできず、セバスチャンのダメージは明確だ。
もちろん、ここで破壊されてもセバスチャンは次の戦闘で復活できる。
しかしながら今は戦闘中、星3レベルとは言え高耐久・高火力のセバスチャンを失うのは厳しい。
「אוי אוי ……」
クロムはセバスチャンのHPを計算。ファンシースライムガールのモイスト・マシンガンはリキャストの関係で連発はされないが、
残りのターンを考えてこちらが先にやられる事は目に見えていた。
「おい、そこの可愛いスライムを連れた召喚士!」
「ムッ!ボクのぷゆたんの可愛さがわかるとは中々話の分かる奴だ!」
「……」
エメシアはこの男チョロすぎですわね……と思いつつ、クロムの的確な声かけにも驚いていた。
怪しい召喚士はファンシースライムガールを撫でながらこちらに振り向く。
「何故こんなことをする?封印石が破壊されたら魔物がこのビーチに押し寄せることになるんだぞ」
「何故……だと!?貴様はこのビーチを見ても何も思わないのか!?」
周囲は暗いためあまりビーチは良く見えないが、クロムたちには何の変哲もないように見える。
「まったく……ぷゆたん!」
「ぷゆ」
ファンシースライムガールの腕が伸び、さらに腕の先が何故か光りだす。
これはスキルでもなんでもない。クロムもまったく理由はわからない謎の特技だ。
彼女の照らした先は、やはり変哲の無い海辺が続いていた。
「これが……なんだ?」
「よく見ろーッ!ゴミがたくさん落ちてるだろう!」
「ああ」
確かに、よくよく見ると串焼きの串であるとか、飲食物やそのほかゴミのようなものが散乱している。
その様子を見て召喚士の男はさらに激しい動きをしながら怒りを露にする。
「いいかーーッ!ぷゆたんは水の精霊でな!生活のために常に水を取り込んでるんだ!
それがなんだ最近の人間は!やれ水道だやれリゾートだのと!ふざけるなよ!
自然は自然のままあるべきだろうが!こんな観光地ボクがメチャクチャにしてやるっていってるんだよォーッ!」
「ぷゆ」
ぷゆたんもそうだそうだと言っているようです。
「スライムは別に多少汚れていても自分で消化できると思うが……」
「そんな事は関係なァ~いッ!ボクのぷゆたんが汚されてしまう!許されぬ所業!環境を汚すゴミどもはこの手で滅ぼすのだッ!」
「い、イカれていますわ。たかが精霊一人のためにこんなことを……」
「貴様ーーッ!貴様も精霊だろッ!」
エメシアは心底理解できないという目で召喚士の男を見る。
彼女も確かに精霊ではあるが、自分の事は自分でなんとかするという考えであるため、
過激派思想の男とは全く相容れないようだ。
「全く……わたくしのパートナーはこんな男でなく、貴方で良かったですわ。ところで……」
「なんだ?」
「貴様らーッ!話の途中だぞッ!」
「あいつをなんとかできる作戦はありますの?」
「ああ、”もう来た”」
瞬間、凄まじい勢いでファンシースライムガール達の小舟付近で水が凍りだす。
海水であるため、すぐに完全な凍結とはいかないものの、
水とずっと接していたことから彼女自身も半分程度凍っている。
「プユッ……!」
「ぷ、ぷゆたん!?なんだ!?何が起きた!?」
「遅れてすみません!クロム様!」
「待ちくたびれたぞ、チャコ!」
風に乗って現れた、新衣装に身を包むウサ耳少女。
カースド・トレント戦で覚醒し、その顔に似合わぬ暴力の化身となった、
茶兎魔術師こと、チャコである。
彼女は乗ってきたブルーワイバーンにアイスブレスを吐かせ、
敵を凍結させながら自分は颯爽と飛び降りた。
「なんだその小っちゃくて弱そうな少女は……!そんなのが真打ちだと!?」
「スライムの少女で戦ってるお前が言うべきではないだろ」
「ぷゆ?」
「うるさいな!ぷゆたんは最強だからいいんだよ!ぷゆたん!あのちまっこいウサギを殴り飛ばせッ!」
チャコとファンシースライムガールには距離があったが、そんなことは関係ない。
スライムの体は自由自在に収縮し、凄まじい速度でチャコめがけて拳を放つ。
