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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第二章 新たな生活
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知子の設定

 病室にはいつもの三人。医師の高瀬と看護師の沙耶香、そして昌。


「体調の変化はありませんか?」


「むしろ、妊娠の実感がないです」


 二ヶ月では当然かもしれない。




「ところで本題だけど、知子ちゃん、どう?」


 沙耶香が昌に訊く。その表情に引かれたか、高瀬の表情も引き締まる。


「難しい、ですね。

 九月の編入も、本人がどこまで意識できるか」


「貴女だって、完璧ではなかったわよ」


「そりゃそうですよ。でも、行動を取り繕わなくてはならないことは理解していましたし、そこそこは出来ていたつもりです。

 問題は、ペースやスケジュール以前に、今の自分をどう認識するか、どう受けとめるかの段階で足踏みしていることです。その期間が長いほど、社会復帰も難しくなります」


 確かに、神子は若さを長く保てる。社会人としての経験があれば、一年や二年の足踏みは許容できるに違いない。

 しかし、多くの未成年にとって年齢と学年は不可分だ。遅れるほどに復帰は困難になるだろう。

 いっそ二年次、あるいは三年次からとも考えたが、女性としての成長を考えると、可能な限り低い学年の方が望ましい。可能なら入学式――人間関係が出来る前――からの方が良かったのだ。

 かといって、今更年齢の設定を変えるのは、心身のバランスの問題が出る。彼女の場合、顔立ちはともかく、体つきは年齢相応以上だ。




「ふーむ」


「高瀬先生、何か良い案あります?」


「いっそのこと、彼女の生育歴に『元男性』であることを盛り込んでみては?」


「え?」

「は?」


 沙耶香と昌の声が重なる。


「所謂『元男性』なら、むしろアイデンティティはより女性寄りのはずよ。それに、彼女の今後を考えたら……」


「いえ、竹内さん、そういうことではなく」


 高瀬の案は、現状と現実を折衷(せっちゅう)したものだった。

 彼女は遺伝的には女性だが、半陰陽だったため、これまでは男性として生きてきており、その人格も男性として育ってしまった。むしろ、男性的でない自身の外見がコンプレックスで、より男性たろうとしてきたかもしれない。

 ある日、体調不良が起こる。検診の結果、それはただの体調不良ではなく、女性としての第二次性徴の現れであることが判った。

 肉体を外科的に『本来』の姿にした結果、肉体的なリハビリも成長も順調ではあるものの、精神面は未だ……、というものだ。


「男児として扱われた半陰陽の少女。外見は亜麻色の髪の美少女で、養女になって中学生。

 属性、盛り盛りですね」


 昌が言うと、高瀬は苦笑を浮かべる。


「でも、それなら学校には連絡しやすいわね。少なくとも『配慮』は得やすいでしょうか」


 沙耶香も基本的には賛成のようだが、何か引っかかるような言い方だ。


「どうしたんですか? 割と良いアイディアだと思いますけど」


「その設定は、現在の女性の姿が『本来』で、かつての『男性』のそれはかりそめのものだった、ということにするワケよね。

 現実的な案ではあるけど、『知治』の存在を否定する設定でもあるから、彼女がそれをどう受けとめるか……」


 三人は黙ってしまう。

 かつての人格を尊重するのは昌が言いだしたことにもかかわらず、当の昌自身も完全に失念していた。


「本人には、学校が性急な変化を求めないよう、過去の『知治』を尊重するための設定だと伝えてみては」


「そうね。それがベストかどうかは判らないけど、現時点では一番ベターで現実的な選択でしょう」


 昌の言に沙耶香も同意した。


「そういう診断書は作れるかしら?」


「問題ありませんよ。

 ただし、彼女のプライバシーに関わることなので、可能な限り見せないという体裁で、口頭で知らせるに留めて下さい」


「それは任せて」


 現実的には事情と診断書が『在る』こと以上の情報は必要ない。

 処置の詳細は専門家でないと理解できない以上、『事情』について知ろうとすることは、興味本位の秘密暴きにしかならない。そう突っ込めば、それ以上知ろうとする者もいないだろう。


「無論、彼女やご家族と相談した上で決めることになるけど」


 さしあたり、その線で話を進めることになった。まずは本人と家族の承諾を得るところから始めることになる。


「一応、本人達には話しておきましょうか?」


「それは父親も交えて、同じタイミングでの方がいいと思うわ」


 次に家族が揃うのは今週末になる。二人は考えられる問題と対応の検討を始めた。




 知子たちは、昼前に勉強を一旦終える。昼食の準備だ。


 美貴も知子もあまり料理の経験は無い。学校の調理実習以外では、料理と言えば冷食か出来合いのものばかりだ。美貴のお菓子作りを除けば、総合的な経験は、むしろ『知治』の方が多かったかもしれない。専ら、麺類か焼飯の類いで、具も冷凍野菜か干し野菜だけ。包丁を使うことはほとんど無かったのではあるが。


 今回は母親監修の元、パスタである。

 調味料は出来合いのオイルソースだが、具は自分たちで準備する。ベーコンとタマネギ、キャベツ、シイタケなどの野菜だ。ポイントは、具の炒め終わりと、パスタの茹で上がりをそろえること。と言っても、初心者には難しい。早茹で三分のパスタなので、具材を炒めてから茹でた方が無難だろう。


「まずは、お湯を沸かすわ。知、茹でるパスタに合わせて、鍋に水を入れて」


 パスタの袋を見て適量を判断する。麺は百グラムごとに束になっているから、三人分茹でるには三リッター。寸胴鍋に三分の二ほど水を張ると、IHにかけた。


 その後、手分けして野菜を切るが、二人とも不慣れなので、野菜を切り終わる前に鍋が沸騰する。

 母親が寸胴の方を保温にし、フライパンにオリーブオイルを垂らした。


「オイルソースじゃないの?」


「野菜炒めはね、味付けは最後にするものなの。

 先にするとベチャッとすることもあるから」


 この辺は浸透圧などが関係しているが、説明するにも子どもたちにはやや難しい。実際のところ、この手順で作れば失敗しないということを知っていれば十分だ。


 野菜がしんなりしてきたところで一旦皿に受ける。オイルソースを温め、茹で上がったパスタに絡める。そして、野菜を加えるが、フライパンに三人分はいかにも多い。うまく混ざりきっただろうか?




 三人が昼食を終えると、母親の携帯電話に沙耶香から着信があった。『知子』の件で、家族全員がそろったときに相談したいことがあるらしい。


 母親は、この週末にも父親が帰ってくる旨を伝えた。

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