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最強剣士のRe:スタート  作者: 津野瀬 文
第三章 化生の民
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第七十一話 英雄たちの憂鬱


「――痛い」


 古くから知る仲間からの突然の暴挙に、メルクは避けることすら思い浮かばずその拳をただ為す術もなく受け入れた。

 

 メルクの頬に直撃したアスタードの拳。あまりにもそれはお粗末なもので、比べれば喧嘩慣れしている子どもの方がよほど強い殴打を繰り出せるだろう。メルクは微塵も痛みを感じなかった。


 そのため、痛みから声を上げたのはアスタードの方だ。

 彼はよほど痛かったのかしゃがみ込み、右の拳を素早く左の掌で撫でている。大賢者と呼ばれる男にしては、あまりにも無様な姿だった。


 現在のメルクは身体中を硬化した魔力で覆っている。無論、顔面もだ。その箇所を生身の拳で殴るということは、鉄塊を拳で殴るのと同義だ。痛みを受けるのは当然と言える。

 これで仮にアスタードが鍛え抜かれた一撃を繰り出していようものなら、彼の拳もしくは手首の骨は砕けていただろう。衝突の威力が少なかったがゆえに、逆に救われた形となったのだ。


「……お前、馬鹿だろう?」


 とうとう右の拳に息を吹きかけ始めたアスタードを見やりながら、メルクは呆れて呟く。当然アスタードは反発するように、しゃがみ込んだまま上目遣いでこちらを睨みつけてきた。


「う、うるさいっ! な、何ですか君はっ。いっちょ前に魔力硬化だなんて小賢しい……大人しく僕に殴られてなさいっ!」

「常に障壁張ってるお前に小賢しいとか言われたくないんだがな……それで? そのへなちょこパンチは何のつもりだ?」

「けじめです。僕やイリエムの知らないところで勝手にくたばった馬鹿野郎への仕置きだと思って下さい」

「勝手にくたばったって……無茶言ってくれるなぁ」


 あんまりな言い草に、さすがにメルクとて脱力してしまう。こちらだって死にたくて死んだわけではないのだ。


「そりゃあな。俺だってできることなら死にたくなかったけどよ……あの時はそれ以上の方法はなかった。あの場じゃ俺か勇者の奴が命をすしか勝ち目はなかった」

「……ええ、フォルディアも同じようなことをのたまっていましたね。どちらかがおとりとなってその隙を突くほかなかったと――君たちが言うのであればそうなのでしょう」

「なら理解してくれよ」

「もちろん理解はしています。しかし、どうにも納得行かないんですよ。まるで君に救われてしまったようで。君一人を犠牲にしてしまったようで」


 憤懣ふんまんやるかたないと言った様子でゆっくりと立ち上がったアスタードは、メルクから視線を外したまま肩を怒らせている。

 素面の時は常に冷静を心掛けている彼らしくもなく、その姿は見るからに自身の気持ちを持て余しているようだった。やはり少なからず、エステルトであったメルクとの急な再会に戸惑っているのかもしれない。


 そんな以前の仲間の姿に複雑な想いを抱きながら、メルクは小さく一息吐いた。


「……はぁ。俺は別にお前らを「救ってやった」だの世界のために「犠牲になった」だのと、欠片も思っちゃいねぇーよ。適材適所だ。俺が囮になって勇者が仕掛けた方が勝率は上がる――単純にそう考えただけさ」

「相変わらず強がりがお上手なようで……君のそう言うところは、実際に死んでも治らないんですね」

「うっせぇよ」


 アスタードの皮肉に短く返してやれば、彼はそこでようやく小さく笑った。

 本当に微かに唇の端を吊り上げただけの笑みで、フードを目深まぶかに被っているだけあって非常に分かりづらい。

 けれどたしかにアスタードの笑う気配を感じ取ったメルクは、何だか少しだけほっとするような気持ちを抱くことができた。

 