もちろん星1のチャコはそれを躱すほどの回避力はないが――、
「ぶ、ゆっ?」
バチン!とぷよぷよした拳がチャコのメイスによってはじかれる。
彼女の小さくて弱そうな容姿に似合わぬ、トゲのついた暴力的なメイス、
最終解放の証である『ラビット・スマッシャー』だ。
「でりゃああっ!」
チャコはファンシースライムガールの攻撃を弾くと同時に走り出し、敵の懐に潜り込む。
スライムであっても伸ばした体を戻すまでの間は迎撃ができない。
それ故無防備なまま、もろにチャコの殴打を受ける事になる。
「ぷゆたん!」
「ぶゅう゛!」
体の一部がはじけ飛んだが流石に一撃とはいかない。すぐに再生し、
次の一撃を準備する。
「許さんぞ……ぷゆたん!」
「ぷゆっ!」
リチャージまでの時間は十分。
ゴポゴポと海水を吸い上げる音がする。
「来るぞ、チャコ!」
「はいっ!」
「何をやっていますの!?もう一度あの連打技が来ますのよ!?」
そう、エメシアの言う通り、あの予備動作はファンシースライムガールの”モイスト・マシンガン”発動の前準備だ。
しかしクロムもチャコもわかったうえで守ろうとも逃げようともしない。
「ぷゆたん!」
「ぷゆーっ!」
手の届く近距離でのモイスト・マシンガンは普通であれば避けようがない。
しかし彼女は、既に普通ではなくなっていた。
次から次へと飛んでくる弾丸をすべて眼前ではたき落とすチャコ。
モイスト・マシンガンは完全な水のようでそうではない。ファンシースライムガールが水を吸い上げ、
自らのスライム成分と融合して射出しているのだ。
「でりゃあああっ!」
全ての弾丸を弾き終わると、攻撃の反動で動けなくなっているファンシースライムガールに手痛い殴打を加える。
バチュン!と音がしてぷよぷよした半透明の腕がはじけ飛んだ。
「ぷゆたん!!!」
「ぶゆゆ……」
「貴様ら、許さん……許さんぞおァーーーッ!!大罪のマナクリスタルよ!我が血を食らえ!」
「まずい!チャコ!」
「はいっ!」
急いでチャコが止めようとするものの、チャコも攻撃の反動で動くのにはワンテンポ遅かった。
召喚士の男は自分の手の甲ごと精霊石を切り裂くと、その血を持っていた漆黒のオーラを放つ鉱物へ浴びせる。
すると、漆黒の鉱物――”大罪のマナクリスタル”は心臓が鼓動するかのように明滅し、
黒いオーラを強めてファンシースライムガールに注ぎ込む。
美少女型のスライムは美少女である事に変わりはないが、青く透き通った体は真っ黒に染まり、
血管のように赤い線が体に浮かび始める。
そして彼女の左腕には真っ黒なコアが発生していた。
「PU……」
「チャコ!防御だ!」
「はいっ!」
クロムがすかさず指示すると、チャコはメイスを前に出し防御姿勢を取る。
真っ黒に染まったスライムの拳をチャコは受け――切れない。そのままはるか後方へ吹っ飛ばされる。
「ちゃ、チャコさーーんっ!?」
後方でわたわたしていたコガローが駆けつけてくる。
一撃でかなりのダメージを負っていたが、チャコはまだ戦闘可能であるようだ。
「次はお前だ!海の藻屑となれッ!!」
「チッ……!」
「セバスチャン!」
エメシアの素早い指示により、スライムの拳はクロムに届かず阻まれる。
しかし、今の一撃はセバスチャンにとっても耐えがたく、ボロボロと体が崩れていく。
「そんな……!」
「目障りなんだよ!岩ァ!」
続いてのファンシースライムガール……いや、強化された”カースド・スライム”の一撃により、セバスチャンは粉々に破壊されてしまう。
「……ッ!」
エメシアはその瞬間走り出し、カースド・スライムへ飛び蹴りを決める。
しかし星5とはいえ、強化もされてないサポーターの蹴りなどで揺らぐ相手ではない。
一撃で弾き飛ばされ、クロムの後ろに無様に転がる。
「エメシア、それ以上は……」
「まだ……ですわ」
「まだやる気か!雑魚がッ!」
「わたくしは……わたくしは!誇り高きゴーレムの姫!ゴーレムプリンセスのエメシアですわ!
