孤独な勝者
泰地が振り下ろしたナイフは、エネルギーの膜を突破した。
「馬鹿な……!」
静流は胸部を切りつけられ、血飛沫を散らした。彼はその場に崩れ落ち、震える両腕で上体を起こそうとする。しかし彼には、立ち上がるだけの力が残されていない。
「ククク……どうやら、ワタシもここまでのようだ……」
そう呟いた静流は、立ち上がることを諦めた。しかし己の死を目前にしても、彼はどこか楽しげに笑っている。その様を怪訝な顔で見下ろしつつ、泰地は問う。
「何故、笑っている?」
この状況を笑う者の気持ちが、殺戮に生きてきた男にはまるで理解できなかった。そんな彼の足首を掴み、科学に生きてきた男は語る。
「その力を、もっと知らしめるんだ。キミが絶対的な強者である限り、ワタシの繰り返してきた実験が大きなものをもたらしたことを証明できる。ワタシの科学は、素晴らしい……ものだった……」
例えその身が朽ちることになろうと、静流は科学者としての信念を捨てなかった。一方で、泰地がその姿に心を動かされる様子はない。彼は右手に持っていたナイフを投げ捨て、その場にしゃがみ込んだ。それから彼は右手に注射器を生み出し、静流の首筋に注射針を突き刺す。何やら彼は、ゼクスに血液を採取された時のことを覚えていたようだ。さっそく、泰地は静流の体から少量の血液を抜いた。それから彼は、なんの迷いもなく己の左肩に血液を注入した。彼の心臓の鼓動は加速し、その全身は火照り始める。満身創痍の状態で拒絶反応を起こした肉体は、今まさに命の危機にある。
「何を……している……朔上泰地……」
残された力を振り絞り、静流は訊ねた。無論、泰地の答えは決まっている。肩で息をしつつ、彼は己の思惑を語る。
「俺は絶対的な力を手に入れる。その力をもって、最強のゲームマスターを生み出すんだ。そうすれば俺は、再びプレイヤーとしてゲノマ・ゲームで遊べる。そうだろう?」
その悲鳴を上げている肉体とは裏腹に、彼は強気だった。その上、彼はゲームを支配するためではなく、別の支配者を生み出すことを目的としている。やはりこの男は、心から闘争や殺戮を愛しているのだろう。静流は少しだけ笑い、泰地の足首から手を離した。
「それはアークの目的とはかけ離れているが、ワタシにとっては悪くない話だ。ワタシのもたらした技術は、これからも……生き続けるというわけだ……」
そう言い残した彼は、静かに息を引き取った。一先ず、これでこの戦いの決着はついた。泰地は静流の亡骸を場外へと蹴飛ばし、迎えが来るのを待つ。アークの算段が強いゲノマのクローンを生み出していくというものであれば、幹部のうちの誰かが彼の元に赴くはずだ。しかし、泰地がどれほど待ち続けても、そこには何者も現れなかった。その状況に苛立ちを覚えた彼は、四方八方に光線を放つ。
「遅い……遅いぞ。いつになったら、俺を迎えに来るんだ! アーク!」
怒号が響き渡る遺跡で、数多の廃屋が次々と崩れ落ちていった。戦闘での負傷と血液への拒絶反応が合わさり、泰地は酷く疲弊している。そこで彼は時の鍵を生み出し、ポータルを開こうと試みた。無論、アクセス権を持たない彼には、時の鍵を使うことが出来ない。これまで自主的に忘却の遺跡に留まり続けてきた男は今、その遺跡を出ようと必死になっている。
「おかしい……話が違うじゃないか。俺は勝ったのに、何故……こんなにも虚しいんだ……?」
確かに、泰地は勝者だ。同時に、彼は紛れもなく強者である。しかし今となっては、そんな彼を称える者はいない。彼と手合わせする者もいない。無人の遺跡に取り残された泰地はステージを降り、数多の廃屋を破壊して回った。
瓦礫の山の上を練り歩く勝者の姿は、何よりも孤独なものだった。




