第百七十六話 パンがなくても……
特別初等部の子どもたちに引き続き、ミーアは生徒会室に顔を出した。
そこには、レアとリオネルに加え、ミーアの一番弟子、オウラニアの姿があった。
「あー、ミーア師匠―。おかえりなさーい」
ミーアを見て、パッと顔を明るくしたオウラニアが走ってくる。
「いかがでしたかー? サンクランドは」
「ふふふ、そうですわね。なかなか楽しい出会いがございましたわ」
笑みを浮かべつつ、みなに、手短にオリエンス大公家での出来事を話す。
「なるほどー。そのロタリアさんとイスカーシャさんが、ミーア師匠の新しい弟子になったと……」
腕組みしつつ、むむむっと眉根を寄せるオウラニア。
「これはー、きちんと、妹弟子としてしつけないと……」
などと言うオウラニアに、ミーアは思わず……。
「いや、弟子にはなっておりませんけど……」
というか、そもそも弟子なんかとっておりませんけど! っと心の中でつぶやきつつ、小さくため息。それから表情を改めて、
「しかし、サンクランドの展示は、なかなか見どころがありそうでしたわ。サンクランド式温室、なるほど、あれで寒波を乗り切ったのか、と納得いたしましたわ。これは、海産物研究所の発表も負けていられませんわよ?」
そう言って、横目にチラリと見れば、オウラニアは、ふっふっふー、っと笑みを浮かべて。
「もちろん、妹弟子には負けませんよー。実は養殖に使えそうなお魚を見つけたんですー。流星紅魚というんですけどー」
「まぁ、もう目星をつけましたの?」
驚きの声を上げるミーアに、オウラニアが得意げに胸を張る。
「はいー。実はー、最初から心当たりがあったのでー」
指を振り振り得意げに、オウラニアが説明する。
「流星紅魚は、基本的にはガレリア海に生息するお魚なんですけどー、産卵は川でするので、どっちでも生きられるお魚なんですよー。だから、池でも生きられるんじゃないかなーって」
「なるほど。闇雲に探すのではなく、生態から当たりを付けたということですか。それは、良い着眼点ですね」
そう評したのは、話を聞いていたリオネルだった。腕組みしつつ、賢そうな顔でうんうん、と頷いている。
「そういうことよー。それに、それだけじゃなくってー、ヴァイサリアン族の一部がやってる貝を育てる技術も研究対象に入ってきてー、そっちも発表まで持っていけるかなって思ってるのー」
「貝を育てる……? ははぁ、なるほど、家畜のように育てて食べようという試みですわね。貝なんかは、魚より捕まえやすそうですし良いのではないかしら?」
食べられるもののレパートリーが増えるのは大歓迎のミーアである。貝は食感もキノコっぽいし、嬉しい報せと言えるだろう。
「ガヌドス港湾国では知られていない技術だったからー、助かってしまいましたー」
「ふーむ、港湾都市であるガヌドスでも知られていないことがあるのですわね。そう考えると、やはり、知識の集約が大切という気がいたしますわね」
貝の養殖しかり、淡水での魚の養殖しかり、飢饉対策になると知らなければ、積極的に調べようとはしなかっただろう。
深海の奇怪な魚やポヤァ、ヘンテコな形状のキノコなんかもそうだ。知らなければ、食べようだなんて思わないわけで……。
――いずれにせよ、これで、パンがなければお魚を食べればよい、と言えそうですわね!
かつて、無知ゆえに呆れられた言葉を、堂々と言える日が来るかもしれない。
パンがなければケーキを! とは言えずとも、魚の干物や貝を食べればよいとは言えるかもしれない。それもダメならキノコや山菜だ。一つの物に頼ることなく、多様な食べ物の知識を持っておく。
食堂のメニューを多様かつ豊富にしたいミーアである。いざという時に備えて!
……決して、毎日、いろいろな美味しい物を食べたいからそんなことを言っているのではないのだ…………本当だ……まぁ、でも、どっちでもいいか。
「失礼いたします。あ、ミーアさま、こちらにいらっしゃいましたか」
「あら、クロエ。お久しぶりですわね。お父さまはお元気ですの?」
さらに、クロエが加わる。ペルージャンの様子やセントバレーヌの商人組合の様子も確認。いずれも、パライナ祭に向けて準備が進んでいるらしい。
「最初は非協力的だった国も、ティアムーン、サンクランド、ヴェールガやガヌドスの様子を聞いて、少しずつ展示物に力を入れるようになってきているみたいですよ。パライナ祭の直後に世界会議を開くのも効果があったみたいですね。パライナ祭に非協力だったら、肩身が狭くなると考えたのかもしれません」
クロエは嬉しそうに顔をほころばせる。
「それに『貧しい王子と黄金の竜』の読み聞かせの効果もあってか、パライナ祭に向けて、少しずつ雰囲気が明るくなっているみたいですね。商売も、好況が続いていると聞いています」
「ああ、例の……。読み聞かせは一度聞いてみたいですわね。それもパライナ祭で実演していただくのがよろしいのではないかしら」
そうして、なんだかんだで、祭りの準備は進んでいくのであった。
さて、もろもろを終えて部屋に戻ってきたところで、ミーアは、ふーっとため息を吐いた。
「晩餐まではまだ少し時間があるかしら……。少々、ベッドで……」
などと、もごもご言い訳めいたことをつぶやきつつ、ベッドに横になる。
「ううむ、パライナ祭の準備はおおむね問題なさそうですけど……しかし、さすがに、荒嵐をホースダンスにというのは、少し無茶が過ぎるかしら……?」
振り返ると、どうも、お祭りの楽しい雰囲気に乗せられてしまった感じがしないではなかったが……。
「まぁ、セントノエルを卒業してしまえば荒嵐ともお別れですし……。記念としては良いかもしれませんわね」
っと、その時だった。
再び、ノックの音が響いた。
「あら……? 誰かしら?」
っと、応対に出たアンヌの背中を見つめていると、
「ミーア姫殿下に折り入ってご相談があります、ですの」
おずおずと、部屋に入ってきた小驪は、開口一番に言った。
「あら、小驪さん……。お一人ですのね。相談事……これは、ふむ!」
恋愛事の香りに……俄かにミーアのピンク色の脳細胞が活性化するのであった。




