8-09 モモちゃんのおかげなのか?
俺のところに、モモちゃんが走って来た。
「お兄ちゃん。怖いのがやってくるにゃ!」
「分かった。リーザさんの後ろにいるんだぞ。あまり前に出ないようにね」
モモちゃんの頭をポンっと叩いてそれだけ伝えると、しっかりと頷いてくれた。
ナリスさん達に振りかえって頷くと、ナリスさん達も頷いて小さく呟いている。【アクセル】だな。俺も自分に掛けておこう。
モモちゃんは? と見ると、すでに上の広場に繋がる通路の方に急いでいる。
ナリスさんが数歩前に出て、シュタインさん達に下りの通路を指差しているから向こうも土竜が近付いているのが分ったみたいだ。
2人の槍兵が広場の真ん中に出てロープを握っている。あまり急いで引いてもダメなんだろう。数歩前に出て1人が通路の奥をジッと見ているようだ。
やがて、通路に置いた明かりが揺れ出した。
かなり近付いてるんじゃないかな? 見張りの兵士が片手を上げて、ロープを持つ兵士にいつでも合図を送れる体制を取っている。
兵士が片手を下して、後ろに引くように手を振っている。手の動きに合わせてロープが引かれ、広場にダリスの半身が引きづられて出て来た。天井に光球が上がり、俺達の前に積んだ焚き木に火が点けられた。
最初に出て来たのは数本の触手だった。直径は3cmはあるんじゃないか? 数m程伸ばしてダリムを掴もうとしているようだが、兵士達が少しずつ引いているから掴めなくていらだっているようにも見える。
突然、土竜の本体が広場に現れた。
やはり傷は癒えたようにも見える。あの巨体だから、俺達が与えた傷はさほどの痛みでは無かったのかな?
「攻撃は、ヒルダ殿達が最初だったな」
「そうです。飛び出さないでくださいよ。あの触手が厄介ですからね」
土竜はようやく広場に体を出したところだ。触手はやはり大きな口の周りから出てるな。あの口も散々破壊したはずなんだが、指よりも長い牙が幾重にも取り囲んでいる。正面から戦いを挑むのは無謀以外の何ものでもない。
兵士達が巧みにダリムの半身を引いているから、少しずつ土竜が広場に全体を現し始めた。
数m…10m……、ようやく、全体が通路から抜け出たようだ。
だがまだ早い。もう少し中央に誘き寄せなければ……。
「アオイ、あれを見ろ!」
小声で俺に告げるとナリスさんは腕を伸ばして、その部位を俺に教えてくれた。
「頭ですね。小さなナベぐらいに見えますが、ちゃんと目が付いてます。口は無いようですね。退化してしまったんでしょう」
「あれを身体から引き千切ればおしまいになるのだな?」
「たぶん。ですが、最初から近付かないでください。どんな奥の手を持ってるか分かりません」
何も持たないわけが無い。少なくとも土竜の中枢と言う事になるからな。
それが何かは分らないけど、用心に越したことは無いだろう。
「だいじょうぶだ。胴体を切裂いて弱らせる。頭は最後だったな」
確認するように俺に言った。
大きく頷いて、その通りであることを伝える。
後ろを振り向くと、キニアスさん達が不安な目で土竜を見ている。想像してたよりも大きいと思っているのだろう。
「【アクセル】は掛けましたね。あの触手さえなければ、ある意味一方的な戦ができます。準備しといてくださいよ。もうすぐ始まりです」
「ああ、だいじょうぶだ。しかし、デカイ図体だな」
声が震えているけど、大声を出せば少しは元気になるだろう。相手の大きさに威圧されてる状態だ。
「もうすぐ、広場の真ん中に来るぞ。土竜の後部も通路から50D(15m)以上離れている」
「準備は良いですか?」
周囲に向かって声を掛ける。小さく「オウ!」という声が聞こえてくる。
突然、広場が騒音に包まれた。
数発の火炎弾が土竜の口めがけて放たれる。
口の中で炸裂したり、体表面で炸裂したりと賑やかな限りだが、数本の触手が広場の地面に落ちている。
最初に2発放って、今度は触手めがけて放たれている。魔導士だけあって【メル】なら10回以上放てるからな。
最初の攻撃で触手が千切れてくれればありがたいところだ。
「ウオオォォ!」
頃は良しと、雄叫びを上げて、槍を腰だめに持って土竜の胴体に体当たりをして槍を突き差す。1m以上胴体に食い込んだ槍を力任せに引っこ抜いて後ろに下がる。
離れた瞬間、今まで俺のいた位置に触手が鞭のように伸びて来た。
直ぐにナリスさんやキニアスさん達が同じようにして胴体に槍を突き入れる。
2度目の攻撃は更に深く槍が入った。槍を引き抜かずに長剣を構えると、ナリスさん達が槍を振う場所に降り下ろされる触手を、次々に刈り取っていく。
「ナリスさん。奴の胴体の肉をえぐり取ってください。そこに【メル】を放ちます」
「分かった。シュタイン殿達も頑張っているようだが、こっちにはアオイがいるからな」
右手に【メル】で火炎弾を作り、呪文で集束させる。ゴルフボール並みに小さくなった火炎弾は白く光っていた。
長剣を肩に背負って土竜に近付くと、ナリスさんがえぐった傷口に、右手を差し込むようにして火炎弾を放つ。
ドン!
