退屈
北川家は筆頭比売神子たる沙耶香の言を受け、半陰陽だった少女『知子』を養女に迎えることとなった。正式には七月一日付けでとなるが、それまでも助走期間として家族として暮らす体裁だ。
それに伴って戸籍と診断書も整備され、身分が確定する。知子はようやく携帯電話を持つことになった。
「この設定はもしかしたら『知治』君を否定されたように感じるかも知れません。ですが『知治』君の人格を尊重するためでもあると、理解してほしいです」
そのときは納得したけれど、微妙に引っかかりを覚える。どこがどうとは言えないけど……。知子はそう思うが、現実的には一番合理的な方法だと考えることにした。
四月に入り、美貴も中学校へ通い始めた。部活は、とりあえずバスケットボール部を選んでいる。
ボールの大きさが違って、感覚が狂わないか知子が訊くと、それは大した問題にはなっていないそうだ。美貴曰く「つい、ハンドボールの癖が出て、トラベリングしちゃう」らしい。
今のところ、スタメンどころかベンチも難しそうだ。
それでも、新しい環境で楽しそうにしている美貴の様子に、知子は自分が取り残されているように感じていた。
その日も美貴を見送る。今日は母親も就職活動なので、家には知子独りだ。取り残されたように感じる一日が始まった。
本来なら高校二年生の新学期が始まっている。もう入ることはないであろう校舎や教室に想いを巡らせ、最近与えられたスマホを見た。電話帳に登録されているのは、家族を除けば沙耶香と昌、そして病院だけだ。
自身の身分がはっきりしたところで、ようやくセットアップを終えたPCに電源を入れた。と言っても、することと言えば動画サイトでのヒマつぶし。
こんな平日はとにかくヒマだ。さりとて、勉強にも今ひとつ身が入らない。
動画サイトを巡回していると着信音。発信元は昌だ。
電話を取り、知子はそのヒマを訴えた。
「私も『療養期間』はそうだったよ。じゃぁ今日は、知子ちゃんの無聊を慰めてあげよう! 迎えに行くから、どっか行きたいところを探しといて」
電話を切ると、どこへ行くかに想いを巡らせる。と言っても、土地勘も無い自分に、行きたいところと言っても……。『自分』はどうヒマを潰していただろうか?
思い出されるのは、部活、友達と馬鹿話をしていたこと……、動画を見るのもゲームをするのも、それを共有する相手がいてこそで、今は同じことをしても、孤独感をくっきりとさせるだけだ。
同じ野球部で、孤独も楽しめるタイプもいた。去年の夏からエースになったが、メンタルが滅法強かったと憶えている。
自分はそこまで強くない……。
知子は目尻を拭うと、おすすめ観光地を検索する。が、史跡を巡る趣味もないし、動物園や水族館というのも……。一瞬、昌の隣に知治が立つ姿を妄想するが、今の自分は違う。
結局、行きたいところの案が無いまま、インターフォンが鳴った。
昌と外出することを母親にメールで連絡すると、エントランスに向かう途中で、遅くならないよう、迷惑をかけないようにと返信が来た。
挨拶を交わし、駐車場に向かう。
「私もね、学期途中から編入ってわけに行かなくて、四月の編入まではヒマを持て余してたよ」
「昌さんも? じゃぁ、何してたんですか?」
「本を読んだり、映画視たり、勉強したり、ゲームしたり」
多分、昌さんも孤独を楽しめる強さがある人なんだろうな……。知子は自身と比べてしまう。
「あとは、料理もかな?」
「料理、ですか?」
「そう。
あ、料理は男とか女とか、関係ないよ! いずれ出来ないと困るんだから。少しずつ教えよっか?」
「う、うん。簡単なものからで」
気乗りしない返事に、昌はこの部分については先送りすることにした。
「とりあえず、ヒマならどっか、遊びに行く?」
「まだ、学校の時間ですよ?」
「気にしない、気にしない。
知子ちゃんも私も、遠目には日本人には見えないから、あえて職質してくる警官はいないと思うよ。それに、療養中の診断書もあるから、気にしなくても大丈夫。
ついでに家電量販店で、最新ゲーム機でも買っちゃおっか」
それよりも……
「バッティングセンターって、近くに在りますか?」
二月以来、バットを握っていない。
昌が「そう言えば、ご無沙汰だもんねー」と意味ありげな笑顔を見せた後、ナビを検索する。十キロほど離れた場所に見つかった。
程なく車はバッティングセンターに着く。会員カードは昌の名義で作った。公式には知子の住所は現在と異なる上、そもそもこの距離だと、中学生一人では度々来られない。
会員登録後、バッティングブースに行くのだが、女性だけのペア、しかも知子は小学生に見えるため、球速が低めのブースしか使わせてもらえない。貸し出される道具も、それに準じた軽いものだ。
知子は軽く振ってみるが風切り音が鈍い。軽量の金属バットすら、イメージよりも重く感じられることに少し落ち込む。
ディスプレイに表示された投手が投げると、ボールが迫る。軽く打ち返すが、やや詰まった当たりだ。
二球目、きっちり打ち返す。三球目……。だんだん感覚が戻ってきた。十球も打つと、すこし汗ばむ。
「お嬢ちゃん、いい振りしてるねー」
振り向くと、シニア草野球のユニフォームらしきものを着たお爺ちゃんだ。上はアンダーシャツだけで、日焼けしているが、襟元から見える体や腕は細い。
知子は『鶏ガラ』という失礼な印象を持った。
「あ、ありがとうございます」
一応、褒められたお礼をすると、そのお爺ちゃんは「やー、かわいいお嬢ちゃんだ。リトルリーグの経験でも?」と訊く。知子が律儀に「小四から」と応えると「お嬢ちゃんはセンスがいい!」と褒める。
それはそうだろう。中・高の男子野球部での経験があるのだ。
若い娘と話すのが楽しいのだろうけど、面倒くさい人に捕まったな、と知子は困ってしまう。
それを察した昌が、わざとらしいぐらいに大きな声をかけて、スポーツドリンクを渡した。さりげなく知子との間に入る。
昌はお爺ちゃんに笑顔を向けた。
「褒めて下さり、ありがとうございます」
そして小声で「でも、申し訳ありません。学校の時間にこうしている『事情』を察してはいただけませんか? 日本人でこの髪の色だと、いろいろと……」と続ける。
確かに、褒められている途中から彼女の表情が曇った。何かに思いあたったのか、お爺ちゃんはバツが悪そうに引き下がった。
それにしても、なんと美しい二人だろうか。
知子と交代で、今度は昌が打席に立つ。
昌のスイングは速い。さすがに男子高校生には及ばないが、それでも中学生レベルなら男子とも張り合えそうだ。しかし球勘が悪いのか、なかなか芯で捉えられない。結局、甲高い打撃音は二回だけだ。
二人合わせて五十球ほど打ったところで、さっきのお爺ちゃんには笑顔で会釈し、バッティングセンターを後にした。




