第二十話 どちらでも良いからこそ……
「それは、いったいなにかしら? ユバータ司教、私のお友だちのミーアさんのなさることに、なにか引っかかることでも?」
そう問うたのはラフィーナだった。
微妙に……その目つきが獅子めいた輝きを放っていたので、ちょっぴりビクッとなってしまうミーアであったが……。
「パライナ祭に関しての二つの提案、それは素晴らしいものだと思います。実現すれば、祭りはきっと素晴らしいものになるでしょう。が……問題は、成功するかどうかでしょうか」
一度、言葉を切ってから、ユバータ司教は深皿の中……残っていた団子をパクリと一口……。
どうやら、満月団子が気に入ったようだったっ!
もぐもぐ、モチモチと食べてから、彼は静かに告げる。
「私が懸念するのは、ほかならぬ帝国内部のこと。すなわち、聖ミーア学園が帝国の代表校として選ばれるかどうか、です」
「え……?」
思ってもみなかった指摘に、ミーアは思わず口を開ける。
「帝国にはいくつかの学校があるはず。その中には、名門と呼ばれるものもあるでしょう。そこに新参の、それも、平民にも広く門戸を開いた学校が出てきて、帝国を代表する学校としてパライナ祭に参加する……そのことを、他校が認めるでしょうか」
もちろん、パライナ祭に参加するのが各国から一校ずつなどという決りはないだろうけれども……。
「ミーア姫殿下であれば、権力でごり推すこともできるでしょうが……そのような形で祭りに参加した聖ミーア学園に、はたしてどの程度の発言力があるのか……。自国内の人々にすら認められていないマイナー校が、はたして他国から注目されるか……」
「それは……」
ミーアは思わず言葉を失う。
「これは良いことですよ」と他人に紹介する人間が、自分ではそれをやっていないというのでは話にならない、とユバータ司教は言っていた。まず自国内で全面的な支持を受けてから勧めてこいと言われるのがオチだ、と……そう言っているのだ。
痛いところを突かれて、ミーアは思わず唸る。
「功績を誇示し、平民の子に教育を施すことの大切さを語ったところで、その声に誰も耳を傾けぬのであれば意味はなし。さらに、聖ミーア学園に箔をつけるために、パライナ祭を利用した、などと言われれば、ヴェールガ公国との仲もこじれる。ラフィーナさまのお立場も悪くなるやもしれません」
それは、まさに、ミーアたちが心配していたことだ。ユバータ司教自身もそのように考え、攻撃してくるのでは、と懸念していたことでもあったのだが……。
「まぁ、実際にはそこまでのことにはならないかもしれませんが……それでも、パライナ祭を再開するのであれば、絶対に成功させなければなりませんから」
慎重な口調で言うユバータ司教に、ミーアは腕組みする。
――確かに、懸念は尤もですわ。ミーア学園の功績を見せるためには、ミーア学園が帝国を代表する学校として、パライナ祭に出る必要がある。けれど、帝国貴族がそれを認めてくれるものかしら……。
考え込むミーア。一瞬の沈黙。その空気を嫌ったのか、声を上げたのはリオネルだった。
「それにしても意外です。ユバータ司教は祭りの成功に、こだわるのですね?」
「それは、当然のことでは?」
怪訝そうな顔をするユバータ司教に、リオネルはとても真面目な顔で頷く。
「一般的にはもちろんそうでしょうけれど、あなたは先ほどおっしゃいました。神は善き者も、悪人さえも用いる、と。であるならば、神は祭りの成功であれ、失敗であれ用いて、歴史を善い方向へと導いていく、と言うこともできるのではありませんか? 我らの信仰に照らし合わせるならば、そこまで成功にこだわらずとも良いのでは?」
その問いに、ユバータ司教は優しげな笑みを浮かべて……。まるで弟子を教える師のような、丁寧な口調で応える。
「ああ、その通りだね。神は、人々の失敗すらも用いて、歴史を善き方向へと導いていくことを私は知っている。そして、仮に生きている間に報われることはなかったとしても、死後に報われることも、もちろん知っている」
彼はラフィーナのほうに視線をやりながら言った。ラフィーナの母は、まさに、そのような論理によって、この世での報いを求めずに働いているからだ。
そのうえで……。
「ただ、まぁ……上手くいくに越したことはないでしょう?」
不意に、お道化た様子で、ユバータ司教は肩をすくめた。軽く眼鏡の位置を直しながら、彼は続ける。
「これは、いささか理屈っぽい話だけれど、確かに避けられぬ不幸があったとする。我々には計り知れない「必要な失敗」「必要な不幸」というものがあるのかもしれない。それすら糧として世界は、善き方へと進んでいく……そういうものであると私は思っているけれど……」
それを聞いた瞬間、ミーアは思わず目を見開いた。
自身の……断頭台で終わってしまった世界のことを思い出したからだ。
失敗に終わった人生、それすらも、今に至るための必要な犠牲だったのだとしたら……あの失敗は必然だったのだろうか……? でも……。それは……。
「しかし、残念ながら我らの目には何が必要な失敗か、などわかりはしないのだ」
ユバータ司教は、厳かな口調で続ける。
「この世界にはきっと、絶対に必要な成功と、絶対に必要な失敗とが存在している。けれど、失敗でも成功でもどちらでも構わないことも、恐らくは数多く存在している。全てが最初から決定づけられている、などとは、私は思わない。そして、もしも、失敗であれ、成功であれ、神が善きことに用いてくださるというのならば……成功したほうがいいでしょう?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼は言った。
もしも、失敗が決定づけられたことがあるとして、それは人の目には見えない。
もしも、成功が決定づけられたことがあるとして、それも人の目には見えない。
見えないならば、それを考えても意味がない。
そして……もしも失敗しても、成功しても、どちらであっても善きことのために神は用いるというのならば、成功したほうが良い。
ならば、頑張って成功に勤めるべきではないか……と彼は言っているのだ。
そちらのほうがいいから、と。
ミーアは……その言葉に同意することができた。失敗の果てにここに立つミーアであればこそ、彼の言葉に心の底から同意することができたのだ。
あの帝国末期の日々、積み重ねた努力は、最初から決定づけられた失敗に繋がっているのではなくて……成功した可能性だってあって……ほんの少し届かなかった、それだけで……。
でも、その失敗すら糧として、あの努力の結果が今に繋がっているのだと……そう考えたほうが救われるから。
ユバータ司教は優しく微笑む。
「だから、私は、善き計らい事のためには努力して成功に努めるべきではないか、と思います」
それから静かに目を閉じて続ける。
「これは、結局のところ、単純な話なのだ。リオネルくん。私が言いたいのは、善きことのために努力したことが、たとえ失敗したのだとしても、その努力には、必ず何らかの形で神が報いてくださるということ。だから、無駄な努力などないし、失敗を恐れる必要もないという……ただ、それだけの……これは、小さな救いの話です」
そこまで話してから、ユバータ司教は改めてミーアに視線を向けてきた。
「いずれにせよ、今のままでは、パライナ祭の開催に賛同はできません。帝国内の状況もわかりませんから。だから、どうでしょうか? 少し、聖ミーア学園に行って、見学させていただこうと思うのですが……」
「……わざわざいらしていただけるのですの? 帝国へ……」
「ええ。帝国の叡智が、各国に誇らんとする学校に、少々興味がございますので」
眼鏡を軽く押し上げて、ユバータ司教は言うのだった。




