3 宴の主役
仕事帰りの飲み会とは思えないほどの人で溢れた会場は個性に乏しいスーツ姿ばかりだった。僕も例外ではなかった。そんな中にあって佐倉だけが突飛な格好をしていた。インド綿の白地に青いポルカドットのラウウンドネックブラウスとデニムのスカート。一人だけカジュアルな装いだった。佐倉にしては珍しい寒色を身に着けていた。首回りがくたびれたようによれよれのブラウスは佐倉好みの古着に違いなかった。
「蒲田、蒲田、君はビールでいいのかい?」佐倉は缶のハイネケンを手にしていた。
「気が利くねぇ、ありがとう」僕が言うと佐倉は店のカウンターを指差した。
「あそこにたくさんあるぞ。好きなビールを選びなよ」佐倉は満面の笑みで言った。僕はひきつったが素直にカウンターに向かった。振り返って佐倉を見ると大勢のファンたちに囲まれていた。僕は佐倉と同じハイネケンを選んでカウンターに座った。佐倉はその晩の主役だった。話し相手さえいなかった僕とは大違いだった。
「おーい、蒲田ぁ!」佐倉が僕を呼んだ。佐倉は僕に向かって手を振って「こっちにおいでよ」と叫んだ。佐倉に名指しされたことで僕は大いに目立った。僕が佐倉の元に進むまで多くの視線が僕に集中した。僕は恥ずかしさでどんな顔をしていたかさえわからなかった。
「蒲田ぁ。なんて顔をしているんだい」佐倉が僕に言った。
「どんな顔だよ」
「蛇に睨まれたカエルみたいだぞ」佐倉が言うと佐倉の取り巻きたちが一斉に笑い始めた。
「カエル?」僕は佐倉に怒って見せた。
「そうそう、その顔のほうがいいぞ。ホラー映画じゃないんだから」佐倉は左手に持っていたハイネケンを僕に差し出した。
「酔いが足りないぞ」佐倉は自分のハイネケンを掲げて乾杯のポーズをとった。僕はまだ開けていないハイネケンで乾杯に応じた。佐倉の取り巻きたちも佐倉のハイネケンにグラスを合わせた。いつの間にか僕は佐倉の取り巻きたちの質問攻めにあっていた。佐倉が僕を目立たせたことで僕はその場の主役に昇格した。僕が大勢の人に応じていると佐倉は楽しそうにその様子を見ていた。
「ここはよろしくね」と言うと佐倉は別の集団の中に紛れていった。