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10-06 レドガー商会


 夏の盛りが過ぎて、朝晩は涼しくなり始めた。

 傭兵の仕事はやはり屋外の仕事だから季節の移り変わりを強く感じることができる。冬用の衣服や寝具はどうにか揃えられたけど、この世界の冬は厳しいんだよね。


 昨年なら次の仕事が直ぐに決まったのだが、今年はイデル湖の魔族騒ぎで間道を通る荷馬車が少ないらしい。遠距離を結ぶ荷馬車にはすでに傭兵団が付いているようだから、俺達はしばらくビーゼント村で依頼を待つことになりそうだ。


「2、3か月なら仕事が無くともだいじょうぶだ。それに、酒の小ビンを売れば困ることは無いだろう」

「全く、良い副業が出来たものね。将来はそっちが本業になりそうだけど。ところで、あのお酒に名前はあるの?」


 ギルドのテーブルで時間を潰していると、編み物の手を休めてヒルダさんが聞いてきた。


「完成品はブランディーと言うんですけど、今扱ってる酒は一時的な物ですから単に蒸留酒と言う事になるんでしょうね」

「そのまんまじゃな。もっと良い名を付けるべきじゃ。ビンのラベルも欲しいのう」

「サラマンドはどうかしら? あれを飲むと火がはけそうよ」


 リーザさんの提案に皆が頷いているのは、俺達あまり飲めない連中だ。

 生物の名前を使うなら、出来の良し悪しでヤングとオールドを付けても良さそうな感じだな。


「ふむ、中々良い名じゃ。酒から酒を造る事になるのじゃが、1割は税金と言う事で、王国の徴税部からの通達を商会が持ってきておる。面倒な管理をしなければならないが、ヒルダに頼めるか?」

「良いけど……、アオイにも手伝ってもらうわよ。儲かると分かると直ぐに徴税官がやってくるわ」


 国税局みたいな役所があるってことだな。金の出入りをきちんとしとかなければならないようだ。

「それ位は構いませんが、どんな管理にするかはヒルダさん、教えてくださいね」


「ラベルはリーザに頼もう。我等傭兵団の名を入れる以上、風変わりなラベルにはしないでくれよ」

「了解。モモちゃんや弟達も巻き込むわ」


 いよいよ本格的になってきたな。

 傭兵団の仕事は不定期だから、副業が安定していれば助かる話だ。シュタインさん達も北の街道を仕事場としているから、俺達の家を作っても傭兵の仕事を今まで通り続けられると考えているに違いない。

 とはいえ、蒸留所を作れば管理人を置かねばならないだろう。チル達が管理人になるのかな?


 数日後、シュタインさんの持ってきた仕事は荷馬車10台の警護だった。ビーゼント村までだから、2つの森を抜けるのを商人達が恐れたんだろう。

 片道6日の警護だが、傭兵団には銀貨6枚の報酬が入る。俺達には60Lの銅貨になるけど、衣食住が保証されている以上十分な額だ。


 何度かそんな依頼をこなしていると、だんだん秋が深まって来る。収穫時期がやってきたのだ。

 山街道を通る荷馬車が増える時期になったのだ。

 片道を依頼の無いまま戻ることが無くなり、ギルドで体を休める日も無くなるのがこの季節の特徴なんだよな。


 そんな街道の賑わいもシュバルツボーエンの山々が段々と白くなるにつれて静まって来る。もう、1か月もすれば、雪がちらつくかもしれない。

 荷馬車を警護してビーゼント村まで来たのだが、次の仕事はここでしばらく待つことになりそうだ。

 2日ほど暇を持て余していると、ギルドにあの商人が訪ねてきた。

 今度は少し歳の行った人物を伴っている。


「よろしいですかな。私の商会の大番頭が是非とも合いたいと申しまして、一緒にやって来た次第です」

「今のところは暇だ。座ってくれ」


 ヒルダさん達が席を立って隣のテーブルに向かう。空いた席に2人が座ったところに、モモちゃんがお茶を運んできてくれた。


「酒の話だとすれば、こっちの2人だが今度はどんな話だ?」

「レドガー商会の筆頭番頭、ミリオンと申します。毎月3本頂くあの酒の人気は素晴らしいものです。カイセルが毎月5本の条件で酒造所の土地造成を引き受けるとの取り決めをしたと申しておりましたが、完成したあかつきには大タルで我等に引き渡して頂くわけにはいかないでしょうか? その見返りとして、大タル3個のワインと望まれる建物をお作りしましょう」


 大きく出たな。思わずガドネンさんと顔を見合わせてしまった。

 条件としては申し分ないんだが、そうなると副業では無く本業になってしまいそうだ。

 蒸留器も大きく作らねばならないし、品質を揃えられるかが問題だな。


「たいへんありがたいお話ですが、大タルでのお渡しは出来かねるところです。我等は御覧の通りの傭兵です。傭兵稼業が出来なくなったらと思い考えた酒作りですから、どうしても片手間仕事になってしまいます。酒造所が出来上がれば少しは生産量が増えるでしょうけど、大タルをお引渡しするとなると……。それともう一つ。これを飲んでみてください」


