第百七話 ミーア姫、絞る必要を覚える
「失礼いたします……」
お湯に浸かり、浴槽のふちに腰かけて涼み、再びお湯に浸かることしばし……。
ティオーナとリオラがやってきた。ささっと手早く頭と体を洗い、浴槽にやってくる。
「ありがとう、アンヌ。お呼び立てしてしまい、申し訳ありませんでしたわ、ティオーナさん、リオラさん」
アンヌを労った後、二人に話しかける。っと、ティオーナはかしこまった表情で首を振った。
「いえ、お気になさらないでください。それより、ご用はなんでしょうか? もしかして、例の弓術披露会の件でしょうか?」
「うん……? ああ、そうでしたわね。そちらもお話ししておかないといけませんわね」
完全に忘れていたが、そちらも考えておかねばならないだろう。
――確かに、唐突に提案された弓術披露会は気になるところですわね……。なぜ、あのようなことを言い出したのかしら? まさか、単純に弓の腕前を自慢したかったわけでもあるまいし。かといって、弓の腕の良し悪しで王妃を決める、なんて単純なことを考えてるはずもなし。
……などと思うのは、キノコ狩り&料理対決で雌雄を決してしまうのはいかがかしら? と考えていた帝国の叡智ミーアである。
――いや、そもそも、ナホルシアさまは、シオンとティオーナさんの関係をご存じないはず。であれば、弓術で雌雄を決するなんてことにもならないはずですわ。
そうなると、気になるのはナホルシアの思惑だった。あれは、いったい、なんのための提案だったのか……。
腕組みしつつ考えるも、容易には答えが出なさそうだった。
ということで、話を変えることにする。
弓の扱いなら負けません! っとキリリッとした顔をしているティオーナに、ミーアはニッコリ話しかける。
「ところで、ティオーナさん、わたくしが気になっているのは、むしろ、あなたとシオンのことなのですけど……」
「…………はぇ?」
なにか、普通のご令嬢が出さないような、いや、でも、帝国の姫殿下などは、むしろよく出していたような……そんなヘンテコな声を上げて、ティオーナが固まる。
「以前、謝りたいことがあると言っておられましたわね? それは解決したみたいですわね」
「どっ、どど、どうして、そのことを?」
目をグルグルさせているティオーナに、ミーアはあくまでも穏やかに言う。
「それはとても簡単なことですわ。お二人の様子が変わっておりましたし。遠目でもわかるぐらいに親密になったというか、なんというか……」
「え、あ、そ、そんなことっ! ……その、そんなに、わかるもの、でしょうか……?」
「それはもう!」
脇で聞いていたのだろう。ベルがグッと拳を握りしめて参戦してくる!
「はっきりわかります。ティオーナ大おば……ティオーナさんは、すごく顔に出やすい方ですから」
「なっ!」
驚愕に固まるティオーナ。そこに、ぐいぐい、ベルが迫る!
「それで、なにがあったんですか? シオン王子となにかあったんですよね?」
あの夜のことを知らない体でぐいぐい、ぐいぐい、突撃していくベル。そんな冒険姫を止める者はいない。親友であるシュトリナは、自分のこと以外の恋バナでお友だちと盛り上がれるのが嬉しいのか、ニッコニコしている。
唯一リンシャだけが同情の視線を向けているが、こちらもやっぱり止める様子はなさそうだった。彼女とて、年頃の娘だ。大国の王子殿下の恋バナが、気にならないはずがない!
さらに、どうやらリオラも詳しいことは聞いていなかったらしく、ワクワクした顔でティオーナを見つめている。助けは、どこにもない!
「あの、ミーアさま……せっかくですし、どうでしょう? あの蒸し風呂でお話を聞かれるというのは……」
その時だった。ミーアのそばに、すすーっと寄ってきたアンヌが、そんなことを言い出した。
「ティオーナさまも、お話に心の準備がいるかもしれませんし……」
「ふむ、なるほど……。それは確かにそうかもしれませんわね」
「実は先ほど、小耳に挟んだのですが、蒸し風呂は健康に良いらしく、体を絞ることにも使えるとか……」
「ほほう!」
ミーアは己が二の腕をFNYFNYし、お腹を軽くさすってみて……。絞る必要があることを確認! 今まで目を逸らしていたことだが、どうやら少し……そう、ほんの少しだけ食べ過ぎていたみたいだ!
「では、そのようにいたしましょうか。準備をお願いいたしますわ」
「はい、かしこまりました!」
ミーアの答えを予想していたのか、アンヌはきびきびと出て行き……直後、オリエンス家のメイドが二人やってきた。
ほほう、なかなかに手早い……っとミーアが感心していると……。
「なるほど……もしかすると、あのメイドたち、聞き耳を立てていたのかもしれませんね」
シュトリナがこっそりと耳打ちしてくる。
「さすがは、ミーアさまの忠臣のアンヌさんですね」
感心した様子で言うシュトリナに、ミーアは、おほほっと笑った。
「ええ。アンヌは実に、気が利く腹心ですわ」
なんて答えつつ、
――あ、危ないところでしたわね。迂闊なことを話していたら、聞かれるところでしたわ!
「蒸し風呂のほうが、より秘密の会話をするには適していると思います。念のために、先に入って確認します」
蛇仕込みの諜報テクニックを披露するシュトリナに心強いものを感じつつ、ミーアは蒸し風呂のほうに目を向けた。
やがて……。
「準備ができました。どうぞ、蒸し風呂をお使いください」
メイドが出て行くのを確認したうえで、シュトリナがシュシュっと素早く蒸し風呂を確認。問題なさそうとの報告を受けて、ミーアは、蒸し風呂に突入した!




