15:白銀
15:白銀
レーヴェン王国最南部、白銀の雪原地帯。
冬は長く、風は鋭く、人も動物も魔物も飢えている。
この地で生きる人々にとって、雪原は常に死と隣り合わせだった。
その日も、雪原の村に悲鳴が響いた。
「魔物だぁぁぁ! 雪狼の群れが来たぞ!」
村人たちは慌てて家に逃げ込む。
雪狼――氷の牙を持ち、群れで獲物を狩る凶暴な魔獣だ。
十数匹の雪狼が村を包囲し、家々の扉を爪で引き裂こうとしていた。
「だ、誰か……勇者様を呼べ……!」
その瞬間、雪原に“音のない風”が吹いた。
――キィン。
空気が凍りつくような音。
次の瞬間、雪狼たちの動きが止まった。
村人が恐る恐る外を見ると、雪原の中央に、一人の少女が立っていた。
白銀の髪。
白銀の瞳。
白銀の鎧。
白銀の勇者――ミリア。
「……任務開始」
ミリアは淡々と呟いた。
雪狼たちが一斉に飛びかかる。
だが、ミリアは微動だにしない。
「《白銀零界》」
彼女の周囲に白銀の結界が展開され、触れた雪狼が次々と凍りつき、砕け散った。
村人たちは息を呑んだ。
「す、すげぇ……!」
「一瞬で……!」
「これが……白銀の勇者……!」
ミリアは表情ひとつ変えず、残った雪狼に向けて手をかざした。
「《氷鎖縛》」
氷の鎖が雪狼を絡め取り、動きを封じる。
ミリアは歩み寄り、淡々と剣を振り下ろした。
――終わった。
雪原は静寂を取り戻した。
「た、助かった……!」
「勇者様、ありがとうございます!」
村人たちが駆け寄る。
だが、ミリアは彼らを見ようともしない。
「任務完了。」
その声は、村人を慮ることはなく、まるで他人事のように冷たかった。
* * *
ミリアは王都レーヴェンへ戻ると、王宮の謁見室に直行した。
「白銀の勇者ミリア、帰還した」
ともすれば不敬罪に問われかねない、ぞんざいな物言いに、王は満足げに頷いた。
「よくやった、ミリア。雪原の村は救われた」
「当然の結果。」
王は少しだけ眉をひそめた。
「……ミリア。君は、少しは誇りを持ってもいいのだぞ?民を救ったのだ」
「誇り……?」
ミリアは首を傾げた。
「私は任務を遂行しただけ。誇りという感情は、知らない」
王は言葉を失った。
(……やはり、この娘はどこか“人間らしくない”)
だが、王は気づいていなかった。
ミリアの瞳の奥で、白銀の光がわずかに揺らいだことに。
* * *
任務の合間、ミリアは王都の孤児院を訪れた。
そこは、彼女が“勇者として選ばれた場所”だった。
「ミリアお姉ちゃんだ!」
「勇者様だ!」
「すごい、今日も綺麗……!」
子どもたちが駆け寄る。
ミリアは静かに彼らを見下ろした。
「……危険。私に触るな」
「え……?」
「私は戦闘用に最適化されている。子どもが触れることは推奨されない」
子どもたちは困惑した。
「ミリアお姉ちゃん……私たちの事、嫌いになったの?」
「嫌い、という感情は知らない。」
ミリアは言葉を止めた。
(……私は、何を言おうとした?)
