2-10 荷馬車30台の護衛(2)
アーベル村に到着して、ベッドに横になると途端に眠気が襲ってくる。
固めのベッドだが、地面にポンチョを敷いて寝るよりは遥かに良い。背中も痛くならないし、何といっても安全だからな。
翌日は、少し遅めに村を発つ。
モスデール荒野の入り口付近で野営をするためだそうだ。
たっぷりと水と干し草を積み込んだ荷馬車の列が、南に向かって進んでいく。殿の荷台に乗った俺達は飴玉を舐めながら、小さくなっていく村を眺めていた。
モモちゃんとリーザさんは矢筒を腰に下げているし、俺もボルトケースを下げている。後ろに積まれた干し草の束に、弓やクロスボウを投げ出して、荷台の左右には俺達の杖が差し込んである。
果たして、何が襲ってくるんだろう?
シュタインさんの話だと、ガトルと呼ばれる大型の野犬だと言う事だが、それって狼なんじゃないのかな?
季節は夏になって来たのだろうか? 日差しが強くなってきて、じっとりと汗も滲んでくる。裾をまくって、前ボタンを外し、風を通しやすくするけど、やはり暑いよな。
装備ベルトを一旦外して、革の上着を脱いだ。迷彩色のTシャツを見て、リーザさんが驚いているけど、戦いになれば上に上着を羽織れば良いだろう。
俺の姿を見てモモちゃんも上着のように来ている革のワンピースを脱いでクルクル丸めている。
「確かに暑くなってきたわね。でもこれ以上に暑くはならないわ。夜はその恰好では冷えるからちゃんと着ないとダメよ」
チラリとリーザさんを見ると、裾が短く、袖の無い革のワンピースを羽織ってる。背中がひらひらしているのは、そこが大きく開いてるんだろう。あれなら背中が暑くならないだろうな。
となると、男性用の服もありそうな気がするぞ。
俺はともかく、モモちゃんだけにも、次の村に行ったら買ってあげよう。
昼食を取るために止まった林から棒を2本取って来て、ポンチョの端を棒に縛って干し草の束に差し込む。こうすると小さいながらもタープのような日除けができる。
日差しがきついからモモちゃんがタープの影に寝転んで直ぐに寝息を立てている。リーザさんもモモちゃんの隣でいつしか眠ってしまった。俺だけが取り残された感じだが、殿の見張りはキチンとこなさなければならないからな。
揺れる荷台が眠気を誘うのを必死にはねのけて、周囲の監視を続けることにした。
西日が強くなってきたけど、2人はまだ寝てるみたいだ。
いつしか周囲は草もまばらになり、小石と砂交じりの荒地に変わっていた。たまに枯れかかった草の群落が見える位で、気温も上がってきたように思える。
まだ夕暮れには程遠い時間だが、荷馬車の歩みが遅くなってきた。
今夜の野営地を探し始めたらしい。
寝ていた2人が起き出して辺りをしきりに眺めている。寝ている間にだいぶ景色が変わっているからね。
「荷馬車が遅いにゃ!」
「たぶん野営地を探してるのよ。モスデール荒野には決まった野営地が無いみたいなの」
そうなると、夜間が心配だな。ちゃんとモモちゃんを守ってやれるだろうか?
ガクンと体が横に揺れた。荷馬車が進行方向を変えたみたいだ。
干し草を縛ったロープにつかまりながら荷台に立つと、積荷越しに前を眺めた。
どうやら円陣を組んで野営をするみたいだな。先頭の荷馬車はすでに荷馬車を止めて牛を荷馬車から外しているようだ。
荷馬車で円陣を組み、その中に牛をまとめておくのだろう。今夜は一波乱あるのだろうか?
俺達の乗った荷馬車が止まった。
荷物をまとめて荷台から下りると、シュタインさん達のいる小さな焚き火に集まる。
「殿は大変だろうが、後2日程だ。食事が終わったところで一休みできる。夜半からは俺達が番をする事になるぞ」
「あまり緊張することは無い。何かあれば笛を吹いて皆に知らせれば良いんじゃからな」
頷きながら聞いていた俺に、ガドネンさんがパイプを取り出しながら教えてくれた。
要するにいつも通りと言う事なんだろうな。
食事が終われば4時間程は寝られそうだ。殿の俺達の中で起きてたのは俺だけだからね。ゆっくりと眠れそうだぞ。
乾燥野菜に干し肉のスープと、薄くて平たいパンが夕食だった。
夜中お腹が空きそうだ。モモちゃんが持ってるお菓子をねだる事になりそうな気がするな。
食事が終わると、食器をまとめてヒルダさんが【クリーネ】を掛けてくれた。
厚手の布を地面に敷いて、その上に薄い毛布を敷く。少しでも寝床が柔らかい方が眠りやすい。モモちゃんと肩を並べて横になった。
いつも通り、モモちゃんに起こされた。
急いで荷物をまとめてバッグに入れておく。干し草の束をいくつか似合車から下して、椅子代わりに座ると、クロスボウを手元に置いた。
リーザさんが渡してくれたお茶を飲むと、少しずつ眼が冴えて来るのが分かる。
いつの間にか、焚き火の数が減っている。この荒野でもう一晩過ごさねばならないから、焚き木を節約してるんだろうな。
「お茶を飲んだら、監視を始めるぞ。ゆっくりと荷馬車の外側を一周することになる。今はレクタスの連中が監視をしてるが、ここに戻ったら俺達と交替だ」