 どこか懐かしいこのやりとりは、あのかけがえのない日々のそれとよく似ている気がした。


「さて、僕には君にたくさん聞きたいことがあるんですが、その前に君の質問に答えましょうか? 君にも聞きたいことがたくさんあるはずだ――何から聞きますか?」

「なかなか殊勝しゅしょうな心掛けだな。まぁ、たしかにお前には聞きたいことが山ほどあるが、さっきも言ったろう? 突き詰めてみればとにかく聞きたいことって言えば――『一陣の風(アベイレイン・フロー)』の解散理由だ。なぁ、何があった?」


 メルクの問い掛けにアスタードは一瞬鼻白んだような顔をした後、まるで彼女を嘲笑するかのように目を細める。


「何があった? そんなの簡単ですよ」


 そしてゆっくりとアスタードに右の人差し指を突き付けた。


「君が――剣聖エステルトが死んだ。我々のパーティー解散理由など明白です」

「……はぁ? だからそれは違うだろうっ。俺たちはそんなことでバラバラになるような――」

「なるようなパーティーだったんですよ。君を抜かした僕たち(・・・・)はね」


 少し疲れたような声を出した後、アスタードは迷宮の床に胡坐あぐらいて座った。実に堂々としたものだ。


 この五階層には元々『鬼人』はそれほど出現しない。現に今姿を確認できる『鬼人』は三、四体程度。そしてそのいずれもこちらに一切の興味を払う様子もなく、迷宮で生成される魔石の回収をしている。

 どうやらアスタードに使役されているようで、それなら彼がこうやって堂々と無防備に胡坐を掛けるのも頷けると言うものだ。


「君が先ほど言ったように、『一陣の風』は君が作った君のパーティーだ。君がフォルディアに声を掛け結成し、僕やイリエムを巻き込んで歴代最強と呼ばれるパーティーに成長させた。それは事実です」

「お、おう……」


 アスタードの真似をして床に胡坐をかこうとしたメルクは、唐突なその称賛ともつかない言葉に戸惑って、不自然な中腰の体勢で固まってしまう。答えにきゅうしてしまった。

 そんなメルクをじろりとにらみ上げて、アスタードは言葉を続ける。


「しかし、それが事実であるが故に僕らは疑問を抱いてしまいました。「『一陣の風』を作った君がいないのに、僕らがパーティーを組んでいる理由はなんだ?」そんな疑問をね」

「はぁ? それはおかしいだろう。創設者が死傷してパーティーを離脱するのは珍しくない。特に『一陣の風』はリーダーのいないパーティーだったんだ。俺が仕切ってたわけでもないのにどうしてそんな疑問を抱く?」


 メルクは訳が分からず乱暴に腰を落として胡坐を掻き首を傾げた。前世で冒険者として多くの冒険者パーティーと関わって来たが、アスタードのような疑問を抱いた者を見たことがない。少し飛躍しすぎているようにメルクには感じられた。


「……どうも、居心地がよくないんですよ」

「うん?」

「『仇為す者』討伐後、実際に三人で何度か依頼を受けて仕事をこなしてみたんです。もちろんどの依頼も問題なく成し遂げることができました。当時の『一陣の風』はそもそも個人の実力が段違いでしたから、何ならそれぞれ一人でだって依頼を達成できたでしょう」

「なら問題ないだろう?」

「……エステルト。なぜ君は『一陣の風』を結成したのですか?」

「え? あーそりゃあ、一人じゃきつい依頼でも、頼れる仲間がいればクリアできるとかそんな理由じゃないか? 一人で冒険者してても味気ないしな」


 アスタードの唐突な質問に面食らいながらそう答えれば、彼は我が意を得たりとばかりに頷いた。


「では仮に、一人でも大抵の依頼をクリアできる力があればどうでしょう? そこまでパーティーを組む必要性がありますか?」

「……いや、たしかに組む意味は半減するかもしれないが、元々組んでいたんならそれでいいだろう? わざわざ解散する必要もない」

「言ったでしょ? 居心地がよくないんですよ、君が抜けた『一陣の風』は」

「はぁ?」

「僕は元々、あまり人付きが合いが得意な方ではありません。この迷宮のように人のいない場所で静かに過ごしていたい人間です。それ故、フォルディアとはそれほど話す様な間柄ではありませんでした。無論、意識しすぎるあまり、イリエムとも会話は弾まなかった」