大切な執事をあんな風にされて、黙っていられるとお思いで!?」
彼女のドレスはボロボロですでに砂まみれだ。
しかしクロムは、彼女と出会ってから、今が最も美しい瞬間だろうと思った。
そんな彼女の叫びに呼応するように、ブルーワイバーンがアイスブレスを吐き、またしてもカースド・スライムたちを凍らせる。
だが解凍までの間隔が短くなっている。
これはクロムだけがわかっていることだが”大罪のマナクリスタル”によって強化された精霊はボス扱いとなり、
状態異常への耐性、そして効果ターン減少があるためだ。
「エメシア!無謀だ!」
クロムは理解していた、この場の圧倒的な戦力差を。
元のスペックですら劣るエメシアが、大罪のマナクリスタルによって強化されたカースド・スライムに敵うはずがない。
星5精霊はこの世界では最高のクラスだ。
しかし、星5同士でも必ず優劣はある。
エメシアはそれを知っていた。
理解していたが、それでもなお、彼女の高貴なる魂はそれを受け入れることを許さなかった。
その瞬間、炎の壁によってエメシアの攻撃は阻まれた。
「何ッ……!?貴様、そんな能力が!?」
「え……」
「この炎は!まさか……!」
「そのまさかじゃ。楽しそうにやっとるのう。どうも雲行きが怪しそうだからちょっとだけ手を貸してやっても良いぞ」
そう、ケモミミ着物のじゃロリ娘こと、コノハナサクヤだ。
彼女のスキル、”炎幕の帳”は相手に火属性ダメージ、攻防デバフ、さらに味方全体に”回避”状態を付与するという強力なものだ。
初心者はもちろん、上級者も使う火属性人権精霊、それがコノハナサクヤなのだ。
暗くなっているがコノハナサクヤの周りだけは明るい。
流石に神の名を冠する精霊は格が違うようだ。
「コノハナサクヤは確かに人権だが、このパーティでは……」
「”無敵”とまで呼ばれた召喚士も、この程度かの?」
「いやそれはチャコが勝手に……待てよ、チャコ……」
そう、再会の喜びを分かち合う前に戦闘に入っていたせいで話題にはしなかったが、
チャコはいつものローブとは異なる新衣装をまとっている。
茶色基調の魔術師ローブ風スタイルだったが、
今は白基調にいくつかフリフリのある夏服町娘スタイルだ。
そして、クロムが見る限り、カースド・スライムの攻撃は、
一発でチャコの体力を50%以上削る火力があったはずだ。
リレイション・ファンタジアでは体力が50%以上削られると、AGIが落ちる隠しペナルティがある。
こちらに来てわかったことだが、そのペナルティ時は精霊にもわずかに疲れの表情が見えるのだ。
チャコはそのペナルティが出ていないように見える。それをクロムは装備が変わった事によるDEF上昇だと思っていたが――
「まさか……こい!エメシア!」
「ですわっ!?」
クロムは突然エメシアを連れ、岩陰へ走り出す。
「チャコ!コガロー!少し待っていてくれ!回避があるから大丈夫だと思うが、死ぬなよ!」
「え、えっええ~!?どこ行くでやんすか!?」
「お任せください!クロム様!ブルーワイバーンさん!お願いします!」
「ぎゃうっ!」
「……本当にチャコさんはクロムさんを信頼してるんすね」
慌てふためくコガローと対照的に、チャコはクロムの「待っていてくれ」を聞いた瞬間、
ノータイムで時間稼ぎを始める。
先ほど素直にふっとばされたのもそうだが、チャコの”月下の激昂”は無限に続くスキルではない。
前回のカースド・トレント戦はチア―エンジェル・メリエルのパッシブスキルがあってかつ、毎ターンチャコが反撃行動を行っていたからずっとチャコのターンができていた。
今回のように補助回復が無かったり、大罪のマナクリスタル発動で1ターン消費したりすると普通にスキルは切れ、
再発動に時間がかかるのであのように防御を行う事となるのだ。
チャコはこの1年でそれを理解し、”月下の激昂”に頼りすぎない戦い方を身に着けている。
”炎幕の帳”で炎ダメージを受けているところにすかさずアイスブレス。
こうするとせっかく溶けかけている相手を冷やして助けてしまうようだが、実はそうでもない。
変に溶けてしまった状態では流石に解凍から体を元に戻すのにも時間がかかる。
これはリレファンのシステムにもあり、状態異常を受けている状態で追加の状態異常を受けやすくなることがある。
