72話 鉱山都市テルー
馬車が止まる。
「着いたぞ」
御者の声で、揺れが止まった。
ユウは立ち上がる。
アリアも続いた。
荷台から降りる。
視界が開ける。
「……」
アリアが言葉を止めた。
街はある。
だが――静かだった。
「静かだな」
「ああ」
人はいる。
完全に止まっているわけじゃない。
だが少ない。
動きも鈍い。
どこか、重い。
「鉱山都市って感じ、あんまりしないね」
本来なら、もっと騒がしいはずだ。
荷の出入り。
鉱石の運搬。
怒号や笑い声。
そういうものが、ほとんどない。
代わりに目に入るのは、閉じられた扉だった。
「……閉まってる店、多いね」
「ああ」
板が打ち付けられた建物もある。
「止まってるな」
ユウの一言で十分だった。
アリアが周囲を見回す。
「とりあえず、聞くか」
視線の先に、開いている店が一つ。
簡素な食堂。
「ここでいいか」
「だな」
中に入る。
扉の音がやけに響いた。
「……いらっしゃい」
店主が顔を上げる。
覇気はないが、警戒はしている。
「二人だ。適当に出してくれ」
「ああ……分かった」
席に座る。
店内は静かだった。
客は数人。
全員無言で、食器の音だけが響いている。
「分かりやすいね」
「ああ」
ただの不景気じゃない。
空気そのものが違う。
アリアが店主に声をかけた。
「何かあったんですか?」
少し間があく。
店主が手を止めた。
「……来たばっかりか」
「ああ」
店主は小さくため息をつく。
「なら、やめとけ」
アリアが苦笑する。
「それ、道中でも聞いたよ」
「だろうな」
店主は視線を落とす。
「今、この街は“入る場所”じゃねえ」
「採掘が止まってるって話は?」
「ああ」
短い返事。
「止めたんだよ」
「止めた?」
「掘れなくなったんじゃねえ。掘らなくなった」
空気がわずかに張る。
「理由は?」
店主は少し迷ってから、口を開いた。
「……戻ってこねえ」
「何が?」
「入ったやつがだ」
一瞬の沈黙。
「それだけじゃない。戻ってきても、おかしい」
「おかしい?」
「ああ」
言葉を選ぶように続ける。
「焦点が合ってねえ。話が通じねえ」
少しだけ声が落ちる。
「……壊れてるみてえになる」
アリアの表情が変わる。
「それで、止めた?」
「ああ。誰も近づかねえ」
「近づけねえ、だな」
ユウが言う。
店主が一瞬だけ視線を上げ、小さく笑った。
「……あんた、分かる口か」
「まあな」
それ以上は踏み込まない。
料理が運ばれてくる。
簡素だが温かい。
「助かる」
ユウが言うと、店主は軽く手を振った。
しばらく無言で食べる。
やがて店主がぽつりと聞いた。
「……行くのか?」
ユウは一口食べてから答える。
「ああ」
迷いはない。
店主は何も言わず、小さく息を吐いた。
「……なら、気をつけろ」
それだけだった。
食事を終え、外に出る。
空気は変わらない。
重いまま。
「確定だね」
「ああ」
歪みか、それに近い何か。
「場所は分かったな」
「鉱山だね」
街の奥。
岩山に口を開ける坑道が見える。
柵がされ、人の気配はない。
近づく者もいない。
「……分かりやすい」
ユウはそのまま歩き出す。
止まる理由はない。
アリアも続く。
静かな街を抜ける。
視線だけが刺さるが、誰も止めない。
やがて坑道の前に立つ。
空気が変わる。
「……これ」
アリアが呟く。
ユウは答えず、一歩踏み出した。
「行くぞ」
そのまま、闇の中へ入った。




