9-01 蒸留酒を作ってみよう
丸1日掛けて上の広場へと洞窟の通路を歩き、指揮所に向かった。
すでに知らせが届いていたらしく、ドルネアさんが晩餐を用意して待っていてくれた。問題は俺とモモちゃんはこんな料理を食べたことが無いと言う事だ。
どうやらリーザさんも俺達と同類らしく、目を白黒させている。ここは、一番テーブルマナーを知っていそうな、ヒルダさんの様子を見ながら頂くことにする。
モモちゃんにもヒルダさんと同じように食べるんだよと小声で知らせると、ホッとした表情で頷いてくれたぞ。
緊張の1時間は何といってよいのやら、食後のワインが出て来た時には正直助かったと思ったぐらいだ。オーガを前にしてた方が緊張の度合いが少ないんやないかな?
モモちゃんなんか、ヒルダさんがスプーンから落とした豆まで、同じ個数を落してたからな。
俺とモモちゃんを見てドルネアさんが微笑んでいたから裏の事情が分かってしまったかも知れない。シュタインさんに恥を欠かせていなければ良いのだけれど……。
「ご苦労だった。だが、頭と尻が逆だとはさすがに俺にも分からなかったぞ。次はラクシュ達が対応できるだろう。キニアスも、来年には騎士に叙して貰えるよう俺から推薦しておこう。兄達を越えてしまうが、軍隊は実力と功績が物を言う。俺に任せておけ」
ドルネアさんの言葉にキニアスが席を立って最敬礼をしている。
やはり嬉しいんだろうな。
「それで、シュタイン達はいつまで傭兵を続けるんだ? 未だに騎士の称号は有効だ。いつでも俺の下に迎えたいが?」
「俺達よりも、アオイが欲しいのだろう? だが、アオイは傭兵団を止めた時は商人になると言っていたぞ。……商人というよりは酒の製造と言う事になるんだろうが、アビニオンのラベルを張った酒ビンを売るのが俺達の老後になるな。もっともそれはかなり先の話だ」
「酒だと? 鑑札の数は決まっておるし、廃業する者もいないはずだが」
「酒から酒を造ろうと言う事らしい。ガドネンが試飲したがっているから、その時には1本贈るとしよう」
「楽しみだ」
そう言って、ドルネアさん自ら俺達のカップにワインを注いでくれた。
翌日、俺達は北の洞窟を後にする。キニアス達は土竜の始末に苦労するだろうが、来年の騎士叙任を思えば、そんな汚れ仕事も楽しくできるだろう。
「もうすぐ冬じゃな。幌馬車は二回り大きく作っておるはずだ。直ぐの仕事を選ばずに、体を休めることも大切じゃぞ」
「分かってる。北の街道は封鎖も解けているだろう。2日ほど休んで警護の仕事を始めれば良い」
確か、幌馬車が変わるんだよな。
大きくするとは言ってたけど、今まで引いていたダリムはどうするんだろう?
「ガドネンさん、今までのダリムはどうするんですか?」
「どうするって? 今まで通りじゃよ。ダリム2頭で引く幌馬車じゃ」
村に戻るのも3日も掛かるから、そんな話をしながら歩いていたんだけど、ダリムはそのままなんだ。チラリとモモちゃんを見ると、嬉しそうな顔をして俺に微笑んでくれた。やっぱりモモちゃんも気にしていたみたいだ。
「2頭立ての幌馬車ね。中にストーブを置けるわ!」
「アオイの考えたストーブで十分じゃ。アオイにアイデアを貰ったからのう。中は暖かく過ごせるぞ。御者台も足元は箱にしてあるから、前の幌馬車より快適じゃろう。春になれば箱を撤去すれば良い。組み立て式じゃから簡単じゃ」
火鉢も良いけど、ストーブの方が安全だ。携帯式だし、蓋もついてるからね。
それよりも幌馬車の大きさが、まだピンとこないんだよね。荷物運搬用の荷馬車ぐらいにはなるのかも知れないけど……。
北の洞窟を出発して3日目の昼過ぎに、エバース村へと帰り着いた。
リーザさんがモモちゃんを連れて宿に向かうのはいつもの事だ。ガドネンさんは幌馬車の出来具合を見に行くと言って、村に入ると直ぐに分かれた。残った俺達5人が村のギルドに向かう。
ギルドに入ると、俺達は暖炉際のベンチに移動してお茶を頂く。シュタインさんはリーダーだからな。ギルド長に土竜退治の顛末を報告することになるんだろう。
土竜が退治されたことは、北の洞窟に駐屯している軍隊の指揮官であるドルネアさんの署名が入った確認証をリーザックさんから頂いたとヒルダさんが教えてくれた。
いったいいくらになるんだろう? ちょっと楽しみだな。
お茶を飲み終える頃に、モモちゃん達が帰ってきた。3日の宿泊を予約して来たらしい。
「ガドネンはまだ戻らないの?」
「まだだ。出来が悪くて、ダメ出しをしているのかも知れんな。確かに遅すぎる」
リーザさんの質問にナリスさんが答えているけど、色々改造してるから、その確認ってところじゃないのかな? もっとも明日もあるんだから主要なところだけだとは思うんだけどね。