「吹きすさべ!暴風よ!」
チャコはその隙を見逃さずウィンドで自らを射出。
そのまま空高くから思い切りメイスでカースド・スライムの腕を殴りぬく。
弾力性のあるガードができず、スライムの腕は破壊され、黒いコアがむき出しになる。
「PU……!!」
「ぷっ、ぷゆたん!き、貴様貴様貴様ァーッ!!」
「……コガローさん!ピーちゃんを!」
「は、はいでやんす!」
チャコの指示により水の障壁が発動し、カースド・スライムからの攻撃は半減。
その隙をついて、チャコはマナ・ポーションでマナ回復。
障壁が破壊された後の連続攻撃は全てメイスではじき落とし、カウンターの攻撃を加え、むき出しになったコアを痛めつける。
「ぷゆたん!!!」
チャコはこの一年、精霊解放前線のメンバーとして、各地を回りながら戦いを続けてきた。
今更カースド・シリーズ一人相手に、時間稼ぎすらできないような星1ではない。
「よくやった、チャコ。時間稼ぎは十分だ!」
「お待ちしておりました、クロム様っ!」
「許さんッ……許さん許さん許さんーーーー!!!」
大罪のマナクリスタルはファンシースライムガールだけではなく、
召喚士の体にも黒いオーラを植え付ける。
彼らの憎しみが、殺意が、その力を増幅させる。
「全てを闇に葬ってやる……!ぷゆたん!カースド・ガトリングだ!!」
「PUYU~!」
水の砲弾ではなく、闇のオーラを充填して攻撃行動に移ろうとする。
カースド・ガトリングはモイスト・ガトリングとは異なり、物理攻撃ではなく魔法攻撃扱いとなるため、
チャコの”月下の激昂”では弾いてカウンターすることができない。
―――だからこそ、”彼女”が輝く。
「お~ほっほっほ!何故かわかりませんが……新しい力が使えそうな気がしますわ!」
「エメシアさん……水着に着替えたんですか!?」
「なんでこの非常事態にのんきにお着換えしてるでやんす!?」
「コガロー、よう見ておれ。これが正しい選択なのじゃ」
驚く二人とは対照的に、コノハナサクヤはまるでこうなることがわかっていたかのような表情をして座っている。
「セバスチャン!」
フリフリの可愛い水着に着替えたエメシアがいつものように手をかざすと、砂から泥まみれのゴーレムが出現する。
セバスチャンがカースド・スライムたちの前に立ちはだかるが、彼女らは気にせず攻撃を行う。
「PU!!」
漆黒のオーラの弾丸がセバスチャンに何度も命中する。
火力はモイスト・マシンガンよりもはるかに上昇しており、本来なら一撃で葬られているレベルだ。
――今までのセバスチャンであったなら。
「ど、どういうことでやんすか……セバスチャンのアニキの体が!」
泥でできたセバスチャンは攻撃力が落ちた代わりに、異常なまでの再生力を手に入れた。
さらに元々魔術で動くゴーレムであることから、魔法攻撃への耐性が高いのだ。
ソシャゲでわかりやすく言うのであれば、DEFが高くて毎ターン再生する壁だ。
「流石だな、サマー・エメシア」
「お~っほっほ!もっと褒めても構いませんことよ!」
「まだ早いだろう。お前の”本領”を見せてやれ」
「お任せくださいまし。さあ庶民ども!私の演舞に跪く準備はできていらして?」
エメシアがそう言って指パッチンをすると、青いオーラがエメシアとセバスチャンを包む。
奇しくも先ほどのマナクリスタルによる強化と似ていたことから、その場の全員がこれは強力な強化スキルであることを理解する。
「お嬢様として最も高貴な行い!それはもちろん……ステゴロですわ~~~ッ!」
「ぐっ……!バカな!ぷゆたん!?」
「P……!?」
エメシアが踊るように、セバスチャンと二人で殴る蹴るの連打を浴びせ始める。
サマー・エメシアと通常エメシアの最も大きな違いは、ここだ。
「え、エメシアさんとっても強くなってませんか!?」
ピンチに颯爽と現れたけどカースド・スライムにあっさり殴り飛ばされたチャコは、
あまりのエメシアへのテコ入れに驚きを隠せないでいる。
「サマー・エメシアは自らにバフをかけ、セバスチャンを壁・追撃機能として使う、
高火力高耐久アタッカーだからな」
そう。今までのエメシアは空き枠にゴーレムを召喚し戦っていた。
しかし、サマー・エメシアはそれを行わない。
代わりに、自分と”同じ枠”にゴーレムを召喚、自分の攻撃終了時にゴーレムによる追撃、
