第百十八話 槍鳥
メルクが一人で見張り番に立ち一時ほど経っただろうか?
焚き火の灯りを見つめ、エディンたちが立てる寝息の音に耳を澄ましていたメルクは、魔力探知に引っ掛かっていた反応が動き出したことに気付いた。
(……来たか)
どうやら相手は、メルク以外の者が完全に寝入ったと判断したらしい。夜の静寂を壊すことなく迅速にこちらへと迫り、十歩ほどの距離にある大木の影へと身を潜めたようだ。
(二……三……いや、魔力量は少ないがもう一人いるな。全部で四人か)
相手の存在に気付いている様子など億尾にも出さず、メルクは木の幹に凭れかかったまま魔力の反応を精査する。
そして近づいてきたことであらためて、相手が四人からなる集団であることを確信した。
「……『火矢』――」
(おっ? いきなりだな……撃ってきたか)
澄ませていたメルクの耳に、微かに魔法の詠唱が聞こえた。想定していたように警告などはない。相手はやはり、有無を言わさずこちらを仕留める腹積もりらしい。
魔力を燃料とした数本の火の矢が飛来し、隙だらけに見せかけていたメルクへと迫る。
「――『水壁』」
メルクは座ったままの姿勢で迫る火矢へと掌を翳し、そしてそこから分厚い水の壁を生み出して呆気なく防いだ。
エルフであり、優れた師匠に師事したメルクであれば、この程度のことは造作もない。
「――っ?」
万全を期した不意打ちが、まさかこれほどまで容易く受けられるとは思っていなかったのだろう。
襲撃者の間に戸惑いが生じたのをメルクは察した。
無論、百戦錬磨であるメルクが、その戸惑いを隙であると断じないわけがない。
「――ふっ」
座ったままの姿勢から、そのまま地を蹴って大跳躍。
木の棒を腰元から抜きはらいつつ、一息に十歩ほど離れていた大木へと迫る。
「くっ――気付かれていたかっ!」
木の棒を振り上げ襲い来るメルクに、大木から身を晒していた魔法使いらしき男が目を剥いた。この男こそ、先ほど不躾にも唐突に火矢を放ってきた下手人だろう。
メルクは話を聞き出すため殺さないように加減しつつ、男の頭頂部へ木の棒を叩きつけた。
「が、ぐふっ」
「この――小娘っ!」
一撃で昏倒した男を追撃から庇うように、大木を飛び出して黒装束の剣士が左側から斬り掛かってくる。メルクは魔法使いへと得物を振り下ろしたままの体勢で、木の棒では対処できない絶好のタイミングであった。
(『魔力強化』で受けるか――いや……)
『魔力強化』をした腕で相手の剣を受け止めようと考えたが、すぐにその刀身も強化されていることに気付き考えを改める。
考えにくいが、もしやすると相手の強化がこちらを上回る可能性もあるからだ。
(なら――)
メルクは両手で握っていた木の棒から左手だけを離すと、相手が剣の柄を握る指へ裏拳を無造作に叩きつけた。
「つああぁぁっ?」
相手が『魔力強化』を施していたのは刀身だけだ。つまり生身の指にメルクの強化した拳が直撃したのである――悶絶しないわけがない。
剣こそ手放さなかったものの男の斬撃は逸れ、メルクはその剣を掻い潜り距離を取る。
「はっ! 『雷矢』」
そうして間髪置かずに翳した掌から雷の矢を生み出すと、流れるような動きで男へと射出。
咄嗟のことで身動きの取れなかった男の胸へと吸い込まれ、剣士は白目を剥いて膝から崩れ落ちた。
「さて……残るは――」
「ま、待てっ。待ってくれっ!」
あっと言う間に二人を片付けメルクが大木へと向き直れば、気の毒なくらい顔を青くした無手の男が両手を高々と挙げていた。どうやら降参のポーズらしい。
「あ、あんたが強いことはよーくわかったっ! た、頼む、命だけは助けてくれっ」
「……よく言えたもんだな? そっちからこちらの命を狙って来たくせに」
男の呆れた主張を、メルクは冷徹な目を向けバッサリと切り捨てた。
相手の正体が何者かは知らないが、他人の命を狙うからには、命を奪われる覚悟はするべきである。今さら命乞いなど醜いにもほどがあった。
「ち、違うっ! お、俺たちは別にあんたたちの命なんてっ! 俺たちは少し、あんたたちの荷物の中身を分けてもらおうと思っただけで……」
「ほう? その割に魔法使いの男が浴びせてきた『火矢』は、こちらを殺す気満々のように感じられたが? 今さら単なる夜盗を騙るつもりか?」
「あ、あれはちょっと威力を間違えただけで。そ、そう。あいつはまだ半人前の魔法使いで……た、頼む。今回だけは見逃してくれっ!」
必死で言い募る男に、メルクは憐れんだ眼を向けてやった。
「はぁ。それで? お前がこちらの気を惹いている間に私の背後へと回り込んだお仲間は、一体何をするつもりなんだ?」
「――なっ」
メルクは事前に、こちらを狙う魔力の反応が四つあったことを確認済みだ。そして現在も魔力探知は行われており、命乞いをする三人目の男の他に、メルクの背後へとこっそり回った小さな魔力の反応にも気づいていた。
「……くそっ! やっちまえっ!」
『グギャアっ!』
やけくそになったような男の声を合図に奇怪な鳴き声が響き、メルクの背後にあった気配が一瞬で接近してくる。
メルクは素早く木の棒に一段と強い『魔力強化』を施し、振り向きざまに一閃――たしかな手応えと共に少量の血が宙に舞う。
『ガ……ァ』
メルクに襲い掛かろうとしていた鷹ほどの大きさの鳥が地面へと容赦なく打ち付けられ、二、三度ピクピク痙攣した後、二度と動かなくなってしまった。
「……こいつは『槍鳥』か。随分と珍しい魔物だな」
メルクが打ち倒したのは、『槍鳥』と言う名の鳥型の魔物だ。冒険者ギルドが定める危険度レベルは『黄緑級』に位置し、それなりに危険な魔物として知られていた。
『眠蛇』などと同様それほど魔力は保有していないが、何と言ってもその素早さと名前の由来にもなっている槍を思わせる一撃が厄介な魔物である。
鋭い嘴を軸に回転しながら敵へと迫り、その攻撃の威力は鋼鉄すらも穿つ貫通性を有しているのだ。襲われれば鉄製鎧の騎士さえ風穴を開けられるが、幸いなことに絶対数が少なく、滅多に遭遇する魔物ではなかった。
どうやらこの男は、その貴重な『槍鳥』を使役していたようだ。
(魔力探知で四人いると思ったが……どうやら三人と一羽だったようだな)
メルクが内心で自身の勘違いを苦笑しつつ男へと向き直れば、相手は何やら信じられないモノを見るかのような眼をメルクへと向けていた。。
「う、嘘だろう。特攻体勢に入った『槍鳥』を一撃で……それも振り向きざまに仕留めやがった……ば、化け物め、化け物だ……」
「化け物? それは心外だ。自分の身を守っただけなんだが……まぁいい。それよりお前たちが何者か、さっさと吐いた方が身のためだぞ?」
木の棒を突き付けたメルクに、男は一瞬だけ悟ったような表情になり、しかしすぐにニヤリと得体の知れない笑みを浮かべて見せた。