「何じゃ、まだシュタインは奥にいるのか?」
「そうです。ところで、出来栄えは?」
近くのテーブルから椅子を運んで来ると、ドカリと椅子の腰を据えたガドネンさんに聞いてみた。
「まあまあというところじゃな。細かな点は明日再度確認するつもりじゃ。それで、アオイの方は出来たのか?」
それって、蒸留器のことだよな。バッグの中からメモ用紙に描いた蒸留器をシュタインさんに渡すと、ジッとその絵を眺めている。
「銅で作ると言っていたな。資金はワシが出す。その代わり、最初の酒を飲むのはワシじゃ。もし売れるなら儲けはワシとアオイで半分ずつと言う事で良いか?」
「何か俺に利がありそうに思えるんですが?」
「構わんさ。強い酒ならばドワーフ族で独占したいところだが……。まあ、それは飲んでからじゃ」
ガドネンさんは、早く飲みたくてしょうがないと言う感じだな。
小さなものであればそれほど材料もいらないだろうし、早く作れるだろう。荷馬車の警備をしながら夜の退屈しのぎになるかも知れないな。
小さく扉が開く音がして、シュタインさんがカウンターの奥からやってきた。
どうやら報告が終わったんだろうけど、今度はカウンターのお姉さんのところで何やら話を始めたみたいだぞ。次の依頼を見つくろっているんだろうけど、休養も大切だと思うんだけどね。
「報告は終了だ。銀貨20枚の報酬だ。ヒルダ分配を頼む。新しい仕事は3日後だ。ビーゼント村に到着する荷馬車の隊列をエバース村まで護衛する。到着は10日後というから、ビーゼントで1泊できるだろう。荷馬車の数は12台。荷役商人が3家族で運んでいるそうだ」
「そのルートでこの季節となると軍の資材じゃろうな」
「新兵の補充も兼ねているらしい。1個分隊が荷馬車で運ばれているそうだ」
2個分隊を失ったと言ってたからな。補充は半分なんだろうけど、新兵だからね。現場で鍛え上げるつもりなのかな?
「この村で2日は休めるぞ。のんびりしてくれ」
これでシュタインさんの話は終了だ。ギルドを出て、宿に向かい1階の食堂で夕食を取る。
食事を終えてお茶を飲みながら雑談をしていると、今回の報酬をヒルダさんが渡してくれた。1人125Lは少ない金額だが、食事は全て軍隊持ちだからね。
眠そうなモモちゃんを連れて部屋に向かう。何も気にせずに安心して眠れるというのは、それだけで贅沢な気分にさせてくれる。
翌日は何もすることが無い。
シュタインさんとナリスさん達はギルドのテーブルに居座って槍の手入れをしている。ヒルダさんは食料の買い出しみたいだし、ガドネンさんは武器屋の鍛冶場で何やら作っているようだ。
リーザさんが新しい幌馬車を見に行こうと誘ってくれたので、モモちゃんと一緒に出掛けてみた。
「西の門番さん達の番屋に置いてあるそうよ」
「あの2頭が一緒で良かったにゃ」
モモちゃんは、宿屋のおばさんから野菜のクズを貰ってきたようだ。可愛がっていればそれに答えてくれると思うな。でも、恩返しを考えないで可愛がる気持ちは大切にしたいものだ。
「あれにゃ!」
「大きいよね。御者台に3人は楽に乗れるわよ」
幌馬車の荷台と御者台を合わせた大きさは長さ6m、横幅は2.4mもある。20D×8Dという感じなんだろうな。荷台の高さは60cm程の高さがある。床下に潜む時に頭を荷台にぶつけることは少ないんじゃないかな。
高い荷台下を利用してロープで編んだ網が付けられている。飼葉や焚き木を吊るして置く場所なのだが、前の幌馬車と比べて2倍以上積み込めそうだ。
ダリムの飼葉オケと水オケは御者台の片隅に乗せられてある。荷台の後ろにある木の枠は大型水筒を置いておく場所なんだろう。
御者台の横に出ている腕木は、ランタンを吊るしておくんだろうな。
「これなら皆で乗れるね」
リーザさんの言葉に、俺とモモちゃんも頷いた。
確かにこれなら、十分だろう。前の幌馬車は縦にしか寝られなかったけど、今度の幌馬車なら横に寝ることができる。
翌日は、俺達もギルドでボルトや矢を研いで過ごす。その夕方、ガドネンさんが俺達の前に取り出した物は……、小型の蒸留機だった。
中々精巧に作ってある。これなら上手くアルコールを抽出できそうだな。
「どうじゃ?」
「やってみましょう。休憩所の夜は退屈ですからね。これを使って作ってみます」
ワインを買わなくちゃならないな。宿に戻る時に雑貨屋に寄って小さなタルでワインを買い込んでおこう。10ℓ程のタルで銀貨1枚だから、色々と世話になっているガドネンさんの為にもその位の散財は仕方がないだろうな。