胸の奥に、微かなノイズが走る。
「ミリア、ありがとうね。子どもたちのために来てくれて」
孤児院の院長が微笑んだ。
「あなたは優しい子よ。昔から、ずっと」
「……優しい?」
ミリアはその言葉を理解できなかった。
(私が……優しい?そんな感情は……ないはず)
頭の奥のノイズをミリアは振り払った。
* * *
その日の夕方。
聖教会の使者がレーヴェン王国を訪れた。
「白銀の勇者ミリア殿。教会は、あなたの力を高く評価しております」
「評価は不要。私は任務を遂行するだけ」
「では、我々に協力していただけますかな?魔族討伐のために」
ミリアは静かに首を振った。
「私はレーヴェン王国の勇者。私は国内を守る」
使者は笑った。
「……教会は”聖戦の宣言文”を発動する用意があります」
ミリアの瞳がわずかに揺れた。
「その意図は?」
「これまでは各国の勇者たちの個別の裁量で魔族討伐を行っておりました。しかし、その成果は芳しくなく、我らの神も痺れを切らしておいでです。」
「……」
「聖戦の宣言が為された場合、全ての勇者にはアビスフェルドへ赴き、かの大魔王を打ち倒す義務が生じます。望むと望まざるとね」
使者は肩をすくめた。
「では、またお会いましょう。勇者殿」
使者の祭服に刺繍された、聖教会の紋章が鈍く光った様に見えた。
ミリアはそれをぼうっと見つめる。
頭の奥でノイズが激しくなっていた。考えに靄がかかる。
(……私は……何者?)
* * *
「おっさん、邪魔するよ」
ゼラは気軽に声かけて、魔王軍鍛治師ドランの工房を訪れた。
ゼラが、金属精製の手段を手に入れて以来、互いの職場を行き来するうちに、二人は交友を深めていた。
最初は"ドランさん"と、さん付けで呼んでいたのが、次第にくだけていき、今では"おっさん"呼ばわりであった。
ドランの方が年上ではあるが、ドランもそういったことを気にする性格ではなかった。
「おう。ゼラ、今日はどうした?」
「いや。ちょっと武器を見せて欲しくてさ」
「武器?お前さん、武器なんぞ使えねえだろう?」
「いや。まあ、そうなんだけどさ……」
ゼラは、硬質化させた触手を見せながら説明した。
「なるほどな。触手を金属の様にできるようになったんで、実際の武器を参考にしたいと。そういうことなら、待ってな」
ドランは工房の奥から、いろいろなタイプの武器を持ってきてくれた。
「これが、戦鎚、こっちが戦棍。どちらも打撃を与えるものだ。重さがあるんで取り回しは悪いが、技術はなくても筋力さえありゃ、大きなダメージを与えることができる。刃が通らねえ相手にも有効だ。んで、これが戦斧。刃が付いてるが、どちらかというとこれも重さと筋力で叩き切る武器だ。次が――」
「おっさん、悪いんだけど剣を見せてくれよ。よく切れるやつ」
嬉々として語りだすドランに、これは長くなりそうだとゼラが次を促す。
「ん?そうか?それじゃあこっちだな」
ドランは手に持っていた槍を戻して、一振りの剣をゼラに見せる。
「これは、最近の作品じゃ中々上手くできたやつだ。いい刀剣ってのはな。折れず、曲がらず、よく切れるってのが条件でな」
「ちょっと、触らせて」
ゼラがスライムの体全体で刃物を撫でまわす。 粘液のついた刀身を慌てて拭うドラン。
「よく切れる刃物の条件は?」
「そうだな。やっぱり素材の硬さと、刃の角度だな。だが角度が鋭すぎると、すぐに刃がなまく鈍らになっちまうから、バランスの問題でもあるけどな。刃筋を立てて使う必要があるから、使い手の技術を要求する武器でもあるな」
「ふーん。なるほどねえ……もっと凄えのないの?」
「いや。あるにはあるが……」
と背後を気にするドラン。
「なんだよ。ケチケチすんなよ」
言い淀むドランを押し除けて、ドランの背後に飾られた長柄の武器の前に立つ。
「グラズ様から、調整のために預かってる"月崩牙"だ。絶対に触るんじゃねえぞ?」
月崩牙は長柄の先に曲刀を取り付けた、長柄斧に似た武器であった。
魔王軍最強の戦士と名高いグラズ=ヴァルナの愛用武器である。
「なんだよ。おっさん、フリかよ」
ドランが止める間もなく、ゼラは先程と同じ様に月崩牙を撫で回す。
「ほうほう。なるほど。なるほど。良いもん見れたわ。おっさん、ありがとねー」
ゼラが軽い挨拶で、工房を去っていく。後には年液まみれの月崩牙が残された。
その日、ドランは泣きながら徹夜で月崩牙を磨いた。




