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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第三章 新たな日常
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買い物再び

 バッティングセンターを後にすると、時計は十一時を少し回っている。お昼には微妙に早いが、昌もこの近辺の土地勘が無い。店を探しているうちに時間も過ぎそうだ。


「何か、食べたいもの、ある? と言っても、私もこの辺のお店、知らないんだけどね」


「うーん」


 知子は思考を巡らせる。かつての自分ならラーメンのチェーン店や丼物の店でもいいけど、さすがに女性二人だけで入る店ではないであろうことは判る。そうでなくても、いろいろと指導が入るのだ。

 そう考えると、食べ物屋さんに限れば、女性の方が選択肢は少ないのかも知れない。

 でも、カフェとか、イタリアンはイマイチだし、昼間っから鍋とか天ぷらは違うし。


 結局、知子が選んだのは定食チェーン店。ここなら肉メニューや揚げ物もある。女性だけのグループでもギリギリセーフだろう。


「なかなかナイスな店選びだね」


 昌はそう言うが、知子には何がナイスか解らず、首をかしげる。


「ご飯に主菜、副菜があって、野菜も取れるから。

 ファミレスとかだと、意識して野菜メニューを入れなきゃいけないでしょ」


 言われてみれば、確かに思い当たる。男子の好む店は、そもそも野菜メニューが無いことが多い。強いて言えば中華は野菜も取れるが、女性二人では入りづらいかも知れない。




 席に通され、タブレットでメニューを見る。

 知子は、肉を選択。天ぷらと迷ったが、やはりカツだろう。豚カツの定食である。一方の昌は、かなり迷った結果、鯖の竜田揚げの定食だ。


「昌さんは、何と迷ってたんですか?」


「これ。野菜たっぷりのスパイシースープカレー。

 でもね、妊娠中の刺激物は避けた方がいいらしくて。どれぐらい辛いか判らなかったから。

 で、そうでないなら揚げ物。家じゃ、片付けがめんどくさくて作らないんだよね」


 知子は「めんどくさい」に意外な印象を持った。知子から見た昌は、何でもできる完璧超人だった。


「ところで知子ちゃん、久々にバット握ってどうだった?」


「うん。楽しかった」


「病院からこっち、無かったからね」


「うん。ここまで(なま)ってると思わなかった」


「それもあるだろうけど、単純に骨格とパワーの差も大きいんだよ」


 その言葉に表情を曇らせた知子を見て、まだ言うべきではないことに、昌も気まずくなる。


「そ、そう言えば、私も療養中は運動不足を感じてさ、家の中でエクササイズできるものを使ってたよ。食べ終わったら、家電量販店でも行く?」


 とりとめも無い会話をしていると、料理が並ぶ。いただきますだ。




 例によって、昌は味噌汁に箸の先をつける。知子もそれに倣う。まずは豚カツからだ。一切れつまみ上げ、ソースをつけて口に運ぶ。衣の歯触りと肉汁の旨みが、口の中を幸せにする。

 昌は味噌汁を一口含み、サラダに箸をつけた。そして、鯖の竜田揚げだ。


「揚げ物って、うまく作れないんだよね。すぐベチャッとなっちゃうし。余熱で火を通すってのがうまくできなくてさ、ついつい揚げ過ぎちゃうんだ」


「昌さんでも、苦手な料理ってあるんですね」


「うーん。揚げ物は全般に苦手かな?

 と言うより、私の料理は出汁と下処理さえきちんとしておけば失敗しないタイプの料理か、電子レンジ頼りのお手軽無水調理ばかりだよ。だから、こういうところに来ると、つい、揚げ物が欲しくなっちゃう。ちょっと量が多いけどね」


 昌は竜田揚げをもう一口。


 しばし無言で食べる。しかし、定食屋の料理は味つけがやや強い。昌は二切れ食べたところで、シェアをお願いすると、知子は快諾。


「竜田揚げも美味しいですね」


「うん。でも、一口目で美味しいものって、全部食べる頃には飽きちゃうんだよね。こんなこと言ったら贅沢だけど。

 どうせなら、みぞれ煮とかにすれば美味しいのに」


「みぞれ煮?」


 昌はタブレットからメニューを呼び出すと、鶏のみぞれ煮を出す。大根おろしで煮ているが、鶏の代わりに鯖の竜田揚げを使っても美味しいに違いない。


「家でもたまに作るんだ。食材が共通なんだから、鯖のみぞれ煮もメニューにあればいいのに。

 て言うか、個人営業の店だったら、出来ないか訊くところかな。居酒屋とかだったら間違いなく訊いちゃう」


 知子にはよくわからない。そもそも、居酒屋には行ったことがないのだ。


「居酒屋って、美味しいんですか?」


「個人営業の居酒屋とか小料理屋は、店にもよるけど、チェーン店の居酒屋とはレベルが違うよ」


 昌は説明を続けた。

 居酒屋は、よほどお酒にこだわった店以外は、料理で勝負する。と言うより、ビールはもちろんそれ以外のお酒も基本的に大手メーカーなり酒造なりで造られたもので、これ自体では差別化出来ない。

 利益はお酒で出すものの、それ以外の部分に魅力が無い限り、店は続かないのだ。


 例外的にお酒で勝負する店といえば、昌が思い出すのは一軒だけだ。『昌幸』が三十ほどの頃に通ったジャズバー。どれぐらい美味しいかは判らないし、そもそもジャズの良さも解らなかったが、他より美味しいお酒を呑める店だった。

 しかし、そういう店は希で、基本的には勝負は料理だ。




 昼食を終えると、家電量販店へ向かう。買うのは最新ゲーム機ではなく、知子の運動不足解消用だ。

 輪っかでエクササイズをするソフトと、ボクササイズのソフト。一時は品薄だったが、幸運なことに、いずれもその場で買うことが出来た。


 そして、スポーツ店で、トレーニングウェア。

 知子が持ってきたのは、ゆったりとしたジャージ。十年以上前ならおっさんが着ていそうな、変に蛍光色とかが入った派手な、しかも左右非対称な柄だ。

 絶対に、似合わない。


「知子ちゃん。いくら何でもそれはちょっと。

 こんなのどう?」


 昌が持ってきたのは、速乾性もあるストレッチ素材のレギンスに似たボトムだ。当然、体の線が出る。パッケージの写真に、知子は恥ずかしそうにする。


「知子ちゃんなら、こういうのの方が似合うよ。それに、動きやすいし」


 こういった、ぴっちりとした服には二の足を踏んでしまう。

 履いたときに見下ろすと、あるいは鏡に映った姿は、否が応にも自身の性別を突きつけられるからだ。


「じゃ、私も買おーっと」


 昌も付き合いで選ぶ。

 昌が選んだのは、ボトムは知子とほぼ同じだが、トップは……。前から見たら普通なのだが、背中が大きく開いていて、そこにX型のストラップがついている。

 知子には、これはインナーじゃないのか? としか思えない。


「知子ちゃんも、こういうの買った方がいいよ。スポーツブラでもいいけど、こっちの方が楽だし」


 そう言うと、店員を呼んだ。サイズを見て、一着だけ買うようだ。

 知子は簡単にサイズを測ってもらう。店員は二人のスタイルを褒めるが、知子にとっては少し居心地が悪い。


 昌は店員にいくつか選んでもらうようだ。「パッド付きの、そう、クロスストラップで……」と、知子には呪文のようにしか聞こえない指示を出す。




 買い物を終え、家路についた知子たちだったが、知子の試練は帰宅後が本番だった。

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