お茶を飲み終えて、モモちゃんの準備を手伝っていると、レクタスの人達が焚き火に近付いて来る。
シュタインさんが立ち上がったのを合図に、俺達は干し草から腰を上げた。
「今のところは何もない。至って静かだな」
「ああ、何も無いのが一番だ。それじゃ、後は引き受けた」
先頭はシュタインさんその後ろをガトネンさんが続き、最後は俺になる。男性が外側を歩いてモモちゃん達女性は荷馬車側だ。
これなら、何かあれば直ぐにモモちゃんは荷馬車の下に逃げ込めるだろう。
荷馬車から数m程離れてゆっくりと周囲を観察しながら、荷馬車の円陣の外側を歩く。このペースで1周すると15分は掛かるんじゃないかな? それ位ゆっくりした足取りだ。
「まだ、虫の音がするぞ。潜んでおるような獣はいないから安心せい」
ガトネンさんが俺の方に首を回して教えてくれた。
俺が頷くのを見て安心したように歩き始めたが、左手には丸い盾がすでに持たれている。両刃の斧は腰のベルトに浅く差してあるからいつでも、戦いに臨めそうないでたちだ。
リーザさんは弓を手にしているけど、モモちゃんはまだ肩に担いでいる。手に持ったら、杖代わりにしてしまいそうだからな。
モモちゃんの場合は隠れてからでも十分だ。その代わりに、しっかりと孫の手を掴んでいた。手首を孫の手の取っ手の下に付いている紐に通しているから落したりはしないだろう。
1周回ったところで、レクタス傭兵団と交替する。
干し草に腰を下ろしてホッと一息つくと、モモちゃんが飴玉を分けてくれた。
時間つぶしには丁度良いな。
シュタインさんとガトネンさんはパイプを楽しむようだ。
何度かレクタス傭兵団と交替しながら荷馬車の円陣の外側を監視していた時だ。
交替して、焚き火でお茶を飲み始めた時に鋭い笛の音が聞えた。
直ぐに、シュタインさん立ち上がって笛を吹くと、モモちゃんも首から下げた笛を一生懸命に吹き始めた。
急いでクロスボウの弦を引くと、ボルトをセットして立ち上がった。
モモちゃんが俺に向かって【アクセル】を唱えると、大事そうに孫の手を革のベストの内側にしまいこんだ。
弓を両手で持っているから、先ずは弓を使うつもりなんだろうな。
ぞろぞろと商隊の男達が集まって来たところで、レクタス傭兵団が駈け込んで来た。
「ガトルの群れだ。数十はいるぞ。アビニオンはあの辺りの荷馬車を頼む。俺達はあそこだ」
レクタスのリーダーが矢継ぎ早に指示を出したところで、俺達はリーダーの示した荷馬車に向かった。
「俺とガトネンが外で戦う。ヒルダ達は荷馬車の下で援護してくれ。アオイは俺達が不利になったら、左手を頼む」
シュタインさんの言う通りに最初は荷馬車の下に潜む。
俺の隣はヒルダさんだ。モモちゃんを挟んで右手奥にリーザさんが弓を手に闇を睨んでいる。
「【シャイン】!」
ヒルダさんの魔法で明るい光球が作られ、シュタインさんの前方10m程の場所に浮かんだ。シュタインさん達は荷馬車から3m程の場所で武器を手に闇を睨んでいる。
少しは明るくなったが、俺にはどこにガトルが潜んでいるか分からないぞ。
狼に似た獣らしいが、見掛けよりも小さいのだろうか?
「お兄ちゃん、あれにゃ!」
モモちゃんの腕の先を、闇に向かって点々と伸ばした先に見えたのは、大型犬よりも大きな奴が闇の中に見え隠れしていた。
「たくさんいるにゃ」
「40はいるわよ。一度に襲われたらやばい事になるわ」
後ろから色々と聞こえてくるけど参考にはならないな。
「アオイ。ガトルを狙えるなら、いつでも撃って良いぞ。少しでも数を減らしてくれ」
「分かりました。見え隠れしてるんですが、もう少し明るければあの距離なら行けますよ!」
俺の言葉が終わるよりも早く、光球が50m程先に飛んで行った。
今度ははっきりとガトルの姿が見えるぞ。急に明るくなって上を見ている奴までいる。
そんな中の大きい奴を照準器のT字に合わせてトリガーを引いた。
ギャォン!
叫び声を上げて1匹のガトルが昏倒する。
急いで弦を引くと次のガトルに狙いを着ける……。
4匹目を倒した時にガトルの群れが近付き始めた。
5匹は何とかしたいと弦を引き狙いを着けた時に、相手の頭に矢が突き立った。
弓で狙える距離まで近付いて来たらしい。
次の獲物を倒したところで、クロスボウを置いてシュタインさんの左手に立つと背中の剣を抜いた。
少し刀に近いからあまり違和感が無いのが助かるな。
右手に最初に貰った片手剣を逆手に持ち、左手の剣を肩に担ぐようにして構える
「変わった構えだが、自然体だ。敵の動きは素早いぞ!」
「分かりました。少し離れて立ちましたけど、これで良いですか?」
「十分だ。後ろの3人にも期待したいところだな」
ゆっくりとガトルが横に並んで近付いて来る。その後ろにもいるようだな。
一度に来られたらちょっと面倒だが、モモちゃん達は車輪の間にいつの間にか干し草の束を持ちこんで簡単な壁を作っている。あの後ろにいれば安全だろう。
視線を前に戻すと、更に近付いて来たガトルの群れがいる。
大型犬位に見えるが、唸り声を上げる口には大きな牙がのぞいていた。




