第百七十一話 ……とミーア → ミーアと!
その言葉を受け、ナホルシアは静かな視線をミーアに向けた。
しばし、見つめた後……、苦笑いを浮かべ、
「なるほど……。あくまでも、ご自分は裏方に徹すると……。名誉を求めることも求めず、表にはクラリッサ姫殿下が立つべきだ、と……そういうことですか?」
ミーアの、さて、なんのことを言っているのかわかりませんわぁ! というような、白々しくもとぼけた顔を見て、ナホルシアは肩をすくめた。
それから、改めてクラリッサのほうに目を向ける。
「なるほど、確かにレムノ王国の女学校については、クラリッサ王女殿下の口から直接聞かせていただく必要があるでしょう。キノコ狩りの時に大体はお聞きしましたが、改めて……。先ほどの質問にお答えいただけるでしょうか?」
クラリッサは、そっと背筋を伸ばして、静かに口を開いた。
「私自身は、そこまで考えていたわけではないのです。ただ、心ということを言うのであれば……まず変えなければいけないものが心だと思っています」
そう言って、クラリッサはそっと水を一口。口の中を湿らせる。
ちなみに……ただの水である。こっそり糖分をとったりはしない。ミーアとは違い、ストイックなクラリッサである。
「裏を返せば、仮に境遇を改善し、良い環境を与えたとしても、それでは意味がないのではないか、とも思っているのです。ただ与えられるのでは変わりはしない。レムノ王国の女性たちは、自分たちで立ち上がらなければならない。自分たちで、今ある環境は不当であると判断し、そのことに声を上げなければならない。あるいは、声を上げないことを、選ばなければならないと思うのです」
現状を変えようとするのも、維持しようとするのも自由だ。
けれど、それを自分で選び取れるように状況を整えなければならないし、そうせよと教える必要があるだろう。
「ミーア姫殿下のように、聖女ラフィーナさまのように、このオリエンス家の方々のように……自分たちで選び、自分たちで行動し、自分たちで責任を負う。人として、当たり前のことを当たり前にできるようにしたい……そのように考えて、女性向けの教育機関を作りたい、と思っています。ミーア姫殿下と共に……」
そうして、クラリッサはミーアのほうに視線を向けた。
自分の名前が出たからだろうか……ミーアは、んっ? という顔をしていたが……概ね同意してもらえたからだろう、特に反論はなかった。
「なるほど……そうですか」
ナホルシアは頷くと、今度は娘であるロタリアのほうに視線を向けた。
それに合わせて、サッと緊張に顔を強張らせるのはロタリア…………の隣に座っていたイスカーシャだった。
固唾を飲んで妹の答えを待つイスカーシャ。一方のロタリアはわずかにその問いの意味を考えるように黙ってから……。
「私は……ミーア姫殿下とクラリッサ姫殿下のお言葉に深く共感し、同意します」
胸に当てた手をキュッと握りしめて、話し出す。
「私は……ずっと自分の人生の使い方に迷っていたのかもしれません。何をしていても、何を学んでも、カーシャには届かない。弓術も、乗馬も、勉強も……私が勝てるものなんか、一つもなかった」
「ロタリア、そんなこと……」
立ち上がりかけたイスカーシャに、ロタリアは首を振ってみせた。
「いいの、カーシャ。これは本当のことだから。私自身よくわかってるし、今さら、それで傷ついたりはしない。でも……じゃあ、すべて劣っている私は、このオリエンス家でなにをすべきだろうって、ずっと考えていた。けれど、ミーア姫殿下の、そして、クラリッサ姫殿下のお言葉で、それが見つけられたような気がしています」
それから、ロタリアは真っ直ぐにミーアのほう、次にクラリッサのほうに目をやって……。
「学んだことをすべて実践しなければならないわけじゃない。私より上手くできる人がやればいい。だけど、その人はまだ、それを知らないかもしれない……」
そっと瞳を閉じて、ロタリアは言う。
「レムノ王国のご令嬢たちは、まだ自分が何ができるかを知らずにいる。どんな才能を持っているのか知らずにいる。それは……すごいことだと思います。レムノ王国の未来を変える可能性が……いいえ、たぶん、この世界にとっても、多くの可能性が眠っているかもしれない」
深く、長く……覚悟を決めるように息を吸って、吐いてから……ロタリアは真っ直ぐに母を、オリエンス女大公ナホルシアを見つめて言った。
「オリエンス女大公……お母さま……、私は、帝国の叡智ミーア姫殿下に、そして、レムノ王国第二王女クラリッサ姫殿下のお考えに賛同し、レムノ王国の女学校構想に協力したく思います。もしも、私に講師としての働きが期待されているのでしたら、それに応えたいと思います」
娘の言葉を受けナホルシアはすっと背筋を伸ばし……それからミーアとクラリッサのほうを見つめる。
「ミーア姫殿下、クラリッサ姫殿下……。我が娘、ロタリアのことをよろしくお願いいたします。至らぬ点が多々ございますことは平にご容赦を……。その代わり……」
力強い笑みを浮かべて……。
「我がオリエンス大公家も全面的に支援することを、ここにお約束いたしましょう」
かくて、レムノ王国第二王女クラリッサによる、女学校構想は進んでいく。
聖女ラフィーナの支持を受け、大国にして正義の国、サンクランド王国の最大門閥オリエンス大公家を味方につけた。なにより大きいのは、ティアムーン帝国の皇女にして、大陸全土の恩人とも言える帝国の叡智ミーア・ルーナ・ティアムーンが後ろ盾としていることであった。
生み出された動きは力強く、しっかりと芯の通ったものになりつつあった。
それは、一つの流れ。
そう簡単には止められない……強力な流れ。
滝に落ちる寸前にも似た極めて強い流れ……。
そして、そこにぷかぷかぁっと浮かぶは、我らの海月ミーアは……。
――あ、あら……? 妙ですわね。やっぱり、聞いているとわたくしが、メインで関わることになっているような……。というか、むしろ、先頭に立たされているような感じがしないでもないですけど気のせいかしら……うん、気のせいですわね。うんうん。
そう、自分を納得させるミーアなのであった。




