第91話 バニヤンと心配
私は村の門付近で、人を待っていた。
「おかえりなさい。兄さま」
外の警備から戻ってきたロワン兄さまを目に留めると、私はふわりと抱き着く。
短く切り揃えた金髪、鮮やかなエメラルドグリーンの優しい目。
まるで神話に登場する大天使様のようだ。
「ただいま。バニヤン」
兄さまは私を優しく抱き留めてくれた。
それだけで私の心は満たされる。
…いつまでもこうしていたいのだけれど…。
「…帰りましょうか」
私が身を引くと、兄さまは「あぁ」と優しい表情で答えてくれる。
すこし、嬉しくなった私は兄さまの手を取ると、一緒に歩き始めた。
兄さまは普段、この村の衛兵として働いている。
槍を持たせればこの村で右に出る者はいないし、その立ち振る舞いから人望も高い。
優しさと強さ、折れない正義感を持ち合わせた兄さまは、村のみんなに勇者様と呼ばれ、親しまれているのだ。
勇者とは、魔を滅ぼし、世界に平和をもたらすと言われている伝説の人物。
未だ、現れた事は無いが、その強さや、慈悲深さ。
ひいては、謳われるその姿までもが、正に兄さまそのものだった。
一層の事、勇者が、兄さまの姿を模して造られた存在ではないかと私は思っている。
村を賊から救った兄さまもカッコよかった。
森から降りてくる害獣を退治する兄さまもカッコよかった。
ただ、毎回、自分の身を顧みないような行動をするのだけは、妹として頂けない行為だった。
私を賊から守った時も、その身を挺したが為に、背中には深い傷跡が残ってしまっている。
あの時の兄さまが一番カッコよかった。
そして一番許せなかった。
私がどれだけ、兄さまを心配しているか、絶対に兄さま分かっていない。
その内、ガツンと言ってやらねば!
「…バニヤン」
不意に、兄さまが話しかけてきた。
気付けば人目に付かない家の影。
私は兄さまの顔を見上げると、「何ですか?」と答える。
兄さまには珍しく、迷う様な表情。
何時もは見せない、弱々しい表情に、私はドキッとしてしまう。
そして、兄さまが顔を近づけてきて…。
キスですか?キスなんですね?!
私は思わず目を瞑ってしまった。
心臓がバクバクする。
「…バニヤン」
兄さんが耳元で、優しく私の名前を呟く。
そして…。
「この辺りで黒髪の少女を見なかったかい?」
…ふぇ?
私は思わぬ質問に目を開ける。
「み、見てないですけど…」
というより、黒髪の化け物がいれば、すぐに教会が来て連れ去ってくれる。
そんな事まで、兄さまが心配する必要なんてないのに…。
「そうか…。妙な質問をして悪かったね。…この事は皆に内緒で頼む」
そうか…。
兄さまはきっと、皆を怖がらせない様に、黒髪の化け物をこっそり、退治しようとしていたんだ。
何処までも優しいお兄さまである。
そして、その事を私に話してくれたのも、とても嬉しかった。
私を信用してくれている。頼ってくれている。
…キスの件は残念だったけど…。
それでも。いや、それ以上に、自分が認められている気がして嬉しかった。
「分かりました!私、見かけたらこっそり兄さまに報告します!」
教会に報告すると大事になる事は避けられない。
兄さまが皆に心配をかけたくないと言うなら、私もその手伝いをするつもりだ。
「あぁ、ありがと」
兄さまが優しい笑顔で私を撫でてくれる。
それが私の一番の報酬だった。




