第十九話 プレゼンミーア
「このような状況だからこそ……ですか」
ユバータ司教は、なにかを考えるように黙り込み、それから、目の前のお皿に手を伸ばした。手に取ったのは、先ほどの、できの悪いパンだ。
「寒さに強い小麦か。なるほど。調理方法でずいぶんと味が変わるものですね」
「ええ、上手く処理すればこんなにも美味しくなりますのに、今までと同じやり方をしてしまうと、あまり美味しくないパンになってしまう。これは不幸なことですわ。ですから、寒さに強い小麦の存在と、それに適した調理法を各国に知っていただくために、情報共有の場としてパライナ祭が用いられればいいと思っておりますの」
そこで、ミーアは一応、付け足しておく。
「無論、味をどうこう言うのは贅沢なことと思われるかもしれませんけれど……」
「そんなことはないでしょう。ちょっとした調理の違いで、味が良くなるのなら、それに越したことはない。“不味い”小麦ならば、あまり作りたがらないでしょうが、単に“味が違う”小麦ならば、寒さに強いという特性と合わせて、作りたがる国は増えるはず。再び、今年のような天候不順の年がやって来た時のために、この小麦を普及させることには意味がある」
ユバータ司教は、団子をフォークで突きながら、小さく笑みを浮かべた。
「子どもたちも、そのほうが幸せでしょう。食事は楽しみの一つ。ならば、できるだけ美味しい物をあげたいと思うのは、大人として当然のこと。それが人々の幸福に繋がるというのなら、する意義は十分にあるでしょう」
意外なほどあっさりと認められて、ミーアは意表を突かれる。
「ええ、まぁ……その、わかっていただけたなら、幸いですわ。ええと、それともう一つ、パライナ祭について提案したいことがございますの」
「ほう、伺いましょう」
眼鏡を押し上げて、ユバータ司教は、ミーアのほうに目を向ける。そこには、好奇心の光が輝いていた。
そんな純粋な興味の視線を向けられ、ミーアは、ちょっぴりたじろいだ。
――どうも、話が違う感じがしますわ。てっきりもっと敵対的な方だとばかり……。
「どうかなさいましたか? ミーア姫殿下」
不審そうな顔をするユバータ司教に、小さく首を振ってから、ミーアは続ける。
「いいえ……。実は、この寒さに強い小麦は、帝国内では蔑まれた辺土貴族、ルドルフォン辺土伯家のセロという少年が発見したんですの。我がミーア学園で教育を受けた彼が、その教師と共に発見した小麦を改良したものが、このミーア二号小麦なのですわ」
「ほう……。それで?」
「裏を返せば、セロ・ルドルフォンが教育を施されなければ、この発見はなかった。彼の家は、あまり裕福ではございませんの。だから、セントノエルのような、知識の集まる素晴らしい学校に通わせることはできなかった。結果として、彼の才能は眠ったままだったかもしれない。寒さに強い小麦だって見つからなかったかもしれない。もしも、そうなっていたら……」
「恐ろしいことが起きていたでしょうな……。飢饉が起きて、餓死者が出ていたやもしれませんし、帝国も無事では済まなかったでしょう」
「ええ。すべてはセロくんのおかげですわ。ミーア学園にはほかにも、優秀な平民の子どもがおります。孤児院育ちの子も通っていて、力をつけてきている。その功績をもって、各国に、平民の子どもたちへの教育の大切さを説くつもりですわ」
それを聞き、ユバータの顔にも理解の色が広がる。
「なるほど。虐げられる子どもたちの中にも素晴らしい人材がいるから、教育を施すことの利を説く場としてパライナ祭で共有したいと?」
「そうですわ。それによって、貴族の民に対する態度を改めさせたいとも思っておりますわ」
「ああ、それは、実に素晴らしいお考えですね。未だに民を乱雑に扱う領主は少なくはない。民の人材としての可能性を見せることができれば、態度を変える者もあるでしょう。とても理に適ったお考えだ」
またしても、特に反発を受けるようなことはなかった。
ユバータ司教は、とてもすんなりと、ミーアの言葉を受け入れているようだった。いや、むしろ、その声には称賛の色さえある。
まぁ、それはそれで良いのだが……。
――違和感が拭えませんわね。この方は、味方と考えてよろしいのかしら?
レアから聞いた話によれば、ユバータ司教は、ヴェールガの保守派の重鎮だ。ルシーナ司教とも仲が良いと聞くし、仮にミーアの提案が良いものであったとしても、ヴェールガ公国の人間でないという一点で、ケチをつけて来るものとばかり思っていたが……。
そう思いますわよね……っと、ラフィーナのほうに視線を送ると……なぜだろう、ラフィーナは、こうなって、当然! みたいな顔をしていた。
自らのご自慢のお友だちの勇姿を披露できたからなのか、誇らしげな顔をしていた!
――ラフィーナさまの意見はアテにならなそうですわね……。レアさんは……。
っと見てみると、やっぱり、レアも納得顔をしていた! 私の師匠がまたやらかしてしまいましたか……などと、ちょっぴりドヤァな顔すらしていた。
ミーアは小さくため息。それから、改めて考える。
――このままユバータ司教を味方にできてしまえれば楽で良いのですけど……ここは油断禁物ですわ。祭りのテーマに感心したからといって、肝心の神聖図書館への入館許可を得られるとも限りませんし……。不測の事態に備えて、彼のひととなりを探っておくべきかしら……ふむ……。
っと、ミーアが考えごとをしている目の前で……。
「本当に素晴らしいお考えだと思います……。けれど」
っと、唐突にユバータ司教が難しい顔をする。
「パライナ祭の開催に賛成するには、懸念すべきことがございます」
「ほう、懸念すべきこと、ですの?」
ミーアは、紅茶のカップに静かに手を伸ばしつつ、ほぅら、来たぞ! と気を引き締めるのだった。