画期的な問題解決手法及び新時代の訪れ
大勢の暗殺者が放たれましたが、残らず返り討ちに遭ってしまいました。
『医者は、人体の構造を熟知しているため、戦闘能力が高い』
この黄金ルールは、歯医者においても合致したのです。
そもそも、多すぎるから減らすというのは、暴挙としか言いようがありません。
あまりの損害の大きさと、内外からの反対の声に押されて、このプロジェクトは中止されました。
では、もう一つの方法である、患者を増やす努力は、この問題を根本的に解決しうるのでしょうか?
駒岐歯科大学と駒岐県歯科医師会は長年にわたってずっと、定期的に歯科の検診を受けるよう、メディアを用いて啓蒙を行ってきました。
それが、市民の皆さんを進んで歯医者に足を向けさせることができたのか、統計がとられました。
その効果は、以下のように表現されました。
『歯科エックス線撮影装置の使用でガンが発生する確率と同程度の受診率向上が見られた』
……つまり、実質ゼロだという結論でした。
メディアの宣伝程度では、大した効果はなく、十分な患者数を確保できなかったのです。
結局の所、みんな歯医者へ行くのは嫌いなのです。
万策尽きたかに思えました。
が、沈み込んだ我々に、国外から助けの手が差し伸べられました。
我が校は、中央アフリカのバルンダフ民主共和国の国立歯科大学である、バルド大学と長くにわたって姉妹校提携を結んでいました。
そして、かの国の97年の内戦時、現地の歯学生のために駒岐歯科大学から実習機材三百人分を寄付したことがあったのです。
バルド大学理事長のアペイ・メポル氏がそのときの恩に応えたいと、申し出てくださったのです。
来日してデータを調べたメポル氏は、駒岐県における人口から考えて、潜在的な患者となりえる住人は十分だと言われました。
あとは、彼らが自発的に歯科医院に来院するような環境づくりをするだけだと。
そのために、魔術を使うべきだと氏は強調しました。
一般にはあまり知られていませんが、人体の歯の部位には、非常に魔力的、呪術的要素があふれています。
現代においてなお、人々は抜いた歯を縁の下に投げ込んでまじないをかけます。
あるいは、枕の下にいおいて、トゥースフェアリーを召還します。
ポリネシアの人々は、特に歯の呪術性を重視し、歯に食物を触れさせないことで、人の内なる神の力を増幅させると信じていました。
彼らの儀式群タプは、タブーという語の語原です。
浅学にして魔術に疎い我々のために、メポル氏は彼の部族に伝わる魔術を、仔細漏らさず伝えてくれました。
魔術的エネルギーの元となる歯ならば、いくらでもありました。
駒岐歯科大学には、実習目的や学術的調査のために、何万本という歯牙が保存されていました。
それを解き放つときがきたのです。
日蝕が起きる日に、学会という名目でイベント会場を借り切りました。そこに、県内の数千人の歯医者が集いました。
生け贄を捧げ、呪文が詠唱されます。
同時に、駒岐県歯科医師会の人脈を用いて、県を囲むように何万本という歯が並べられていました。駒岐県そのものを、歯で作った魔法陣で囲んだのです。
これは、大規模な魔術でした。
日蝕が起きるとともに、空気が変わります。
イベント会場の中央で、紫色の炎が燃え上がり、魔物が召還されました。それは、紅蓮獄将のオドントラフェルと名乗りました。
予定通り、駒岐県歯科医師会と駒岐歯科大学は魔物と契約を結び、魔物の力は魔法陣の内側全ての人間に作用しました。
しかる後に、召還儀式はつつがなく終了しました。儀式後には懇親会が開催されました。
召還儀式後の追跡調査によると、駒岐県の人間は、例外なく体中から歯が生え始めたようです。
今なお、詳密な原理は鋭意研究中ではありますが、一つ明らかな事があります。歯が沢山あるのなら、メンテナンスをしなければなりません。駒岐県民は今までの三十二本のみならず、体中の千本あまりの歯も歯科医院で世話してもらうのが一番だと気づくのに時間はかかりませんでした。
いまや、歯科医師過剰も、来院患者数の不足も、過去の問題です。
過去の常識を覆す、体中に萌出した歯牙にどうやって対処するか、県内全ての歯科医師が全力を投じなければならなくなりました。
この新たな時代に適応すべく、我々歯科医師は日々、資質向上のために研鑽の努力を惜しまず、良質な歯科医療を提供していく所存です。
このレポートを通じて、歯科医療へのご理解を頂ければ幸いです。