「いや、そんなことは……そんなことは――」


 アスタードの言葉に記憶を辿り、『一陣の風』の日常風景を思い出す。

 するとたしかに、アスタードがフォルディアと二人で事務的な会話以外の雑談をしている姿をほとんど見たことがなかった。イリエムとは言わずもがなである。

 いつも下らない話や他愛のない話をするときは、エステルトが彼らの間に入って取りなしていた。当時は意識していなかったが、結果的にはそう言う形になっていた。

 

 当時の自分は彼らより十近く歳が上だった。それが当然の事だと思っていたのだ。


「彼らは僕に気を遣って、よく君と二人きりにしてくれていました。特にお酒を呑んだ後などは、無意味に偵察に行ったり、席を外したりして僕が息抜きする機会を作ってくれていたんです」

「あいつらが? そんな気のく奴らかねぇ」


 どうにもフォルディアやイリエムの事を美化して語っているように思えるが、アスタードがそう思ったことは事実なのだろう。実際、メルクにしても何となく覚えがあるような気がする。

 そう言えば、いつも酔っぱらったアスタードの世話をしていたような……。


「イリエムも君が死んでからすっかり気落ちしてふさぎ込むようになっていました。彼女はもう少し早く目覚めていれば、君を救えたかもしれないと自分を責めているようでした」

「そんな――責任を感じるようなことじゃないだろ……」

「そしてフォルディアも、君を囮にして掴み取った勝利に納得してはいないようでした。暇さえあれば上の空で……多分、君のことを考えていたんだと思います」

「あの馬鹿……俺が納得してるって言うのに」


 メルクは自身と仲間たちの間にある考えの差に戸惑い、愕然がくぜんとしてしまう。


 そんなことで悩んだり塞ぎ込んだりするなどあまりにも彼ららしくないではないか。そしてそんならしくもないことをさせてしまったのは、他ならない自分自身だ――メルクは無性に落ち込んでしまった。


「……各々が実力をつけて組む必要性もなくなり、組んでいても楽しいと思えなくなってしまった。何より、三人で行動していれば嫌でも足りない一人を――つまり君を思い出してしまう。結局、それらが理由で『一陣の風』は解散に至りました。ご理解ください」


 うつむいて悲しみに打ちひしがれていたメルクは、アスタードの淡々としたその物言いが許せず睨み付けた。


「理解できるわけねぇーだろう? 『仇為す者』を倒したお前らが、『英雄』なんて呼ばれているお前らが、俺の死なんかで逃げてんじゃねーよ。俺たちは最高のパーティーだっただろうがっ!」

「エステルト……君は本当に自分の事がわかっちゃいませんね」

「あぁ?」


 怒鳴り、睨み付けたメルクに対し、アスタードは取り乱すでもなく口元に柔らかい笑みを浮かべた。

 フードで隠された顔の全体像は見えないが、それでも彼が慈愛の表情と呼べるものを浮かべているであろうことが察せられる。


「君は言った。フォルディアが僕らを引っ張りイリエムが支えてくれたと。そして僕が守っていたのだとそう言ってくれた」

「……ああ」

「それなら僕もこう言おう。君は自分を足手纏あしでまといだなんて言っていましたが、そうではありません。君は僕たちを繋いでいたんですよ。繋ぎ止めていたんです。それなら君が抜けた『一陣の風』は、バラバラになるのが道理だと思いませんか? 創設者で、僕らを巻き込んだ君が一抜けしたのなら、僕らが無理してパーティーを組み続ける必要もないとは思いませんか?」

「……」

「ええ、きっと。君がいた(・・・・)一陣の風(僕たち)』は最高のパーティーだった――」


 顔を上げ、薄く暗い闇が広がる迷宮の上部に目をやってアスタードはしみじみと呟く。


 メルクはアスタードの言葉に何も言えなかった。




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