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Re:incarnation of Fate   作者: ヴィシュヌ
第6章:【ミラージュ・エデン】

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シーン12:新たなる力

半壊した黒曜石の古城、その大礼拝堂に漂っていた硝煙と魔力の残り香が、崩れた天井から吹き込む夜風に乗って少しずつ薄れていく。


 俺――神崎恭は、礼拝堂の中央に停めていた漆黒の蒸気機関車【幻影電車(ミラージュ・トレイン)】を一度青い光の粒子へと還して権能の中に収納すると、周囲に散らばる瓦礫を見渡して小さく息を吐いた。


「……さて。優子さんと九龍が無事にひとつに纏まったのはいいが、さすがにこの吹きっ晒しの瓦礫の中で、込み入った作戦会議をするわけにもいかないな」


「ええ、そうですね。あなたが派手に壁と天井をぶち抜いてくれたおかげで、風通しが良すぎて困ります」


 黒い魔女のローブを光と闇のドレスのように優美に着こなした高橋優子――女神サラとしての記憶と九龍の十年の歩みを統合した彼女が、どこか呆れたように、それでいて凛とした微笑みを浮かべて肩をすくめた。


 その立ち居振る舞いには、元の優子が持っていた芯の強さと慈愛に、SSランクの魔女・九龍が纏っていた深い知性と余裕が違和感なく溶け合っている。


「この上の階に、九龍……いいえ、私が来客用に使っていた無傷の広間があります。まずはそちらへ移動して、お互いの状況とこれからの作戦を整理しましょう。マリア……いえ、美憂さん、お茶の用意を手伝ってもらえますか?」


「あっ、はいっ! どこに何があるかは、この身体が覚えてますから任せてください!」


 ブロンド髪の侍女(メイド)の姿をした美憂がパッと笑顔を咲かせて頷き、俺たち一行は崩れた礼拝堂を出て、城の上層にある重厚な円卓が置かれた応接の間へと場所を移した。



        ◆

 

暖炉に魔導灯の柔らかな火が灯る応接の間。

 

湯気を立てる温かい紅茶のカップが円卓に並べられ、俺と美憂、優子、そして『アニマの器』の五人――佐々木冬夜、岡田瑞希、佐々木夏芽、藤原悠希、藤原莉子の計八人が顔を揃えた。

 

まずは、先ほど礼拝堂で涙の再会を果たしたばかりの美憂と、転移・転生者たち五人との改めての顔合わせとなった。


「……えっと、こうして落ち着いてちゃんとお話しするのは初めてだよね。如月美憂です。元の世界ではバスガイドをしていて……その、私の持っていた大鎌の力で、夏芽ちゃんや悠希さん、莉子さんをこの世界へ巻き込んでしまって、本当にごめんなさい……っ」


 侍女服の膝の上でぎゅっと手を握りしめ、申し訳なさそうに頭を下げる美憂。


 すると、隣に座っていた猫耳の少女――フェリシア族のルナの身体に入っている夏芽が、慌てたように両手を振って美憂の手をきゅっと握った。


「謝らないでよ、美憂さん! さっきも言ったけど、あの最初のバスツアーの事故の時、私は潰れた座席に挟まれて、もう息もできなくて死ぬ寸前だったんだよ? それを美憂さんが泣きながら手を握って、この世界へ逃がしてくれたんじゃない!」


「そうですよ、美憂さん」


 向かいの席から、ハーフエルヴンの双子の姉である悠希が、二十二歳の大学生らしい落ち着いた優しい眼差しで微笑みかけた。隣の妹・莉子も力強く頷いて言葉を継ぐ。


「私たちも、あのトンネルで松岡先生が暴れてバスが横転した時、もし美憂さんがあの光で助けてくれなかったら、間違いなくあそこで命を落としていました。半年間も一人で苦しい思いをさせてしまったなんて、むしろ私たちの方こそ、すぐに無事を伝えられなくて申し訳なかったくらいです」


「それにね、美憂さん! こっちの世界に来たおかげで、私は離れ離れになってた冬夜お兄ちゃんにもう一回会えたし、瑞希ちゃんや悠希お姉ちゃん、莉子お姉ちゃんっていう最高の仲間にも出会えたんだよ!」