爆裂音が轟くと、土竜の全身がブルっと震える。傷口から水蒸気が上がり、体液が噴き出して来た。
「かなり効いてるようだな。もう一か所やってみるか?」
「行きましょう!」
再度ナリスさんが土竜の胴体をえぐり取っったところに【メル】を放つ。今度の痙攣は先ほどよりも小さいが、体液はバケツでかい出すように周囲を緑に染めている。
「モモちゃん!」
ヒルダさんの悲痛な悲鳴に、思わずモモちゃんがいる方向を見た。
土竜の触手が正にモモちゃんに振り下ろされようとした時、触手が蒸発したように消えてしまった。土竜の口に接近したモモちゃんが、蒼いバレーボールのような火炎弾を土竜の口に放った。
突然の爆発音と衝撃波に天井からパラパラと小石が降って来る。
モモちゃん、いったい何をしたんだ?
土竜の口というか、周辺をまとめて吹き飛ばしているぞ。まるで土竜の先端部分を胴体から千切り取ったように見える。
「始めますよ!」
「頭だな。任せろ!」
ナリスさんと一緒に素早く後ろに回り込むと、鍋のように黒光りする頭部と胴体の間に、ナリスさんが槍を突き差し、柄をぐるりと回してえぐっている。
直ぐにシュタインさんがその作業に加わった。
「今度は俺がやります」
素早く胴体に取り付いて【メル】を放つと、頭部が胴体から吹き飛んだ。
頭部の付け根から触手を出そうとしていたようだが、間に合わなかったようだな。
土竜の胴体は痙攣するように、まだぴくぴくと動いているが、新たな触手を出すことは無いようだ。
「終わったな……」
「どうにかですね。さっきのモモちゃんの攻撃が無ければ、まだ続いていたでしょうね」
「おお~い。怪我は無いか?」
「だいじょうぶです。シュタインさん達もだいじょうぶなんでしょうね?」
シュタインさん達が俺達の方に皆で歩いて来る。
胴体に槍を突き差しても反応は無いみたいだ。今度こそ土竜を倒したと考えて良いだろう。
「皆、酷い顔じゃな。あれだけ体液を浴びてるからのう。槍を集めて【クリーネ】で汚れを落とさねばなるまい。ついでに我等もな」
ガドネンさんの指示で槍と矢が集められ、緑の体液で汚れた武器を綺麗にする。俺達の衣服も緑色があちこちに飛んでいる。早めに【クリーネ】を掛けないと落ちないんじゃないかと心配になるほどだ。
一段落したところで、ポットでお茶を作って飲む。
一仕事が終わったところだから、誰もが笑顔だ。キニアスさんもこれで評価が上がるだろう。騎士になるのもそれ程遠くは無いんじゃないかな。
「大きいですね。これを片付けることになると思うと、気が滅入ります」
「何を言うか。倒せたからこそ我等で始末できるのだ。あの触手を見たか?」
「見ました。やはり我等だけでは不可能だったと思います」
魔導士と槍兵がいるなら、休眠状態にまでは持ち込めるだろう。その時にみじん切りにすれば何とかできると思うんだけどね。
「これで、我等の仕事は終了だ。……それよりも、モモ。あそこで前に出るのは問題だぞ。兄を思う心根は分らんでもないが、その行動を一番心配するのはお前の兄だからな」
「ゴメンにゃ……。でも、守ってあげると言ってくれたにゃ。口に【メルト】を放てとも教えてくれたにゃ」
バステトと名乗った精霊がモモちゃんに憑依してたんだっけ。となると、あの絶対に避けられない触手の攻撃を、触手自体を消失させることで防いだのはバステトということになるんだろう。
あの【メルト】にしても介在してるんじゃないかな。確か【メルト】は広域を対象とする火炎弾のはずだ。あれは【メル】の威力を上げたように俺には思えるぞ。
「それでもだ。神の守護がいつまで続くかは分らんが、神を試すような行為はする者ではない」
「モモの話では積極的な介在じゃから、シュタインの言うような話ではないとはおもうがのう。とはいえ、モモはモモの精一杯で十分じゃ。自分の力を越える力は必ずしも自分を幸せにするものではないぞ」
ガドネンさんがガラにも無く深い話をモモちゃんに聞かせている。
小さく頷いてるところを見ると、少しは意味が理解できたのかな?




