第6話:もやし聖女、市場に立つ
「……よし、収穫完了!」
翌朝、物置小屋のわずかな隙間から差し込む朝光の中で、私は歓喜の声をあげた。
器代わりに借りた木箱の中には、純白で瑞々しい、立派なもやしが山盛りになっていた。
夜の間に何度か起きて水を替え、仕上げに指先からほんの少しだけポンコツ治癒術を流し込んだ結果だ。人間の傷を治す時はあれほど私を苦しめる呪いの能力が、豆相手だと、心地よい朝のストレッチ程度の疲労感で済むのが本当にありがたい。
元手は豆代の銅貨5枚と、物置小屋の15枚。合わせて銅貨20枚。
これが、体積にしておよそ10倍以上の、新鮮な生野菜へと化けたのだ。
「フードよし、髪の毛のハミ出しなし、よし!」
私は再びボロ布のようなフードを深く被り、青髪を完全に隠すと、もやしの詰まった木箱を抱えて市場へと繰り出した。
朝の市場は、昨日以上の活気に満ちあふれている。
あちこちで肉やパン、野菜を売る売り子の声が飛び交う中、私はあらかじめ目を付けていたスープ屋の屋台の前に立った。大通り沿いで、朝から平民や労働者相手にせっせと温かいスープを売っている、気の良さそうなおばさんの店だ。
「おばさん、ちょっといい? すごく安くて、スープの具にぴったりの良いものがあるんだけど」
「ん? なんだい、お嬢ちゃん。うちはいつもの八百屋から仕入れて――って、なんだいそれは?」
木箱の隙間から見えた、白くて細長い未知の物体に、おばさんが目を丸くする。
この世界には、一応「豆」を食べる文化はあるが、それを暗所で発芽させて「もやし」として食べる習慣はない。つまり、完全なブルーオーシャン(未開拓市場)だ。
「これ、豆の芽を綺麗なお水で伸ばしたものなの。サッと茹でるだけでシャキシャキして美味しいし、何より火が通るのがすごく早いから、薪の節約になるよ」
「薪の節約?」
その言葉に、おばさんの目の色が変わった。
この世界の平民にとって、お湯を沸かし続けるための「薪代」はバカにならない。調理時間が短縮できる食材というのは、それだけで圧倒的な強みなのだ。
「ちょっとスープに入れて試してみて。一掴みあげるから」
「どれどれ……」
おばさんは半信疑で私から一掴みのもやしを受け取ると、ぐつぐつと煮える大鍋に放り込んだ。
ものの数十秒。火が通り、少し透き通ったもやしをスプーンですくい、息を吹きかけながら口に運ぶ。
シャキ、と小気味よい音がおばさんの口内から響いた。
「――! なにこれ、面白い歯ごたえ! それにクセがないから、うちの塩スープの味を全然邪魔しないじゃないかい!」
「でしょ? しかもこれだけ入って、なんと銅貨10枚でいいよ」
私は、おばさんがいつも仕入れているであろうクタクタの煮込み用キャベツの価格をベースに、あえてそれより少し安い「破格の値段」を提示した。
「10枚!? これだけの量でかい? ……よし、買った! ある分全部おくれ!」
おばさんは手を叩いて喜び、すぐに懐から硬貨を取り出した。
木箱に詰めたもやしは、全部で3束分ほどの量。おばさんは約束通り、銅貨30枚を私の手の中にジャラジャラと落としてくれた。
「毎度あり! 美味しかったら、また明日も持ってくるね」
「ああ、待ってるよ、フードのお嬢ちゃん!」
屋台を離れ、私は市場の隅でそっと手の平を開いた。
そこにあるのは、新しく稼ぎ出した銅貨30枚。
元手の20枚を引いて、純利益は銅貨10枚。
日本円に換算すれば、わずか千円か二千円程度の地味すぎる儲けだ。チートで一攫千金なんて夢のまた夢。
「……でも、これ。確実に私の力で稼いだお金だ」
誰かに脅されるわけでもなく、偽聖女として祭り上げられるわけでもない、泥臭いけれど真っ当な生存の第一歩。
「よし、この調子で明日は豆の量を3倍に増やそう。今度は別の屋台にも売り込みに行くんだから!」
軍資金が増えれば、安全な宿も、青髪を隠すまともな服も買える。
最弱の元聖女による、手堅く地道な小遣い稼ぎが、本格的に動き始めようとしていた。




