第百十七話 ボーイズ(?)・トーク
スウェイミルの言うように、野営の準備を終わらせる頃には雑木林に闇が漂い、近くに立つ者の顔すら朧気になってしまった。
「ふぅ。しかし、あんさんらが火の魔法を使える冒険者らで助かったわい」
簡単な食事を済ませた後、焚き火を囲みながらスウェイミルが改めて安堵したようにそう言った。
魔法使いにとって火を熾すための魔法など初歩中の初歩だが、やはりメルクの見立て通り、スウェイミルは魔力操作が得意ではないのだろう。
エディンも眠たそうに眼を擦りつつ、スウェイミルに同意するように頷く。
「本当です。やっぱり皆さん色々な経験をされていて、いろんな技能があるんですね。特にメルクさんなんてまだ若い娘なのに、僕なんかよりもずっと大人びている」
「ふふっ……そうか?」
まさか精神的にはエディンよりも年上と言うわけにもいかず、しかし彼があまりにも真面目くさって言うものだから吹き出してしまった。真実を知れば、いったいどんな反応を見せてくれるだろうか。
「うん。たぶんフォルさんと同い年くらい……二十、いや十八くらいでしょ?」
「ぐっ……あっはっはっは!」
無邪気な顔で問いかけられ、とうとう我慢できずにメルクは吹き出してしまった。事情を知らない者からしてみれば呆気にとられるしかないが、なにせエディンの推定した年齢は二つの意味で的外れなのである。
精神的にも、肉体的にも。
考えてみればこんなにもおかしなこと、笑わずにはいられなかった。
「ひ、ひぃ……だってよ、フォルっ! お前、二十くらいだとっ」
「あんただって十八くらいだと。詐欺だろ……てか、本当の歳はいくつだったっけ?」
もちろんここでフォルディアが聞きたいのは、エステルトとしての年齢ではなくメルクとして転生後の年齢だろう。
再会時に一度は言ったつもりだったが、その時は衝撃が強すぎて忘れたか聞き流してしまったのだろう。メルクは肩を竦めつつも、改めて言ってやることにした。
「今年で十四だ」
「へぇ、十四――へっ?」
「十四? はぁ……冗談じゃろう?」
「……まぁ、計算的にはそうなるか」
フォルディアは、エステルトが死んだ時期的にもある程度想定していたのかあまり驚いてはいない。
だがエディンとスウェイミルはよほど意外だったのか、驚愕を露にして悠然と座るメルクを下から上へと何度も眺めている。
夜目が利くメルクと違い、焚き火の灯りだけではどのみちよく見えはしないだろうが、それでもそうせずにはいられなかったのだろう。
「そんなに意外か?」
「あ、当り前じゃっ。十四と言えば、冒険者試験が受けられるぎりぎりの歳じゃろう? とても成人したばかりとは思えんっ」
「え、ええ。年下とは思っていたけれど、まさかそんなにずっと年下だったなんて。私の娘とそう変わらないなぁ……」
驚きから立ち直ると、今度は関心しきりとばかりにしみじみとした目になる二人。特にスウェイミルなど「儂は十四歳の娘に欲情しとったんか……」などと自省するように項垂れている。さすがに彼としても、十四は幼すぎると考えたようだ。
そんな彼らに、フォルディアが苦笑しながら片手を上げた。
「一応言っておくが、俺も十四だなんて馬鹿なことは言わないから安心してくれ」
「え? ああ、もちろんです。フォルさんとメルクさんは、どのくらい年が離れているんですか?」
「あ……そうだなぁ。まぁ、こいつとは――実年齢的に十歳ほど離れているか」
「ああ、やはりそのくらいですか。フォルさんへの見立ては間違いではなかったようで安心しました」
「ははっ」
笑みを浮かべるエディンに、フォルディアもわざとらしい笑い声を上げ、そんな彼にメルクは冷やかな視線を送った。
(こいつ、上手く誤魔化したな)
フォルディアの言葉に嘘はない。たしかに実年齢的には十歳ほど離れているのだから。ただし実態は、メルク――いやエステルトの方が十歳ほど年上で、フォルディアの方が年下なのである。
まぁ、それは言わぬが花であろう。
「あれ? でもそうなると……メルクさんとフォルさんって付き合っているんじゃ?」
「これこれ。男女の付き合いにその程度の歳の差など関係あるまい。のう、お二人さん?」
歳の差を知って不思議そうに首を傾げたエディンに、何故か訳知り顔でスウェイミルが窘めの言葉を口にする。そしてこちらに同意を求めて来るが、メルクはフォルディアと顔を見合わせて苦笑するしかない。
「あー悪い。最初に言っておくべきだったな。別に俺とメルクはそういう関係じゃない。昔から気の合う仲間で頼りになるが、俺がこいつをそういった対象にすることは一生ない。これは断言できる」
「ははっ。フォルに同意だ。私もこの男を恋愛対象にすることはないな。うん。間違いない」
「はえ? そ、そうなんですか?」
「な、なんとっ。ふーむ、お似合いなんじゃが……やはり歳の差かのう?」
二人の答えを聞いて、エディンとスウェイミルは納得できなさそうな顔になるが、こればかりは説明のしようがない。自分でも種類の判然としない曖昧な笑みでやり過ごすのみだった。
それから話が弾みつつも一段落付いた時、スウェイミルが軽く手を叩いた。
「ふむ。それでは随分と暗くなったことだし、そろそろ休むとするかのう。では見張りに立つ順番は、先ほども言ったようにメルク嬢が最初で次が儂。最後にフォル殿で構わんな?」
「ああ」
「よし、じゃあ寝るとするか。メルク、大丈夫だろうが油断するなよ」
「わかっているさ」
フォルディアの注意に軽く頷き、少し火の傍から離れた三人を見送る。メルク自身は夜目が利くが、そうではないスウェイミルやエディンのために火は点けておくつもりであった。多少眩しいかもしれないが、火があれば有事の際はすぐに動けるだろう。
どのみち火が点いていてもいなくても、魔物たちにはこちらの存在は気取られている。襲ってくる気であれば、焚き火のあるなしに拘らず襲って来るだろう。気にしたところで無駄だ。
(問題は、こちらを窺っている奴らか……)
雑木林の大部分をカバーできるメルクの魔力探知によって、こちらの後を密かに着いてきている存在の居場所は把握できていた。
それも相手が一人ではなく、複数人いることも看破できている。
(まだ動きは無さそうだが、おそらく狙うとすれば俺が見張りに立っている時だろう)
思うところがないではないが、今のメルクの姿とスウェイミルやフォルディアの姿を比すれば、誰が一番与し易いかなど聞くまでもない。
夜がもう少し深まり、見張りに立つメルク以外の者が寝静まった時に必ず相手は動くはずだ。
(まぁ、来てみろ。俺を侮ったこと、後悔させてやる)
メルクは胡坐を掻いたまま木の幹に凭れかかり、不敵な笑みを浮かべて見せた。




