第三章―08
今まで得た情報によると、文芸部室にコウライさんのおまじないの封筒を残していったのは、この四人のうちの誰かということになる。すなわち、この四人が容疑者だ。
「さぁて。じゃあ、どうやってこの四人の中から犯人を特定するか、っちゅー話だな……」
「そうですねぇ。それが本題でありますから」
「せんぱい」
不意に、くいっと、羽毛のような弱い力が俺の制服の袖に掛けられた。振り返ると、志ヶ灘が俺のワイシャツの袖を摘んでいた。
「どうした、志ヶ灘。何か分かったのか?」
「いえ……とりあえず、これで手がかりが出揃ったみたいですから。私、先にミステリ研の部室に戻って考えてみます」
それだけ言うと、志ヶ灘は、ではと軽く会釈して俺に背を向けてしまった。立ち去っていく後輩の背中を見送って、俺は頭を掻く。
なんと言うか、俺の知っている志ヶ灘藍はああいう人間じゃなかった気がするのだが。
もっと凛として冷静で、意外と負けず嫌いな一面があったりして。でも少なくとも、誰かの前に出て萎縮するとか、そういう奴じゃないと思っていたんだが……。
志ヶ灘が文芸部の部室から出ていき、引き戸が閉められたところで、伊吹さんがため息をついた。
「ちょっと、志ヶ灘さんに悪いことしちゃったかもですね……」
そう言って、少し表情を曇らせる。さっきまでの彼女の道化っぷりが息を潜めたことを、俺は気配で感じ取った。
「どういう意味だ、それ?」
「奈須西さん、でしたっけ。知りませんか?」伊吹さんは俺を見上げて、「志ヶ灘さんって、クラスではちょっと浮いた存在なんですよ」
「え。志ヶ灘が?」
「そうです。志ヶ灘さんってどこか、軽々しく他人にくみしないようなところがあるじゃないですか。教室でもずーっと不機嫌そうに黙ってるし、だから何となく近寄りがたいというか……」
「あぁ。それは確かに分かる」
志ヶ灘とは今でこそ普通に話せているが、入部当初は素っ気ないものだった。話し掛けても「そうなんですか」とか「どっちでもいいです」とか、その程度の返事しか返ってこない。時間をかけて付き合えば、ある程度は常識的な人間だということが分かるのだが。
どちらにせよ、志ヶ灘が友達ごっこみたいな馴れ合いを好まないというか、苦手だというのは、これまでの付き合いではっきりしていた。
そう考えれば、志ヶ灘がクラスで浮いているという話も、そうそう意外ではない。
ただ、今までそんなこと考えたこともなかっただけに、やはり動揺はした。
「だから志ヶ灘さん、急にわたしなんかが依頼にやって来たから、ちょっと気まずくなっちゃったのかなぁと思いまして。ちょっと困ってたふうだったじゃないですか」
「確かに、あんな志ヶ灘は初めて見たかも知れない」
「うーん……」伊吹さんは腕組みして考え込み、「やっぱり、後できちんと謝りに行った方がいいですかねぇ。急に押しかけて変なこと頼んで悪かった、って」
「それは……どうだろう」
その提案には、ちょっと賛同しかねた。
俺が知る限り、志ヶ灘藍ってのは磁石みたいな人間だ。こちらが好意を出して近寄れば近寄るほど、向こうはそういうのを煙たがって逃げてしまう。この間、真結も言っていた。「藍ちゃんって、普通に話し掛けたり仲良くしようとしても、逆に煙たがられて嫌われちゃうし」と。だから、俺なんかは極力ドライでクールな態度を、志ヶ灘相手には取り続けているわけなのだが。
そんなことを話すと、伊吹さんは感心したように唸った。
「奈須西さんって、志ヶ灘さんのことよく理解してらっしゃるんですね。さすが、二人で部活やってるだけはあります」
「別に。俺だって、あいつとはつかず離れずの距離を保っているだけだけど」
「志ヶ灘さん、部活ではどんな感じですか?」
伊吹さんのその質問に、俺はちょっと口ごもった。
「どうって……わりと、自由に振る舞ってるかな。もともと負けず嫌いなんだろうけど、こと謎解きになると目をぎらぎら輝かせたりする」
「そうなんですか……。だったらまぁ、それはそれでいいのかも知れませんね」
「ちゃんと居場所があるってことで」と伊吹さんはにっこり笑い、俺は何とも返事できなかった。それから、微妙な空気を散らすように、ことさら勢いを付けて伊吹さんが「あ、そうでした!」と手を叩く。
「いま思い出したのですが、四年前の文集が残っているのでした」
「文集? 文化祭で販売する部誌みたいなやつ?」
「そうです。実は、そこに『さらら』先輩の作品も載っているのです。もしかしたら、何かの手がかりになるかも知れません。ちょっと待ってて下さい……」
伊吹さんは棚に置かれた無数の段ボール箱を捜索し始めた。箱にはそれぞれ「文庫本・先輩の寄付」とか「みんなの黒歴史(処女作)保管ボックス」とかいう貼り紙がされている。伊吹さんはしばらくして、「発見しました!」と薄い冊子を取り出してきた。
冊子のタイトルは『幻想』。刻まれている年号は今から四年前のものだった。
「これ、『さらら』先輩の作品が載ってる部誌です。ただそれ、申し訳ないんですが、印刷ミスか何かでボツになったやつなのです」
「印刷ミス?」
「すいません。他に正規の冊子が見付かりませんでして……。ただ、一応読めることは読めると思うので、何かの手がかりにでもなればと思う所存であります」
「分かった。ありがとう」
コウライさんのおまじないを行ったらしい『さらら』さん。その作品が載った部誌なのだから、これは貴重な手がかりだ。
俺は伊吹さんにお礼を言うと、志ヶ灘の待つミステリ研へと足を向けた。




