第七十三話 大賢者の研究
「おお! なるほど……いや、それってちょっと無理やり過ぎないか?」
自信満々な顔で自論を展開したアスタードに呆れた視線を送り、メルクは繕うことなく本心を言った。
チュリセ帝国の博士が提唱した理論は理解できる。
理論が提唱された当時は、まだそれほど浸透しておらずエステルトであった頃にしても良く分かっていなかった。が、生き物であれば誰しもが持っている魔力が自分を倒した相手に生命力として吸収されるというのは、これまでの経験で何となく感じ取ることができていた。
しかし、だ。
いきなり「魂」だの「彷徨って転生」だのと言われても到底腑に落ちない。神話や伝説ではないのだから、むしろアスタードに対して、「何言ってんだ、こいつ?」的な視線を向けてしまうのも無理からぬことだと思う。
「な、なんですか、その眼は?」
メルクの眼差しに気付いたのか、アスタードは抗議するように睨みつけてきた。
フードで顔を隠していた時は妙な不気味さがあって威圧感もあったが、若い女顔にしか見えない現状では何とも気の抜ける表情だ。
メルクは肩を竦めてその視線を流した。
「なーに。自信満々に穴だらけの推測を語ってくるから、さすがは大賢者様だと思ってな」
「ぐっ……まったく、最初に言ったでしょう? あくまでも僕の推論だと。確証もないし根拠もないと。けれどそれが一番可能性が高いのだと言うことは納得してください。生命力が増えたからこそ、長命種であるエルフに転生したと考えられるのです」
「……そんなもんかねぇ? まぁ、どんな理由があろうと俺がエルフの娘に転生した事実は変わらないんだ。もともと真相が判明することなんて期待しちゃいない」
アスタードが随分と推しているその説は、どう贔屓したってメルクにとって眉唾物でしかない。とはいえ、折角の再会なのだ。
あまり揶揄って本気でへそを曲げられてしまわれても困るので、メルクは適当なところで納めることにした。
「それより、お前はこんなところで何してるんだ? フォナン伯爵がどうとか言っていたが――変な事に首突っ込んでるんじゃないだろうな?」
「失礼な。僕はただ、とある方と共同でとある事に関して研究しているだけで、疚しいことなど何も……」
「その「とある」について中身を言ってくれ。それは、そこで忙しなく魔石を回収している『鬼人』と関係があるのか?」
表情は変わらないがメルクの視線から逃れるように顔を背けたアスタード。メルクは彼に近づき、その両頬に手を添えて無理やりこちらを向かせ問い詰める。
「……あの、その顔でそういうことするのやめません? 女の子に迫られているようで――」
「女みたいな顔して何言ってやがる。大体、聖女一筋のお前はどんな美女に迫られても顔色一つ変えなかっただろうが」
「そうなんですけど……まぁいいです。君なら信頼できますし」
アスタードは自分の頬に添えられていたメルクの手を外させると、小さく頷き話を始めた。
「先ほど『強者の理』について話しましたね? 人や魔物は倒した相手の魔力を生命力として吸収する――と。なら、他者を倒さずとも魔力を得る方法があれば容易に生命力を増大できると思いませんか?」
「――魔石か?」
「察しがいいですね。そうです、我々は魔石から生命力を吸収できるのではないかと考えたんです」
アスタードが頷くと同時、五階層の岩壁から魔石を採取していた一体の『鬼人』が、籠を背負って走って来た。
そして、二人の前で背負っていた籠を下す。中には採取されたばかりの無数の魔石が入っていた。
色も大きさも異なるそれはキラキラと光り、まるで宝石のような美しさだ。
「迷宮で生成される魔石には、魔力が籠められています。魔石の種類によって性質や秘められている魔力量は異なりますが、主に魔法使いが魔法の媒体として用いますね」
「ああ。もしくは装飾品としても重宝されているな。特殊な効果を持った魔石をアクセサリーとして身に着け、いざという時に使う。熟練の冒険者が良くやっていた」
「ええ、そうですね。今では通信用の魔石なども一部では実用化されていますし、その用途は多岐にわたるかと」
我が意を得たりとばかりに腕を組むアスタードに、メルクは首を傾げた。
「それで? 魔石から力を得る研究ってのは進んでいるのか? そもそも力を得てどうするんだ? 悪用するつもりじゃないだろうな?」
「エステルト。僕がそんなことをする人間に思えますか?」
「いや、お前の事だからそんな下らないことは考えていないと思うが――お前の共同研究者ってのが気になるな。信用できるのか?」
かつての仲間が良いように利用されていると言うのは愉快な話ではない。
大賢者と呼ばれる程度には研究熱心で、魔法や魔導に関して並々ならない熱意を持っているからこそ、アスタードが他者に使われている可能性は十分にある――メルクはそう考えたのだ……彼はちょっと抜けている部分もあることだし。
しかしアスタードは、メルクのこの疑問を一笑に付した。
「ええ、信用できます。そもそも彼は、元々魔石から力を得るために研究をしてきたわけじゃない。災害が発生するその原因を究明しようとしていたところ、その可能性に思い至ったのです」
「災害の原因究明? なんの災害だ? どんな災害の研究をしてたら「魔石から生命力を増大できる」だなんて考えに至るんだ?」
「おや、分かりませんか?」
未だ話が見えないメルクに対し、勿体ぶるようにわざとらしい怪訝そうな表情を向けてくる。
優位に立てて嬉しいのか、あるいは先ほど揶揄ったことに対する意趣返しなのか、隠し切れないニヤニヤ顔が非常に鬱陶しい。
「分からねぇーよ」
投げやりに呟いたメルクに、アスタードは大袈裟に首を横に振る。鬱陶しい。
「やれやれ……いいですか? その災害は数世紀間隔にて発生し、時には国すら滅ぼすこともある。多くの犠牲を出し、最近では十数年前に起こりました――分かりませんか?」
「分からねぇーよって……それってあれか?」
「ええ、そうです。僕の共同研究者が研究していた災害とは――「『仇為す者』の出現」ですよ」
アスタードが笑みを潜めて言うそれは、たしかに災害と呼べる事象であった。