自分の被ダメージ時にゴーレムを壁とした耐久を行う。
そのためセバスチャンは星5並みのATK、DEFを持ち、さらに強力かつゴーレム用の追加バフまである破格のバフを受ける事ができるのだ。
使い勝手の悪かった通常エメシアと異なり、”水辺”に限るなら人権並みの単体火力を誇る。それがサマー・エメシアだ。
「クソッ……許さん許さん許さんッーーーーー!!!殺してやるぞ!!」
「本当にいいのか?」
怪しい召喚士がさらにマナクリスタルに力を込めようとした瞬間、
クロムが語りかける。
「何を……」
「”大罪のマナクリスタル”によってカースド化した後に、呪いを解かず倒された精霊は精霊界に戻れない。その場で消滅する」
「な、なんだと……!?」
その言葉を聞き、全員が戦闘を止める。
「もちろん俺たちを倒した後にゆっくり呪いを解くならそれでもいい。
だが、今、勝てるか?お前は」
「う、ぐ……」
泥で作られたマッド・セバスチャンは当然物理攻撃に弱くなっている。
カースドシリーズの高い攻撃力であればマッド・セバスチャンを倒したのちにサマーエメシアを倒すことは簡単だろう。
しかし今、スキルコストの全快したチャコが控えている。
そう、物理攻撃はチャコの”月下の激昂”で全て反撃され、
魔法攻撃はマッド・セバスチャンによって防がれてしまうのだ。
「俺がこうやって話しているのは、お前が精霊を大切にしていたからだ」
「……!」
「普通、精霊への指示は技名の宣言が必要だ。
しかし心の通った精霊と召喚士であれば、アイコンタクトだけでも通じ合える」
最初、怪しい召喚士の男がセバスチャンからの攻撃を受けた時、
ファンシースライムガールは何も言われなくとも主人を守り、セバスチャンへの迎撃を行った。
これを見てクロムは、彼と精霊は本当に通じ合っているのだと理解した。
「し、しかし……僕は……貴様らを……殺して……ぷゆたんが……幸せに……」
「お前のその憎悪の感情は、マナクリスタルによって増幅されているものだ」
「そんな事……!」
「てーいっ!」
クロムに指摘されて動揺していたのか、ウィンドで加速したチャコがあっさりマナクリスタルを奪う事に成功する。
「あ……」
マナクリスタルが手元から離れると、カースド・スライムとその召喚士の強いオーラが弱まっていく。
「ぷ、ぷゆ……?」
逆に、カースド・スライムの黒いコア部分は脈動を繰り返し、更なる力を発揮しようとしている。
「もしこのまま放っておけば、いずれマナクリスタル・コアに支配されるぞ。
幸い、お前の精霊はスライムだ。コアとなっている左手部分を切り落としてもダメージはなく、カースド化から解放される」
「う……ああ!!」
「ぷ……」
苦しむ主人を見て、カースド・スライムは自らクロムたちの前に左手を差し出し、ぺこりとお辞儀をした。
「本当に、素敵な関係ですのね」
エメシアはにっこりと笑い、強化された手刀にてカースド・スライムの左手を切り落とした。
――
真夜中であったが、召喚士とファンシースライムガールはギルドへ突き出されることとなった。
召喚士は魔道具を取られたら非力なので抵抗の仕様がないが、
魔術的な拘束のないファンシースライムガールも素直に連行されていた。
彼女は結局、主人と一緒にいられるのならどこでもいいらしい。
「水のきれいな場所……必ず紹介してもらうからな!」
「ぷゆ~」
腕を拘束されているので、頭の横から小さいスライムのぷよぷよした手を生やしばいばいと手を振っている。
無形生物はこういうところが便利な反面、今回みたいな拘束はどうしてるんだろうと思うクロムである。
「流石に今日は疲れたし、一泊してから帰るか」
「そうですわね。え?帰るって……宿にですの?」
「いや、元の世界に」
「スピード感早すぎじゃあありませんこと!?わたくしを召喚してからまだ二日くらいしか経っていませんことよ!?」
「だってカースド化した精霊倒したし……」
「少しくらい遊んでいったらどうですの……?ここは観光が盛んだと言っておりましたわよね?」
「そうですよクロム様、せめて後2年くらいはこっちで暮らしましょうよ」
「チャコさん!?貴方も結構ワイルドな提案をなさるのね!?」
「当然じゃないですか!私この一年ずーーーーーーーーっとクロム様を探してたんですよ!?