 ガドネンさんが揃えてくれたペットボトル程のスキットルから、新しいカップに酒を注いで2人の前に置いた。

 2人とも注意深く匂いを確認していたが、やおらカップの酒をあおると、驚いた表情を俺に向けた。


「出来れば、これも我等の商品に加えたいものです」

「ワインから、最初の酒が出来ます。その酒を使えば、今試飲して頂いた酒が作れます。でも、少し硬い感じがするでしょう。これを1年以上熟成させると、俺達の望んだ酒になるんです。途中の酒を大量にお渡しすると、この酒を造るのが困難になってしまいます」


 ミリオン氏が複雑な表情をしながら、カップに残された酒を眺めている。

 カイセル氏は唖然とした表情だ。

 中間を取るか、完成品を取るか……。商売としては前者にうま味があるんだろうけど、俺が作りたいのはブランディーだからね。


「単なるドワーフ族の思い付きと思っていましたが……。訪ねて来て良かったと思います。条件は今まで通り、その上に、生産量の半分を我等に卸して頂くわけにはまいらぬでしょうか?」

「先ほどお話したように、生産した酒は大きく2つ。それを熟成用に保管することになりますから俺達でもキチンとこれが生産量だと言う事が出来ません。ですが、出荷量の半分と言う事であればお話に乗れると思います」


 途端に顔がほころんだ。やはり利ザヤはかなりなものになるんだろうな。


「十分です。最終的に4種となるのですな。たぶん一度に出荷されることも無いでしょう。出来れば我等の方で出納に詳しい人物をご紹介できると思います。酒造りを見せることもありません。材料の仕入れ、出荷の管理を行う者ですから貴方方の秘密を探ることはありませんし、門の近くに事務所を置けばそれで全て対応できます」

「税金もお任せできるんでしょうか?」

「もちろんです。彼の作る出納帳がそのまま税金算出の台帳として使用できます」


 金の出入りを全て管理してくれると言う事なんだろうな。

 かなりありがたい話だが、これは……、チラリとシュタインさんを見ると、目が合った。小さく頷いているから了承で良いようだ。


「俺達にとってもありがたいお話です。正直販路には悩んでおりました。俺達で処理できない在庫についても上乗せしてお引渡し出来れば言う事はありません」

「願っても無い事! よろしくお願いいたします。できれば、カイセルを現地に連れて行って頂きたい。早めに造成工事を始めねばなりません」


 そんなことで、ミリオン氏に今月の酒を渡して俺達はベルク村へと立ち寄った。

 俺達の土地を見て少し驚いていたが、直ぐに気を取り直してくれた。


「おもしろい場所を手に入れましたね。辺境の村ですから魔族や獣の害もあることを考えたんでしょう。これは王都の土建屋達も喜びそうな場所です。作る建屋はあれだけで良いのですか?」

「将来はここに住みたいですけど、まだ傭兵ですからね。あの区割りに追加するのは、門近くの事務所だけです」

「それにしても……。我等の代でこの商売が始められるとは、他の商会が悔しがる姿が目に浮かびます。ミリオン様が全責任を負ってくださいますから、良いものが作れると思いますよ」


 たぶん工事は来春からになるんだろうな。少しはベルク村の住人達にも恩恵があるのかも知れない。

 俺とモモちゃんがこの世界にやってきて初めて訪れた村だ。ある意味、故郷になるんだろう。そんな村の発展に寄与できれば良いのだが。


 エバース村に戻ってギルドに出向くと、キニアスさんが俺達を待っていた。

 また北の洞窟に荷を運ぶんだろうか?

 俺達を確認すると、直ぐにシュタインさんを伴ってギルドの奥に向かった。


「何かあるのかしら。てっきり洞窟への荷役警護だと思ったんだけど?」

「そうでないとなると、魔族がらみということじゃろうな。とりあえず、幌馬車を見て来るぞ。チル、一緒に来い」

「私は宿を手配して来るわ。とりあえず2泊で良いよね」

 リーザさんがモモちゃんとミチルを連れて行った。残ったのは俺達4人なんだけど、とりあえずお茶を飲むことになったようだ。


「魔族相手となればグレミー以来となる。今度は何が出たんだろうな?」

「出ない方が良いですよ。それだから奥さんがいつも嘆いてたんです」


 ムッとした表情になったから、ナリスさんは家でいつも言われ続けてたんだろう。シュタインさんの依頼に飛びついた感じだな。となると、ファンドさんとの付き合いは昔からなんだろう。家同士の付き合いみたいな事を言ってたからね。



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