第三章―07
文芸部の部室は、ミステリ研やオカルト研が入っているのと同じ文化部部室棟の一階にあった。
内部構造はミステリ研の部室と同じ。ただ、中身はちょっと違っていて、文芸部室には生徒用の小さな机がばらばらに置かれていた。その上には『設定資料集 見るな!』やら『キャラ案、プロット原案』やらといった紙の束がある。個人の持ち物だろうが、ノートパソコンなんかも無造作に放り出されている。読みかけで伏せてある文庫本といい、『アイデア思い浮かばねぇ! 死ね!』と殴り書きされたノートといい、何だか壮絶な創作の現場を垣間見た気がした。
問題のパソコンは、部室の奥にあった。明らかに前世紀製と思われる古ぼけたコンピューターだ。伊吹さんがそれの電源を入れる。
「これ、文芸部員共有のものでして。作品をまとめるときなんかに今でも使っているのですよ。……と、起動しましたね」
伊吹さんはマウスを握って、パソコンを操作した。デスクトップからいくつかの段階を踏んで、画面に『後輩の皆さんへ』というファイルを表示させる。それをクリックすると、確かに画面にパスワード入力用のボックスが現れた。
「なるほどね。三枚目の紙によると、ここにペンネーム『さらら』の本名を入れればいいということになるわけだが……。伊吹さん、この『さらら』さんって人、四年前にここの文芸部に在籍してた人って分かってるんでしょ?」
「そりゃもう。封筒の裏にきちんと年号が記されておりましたから」
「だったらさ、虱潰しでいいじゃないか。四年前くらいのだったら、部員名簿とか作品集とか残ってるでしょ?」
「それがですねぇ……あるにはあるのですが」
伊吹さんは腕組みして目を瞑り、眉間を揉んだ。どうやら悩んでいるというジェスチャーらしい。
「わたくしもそう思って、一度片っ端から当時の部員の名前を入れてみたのですよ。もちろん、パスワードはローマ字入力しか出来ないので、ローマ字にして。ですが、結果どの部員の本名でも、このファイルを開くことは出来なかったのですよ」
「え、そうなの? でも、三枚目には確かに、『パスワードはずばり、私の本名』って書いてあったけど……」
「それですから、わたくしこうして悩んでいるのであります」
なるほど。本名と書いてあるくせに、本名をそのまま入力しても開かないファイル。これでまた、謎が増えてしまったというわけだ。
どうしたものかと俺が悩んでいるところ、背後にいる志ヶ灘がおずおずと口を開いた。
「あの、伊吹さん」
「はいはい。なぁに、志ヶ灘さん」
「とりあえず、その当時の部員名簿ってやつ、見せてくれない? 三年生のだけでいいから」
「え、どうして三年生だけ?」
「三枚目の紙の内容。あれ、どうみても卒業生が書いたように見えるから。だから多分、『さらら』さんは三年生なんだと思って」
「ほう。なるほど、でっすな。ではご期待に応えてお見せしましょう。ちょっと埃っぽいのはご容赦下さいよ」
伊吹さんは棚に置かれていた段ボール箱をごそごそやって、一枚の紙を取り出してきた。
四年前の部員名簿だ。見たところによると、当時の三年生はどうやら四人いたらしい。
一人目、氷室夏樹。
二人目、夜島海帆。
三人目、晴山梨花。
四人目、朝霧雨音。