やっと会えたのにも関わらずすぐ戦闘だけして帰るって……!服だって褒めてもらう前にボロボロになっちゃって」
チャコの可愛い新衣装は先の戦闘で結構砂まみれになっていた。
「確かに、まだ褒めてなかったな。チャコ、前の服もお前らしさがあってよかったが、
その服も可愛いぞ。精霊が衣装替えをするという事は、星すら増えてもおかしくないからな」
「えへへ、そんなまさか~、でもありがとうございます!一年頑張った甲斐がありました!」
それだけでニコニコになってスキップしだすチャコをみて、コガロー、エメシア、コノハナサクヤは「こいつ流石にチョロすぎるな……」と思っていた。
そうして夜も更けてゆき、クロムたちはコノハナサクヤの道具屋兼、精霊解放前線の支部で一泊をすることになった。
――翌日。
「クロム様!クロム様!みてください!えへへ!」
「おお~水着か!いいな!ゲームには実装されてないからなあ水着チャコ……。
可愛くて良く似合ってるぞ。何を着ても似合うなあ」
「えへへ!えへへ!」
撫でられてえへへbotとなるチャコをよそに、エメシアは難しい顔をしている。
「何かを忘れている気がしますわ……」
「まだ観光をしてないとか?海産物推しだったのにレイドボスが海産物じゃなかったのは意外だったよな」
「う~んそうではないのですが……」
「まあせっかく来たんだから楽しんでいくといいでやんすよ。
昨日行ったから大体わかると思うでやんすが、観光名所のリーサイドビーチへ案内するでやんす」
「あそこの屋台は美味い飯が多いからのう。楽しんでくると良い」
昨日のような臨戦態勢ではなく、まったりとした観光気分でリーサイドビーチへ向かっていると、
ざわざわと人の騒ぐ声が聞こえる。
「みなさーん!離れてください!ここはギルドが対応します!」
「魔物でも出たんすかね?」
「いや、封印石の破壊は阻止したからそんな事は……ああっ!!」
そこには、真っ黒なカースド・スライムガールの幻影がおり、暴れていた。
彼女の体の中心には、見覚えのある黒い鉱石が入っている。
「き、昨日のちぎったマナクリスタル……回収するの忘れてた!」
「あ~~……わたくし、何か大切なことを忘れていると思ったら……」
クロムはバタバタと戦っているギルド員の元に駆け付け、
エメシアはセバスチャンを呼び出して迎撃する。
「民間の召喚士です!ここは任せてください!」
「む、誰か知らないがありがとう。倒してくれたらギルドから感謝の証として討伐章を渡すよ」
「それってもしかして討伐章ガチャが引ける奴ですか!?」
「ガチャ?それは知らないが、討伐章を消費してアイテムがもらえるアイテムボックスならギルドにあるね」
「よっしゃー!!周回の時間だ!エメシア!着替えるぞ!」
「ちょっ……せめて物陰で着替えさせてくださいまし!?」
「クロム様!私は!?」
「お前は中に着てるから脱ぐだけでいいだろ?」
「そうじゃなくて……!」
クロムは今までずーっと理由もわからぬまま回収していたイベントボス討伐報酬の討伐章、
そして討伐章をもらうと何故かできる討伐章ガチャに挑戦できる喜びのあまり、ウキウキになっていた。
彼はもう一種の周回ジャンキーである。
「周回だ周回!ガチャが回せるぞ~~!」
「なんですの!?このスライム、倒しても倒しても湧いてきますわ~!?」
「ああ、イベント期間中は無限湧きするから一週間は狩ろうな!」
「嫌ですわーー!!!もっと優雅に海を眺めながら紅茶を味わったりしたいですわ~!?」
「じゃあ300体討伐したら……」
「鬼……!」
「クロム様、やっといつもの調子に戻りましたね!」
「チャコさん、これを見てそのリアクションするのマジですげぇでやんすね……」
あと一週間は無限スライム狩り地獄が続くことで、少なくとも一週間はクロムと一緒にいれる事がわかったチャコ。
最悪の状況であるにも関わらず、その顔は満面の笑みである。
そして召喚早々、最悪なイベント周回に付き合わされる事になったエメシア。
がんばれエメシア。負けるなエメシア。誇り高きゴーレムの姫として、くじけず頑張ってほしい。
彼らの騒がしい夏は、もう少し続くようだ。
いかがでしたでしょうか。本作は元々構想していた星の数で強さを語るな2部を、期間限定イベント編としてライトに圧縮したものになります。星5キャラにも人権やハズレがおり、そんな不遇キャラの一面も描きたいなと思ったのがきっかけです。また今回のように彼らの冒険を描くこともあるかもしれませんので、その時もよろしくお願いします!ありがとうございました!