 夏芽が胸を張って笑うと、左の黒鉄の義手をテーブルに置いていた冬夜が、照れくさそうに鼻の下をこすりながらニッと笑った。


「そういうこった、美憂さん。あんたが夏芽や悠希たちを救ってくれたおかげで、俺たちは今こうして『アニマの器』として一緒に戦えてる。妹たちの命の恩人なんだ、俺にとってもあんたは大切な仲間だぜ。よろしく頼むな!」


「わ、私も岡田瑞希といいます! 恭さんの電車で冬夜と一緒にこの世界へ送られて、今は冒険者としてみんなと旅をしています。……あっ、それと美憂さん、あのトンネルのバスに乗っていた私の幼馴染の『佐伯朋美』も、西のグラニアの樹海でちゃんと生きていますよ!」


「えっ……!? 佐伯さんも、生きてるの……!?」


 瑞希からの思わぬ報告に、美憂の碧い瞳がパッと輝く。


「はい。少し事情があって一度は戦うことになりましたけど、今は誤解も解けて、自分の足でしっかり歩いています。だから、美憂さんが大鎌で送った人たちは、誰も死んだりなんかしていませんよ」


「そっか……そう、なんだ……。本当によかったぁ……っ」


 胸元に両手を当て、美憂は心の底から安堵したように深い息を吐き出した。


 半年間、自分が大鎌を振るったせいで無関係な人々を殺めてしまったのだと信じ込み、殺人鬼の汚名を背負って孤独に震えていた彼女の十字架が、いま目の前にいる少女たちの温かい言葉によって、本当の意味で降ろされた瞬間だった。


「……よかったな、美憂。俺が口で伝えるよりも、こうして本人たちから直接聞けた方が、ずっと安心できただろ」


 俺が紅茶のカップを傾けながら静かに声をかけると、美憂は目尻の涙を拭って「うんっ!」と嬉しそうに頷いた。


 場の空気が和らいだところで、俺はカップをソーサーに戻し、円卓の面々を見渡して本題へと切り替えた。


「さて。感動の再会が済んだところで、ここからは『天獄(ゲート)』への突入に向けた現実的な話をしようか。まずは、今回の戦いで俺たちの要になる二人――統合を果たした優子さんと、このエデンの器に入った美憂の現在の能力について、正確に把握しておきたい」


 俺が隣に座る優子へと視線を向けると、優子は静かに頷いた。


「そうですね。まずは私の方から説明しておきましょうか。神崎くんも気にしているでしょうけれど……九龍とひとつに戻ったことで、私の中の『女神サラ』としての記憶と力は、完全に覚醒しています」


「おお、やっぱりそうか! じゃあ、十年前に魂を割る前の『本来の女神サラ』の力が、一〇〇パーセント戻ったってことだな?」


 冬夜が身を乗り出して尋ねる。


 だが、優子はそこでふっと意味深に目を細め、小さく首を横に振った。


「いいえ、佐々木さん。正確に言うなら――ただ元に戻ったのではなく、十年前の『本来の私』よりも遥かに上の段階へ進化している、と言った方が正しいわね」


「……ほう。十年前の本来のサラよりも、今のほうが上だと?」


 俺が片眉を上げて問い返すと、優子は白い右手をテーブルの上へと静かに掲げた。


「百聞は一見に如かず、ですね。見ていてください。これが、今の私の魔導です」


 優子が一切の詠唱も予備動作もなく、ただ軽く指先を鳴らした、その瞬間だった。


 ――ゴオォォォォッ……!!


 音もなく室内の大気が震え、優子(サラ)の手のひらの上に、六つの異なる輝きを放つ高密度の魔力球が、まるで太陽系を巡る惑星のように寸分の狂いもない軌道で同時に顕現したのだ。


挿絵(By みてみん)



 赤熱する『火』、清冽なる『水』、真空の『風』、重厚なる『土』。そして、すべてを浄化する純白の『光』と、底なしの深淵を思わせる漆黒の『闇』。


「なっ……!? 火・水・風・土の四属性に、光と闇の古代魔法まで……!? 六つの属性を、完全無詠唱で同時に制御してるだと……!?」


「う、嘘でしょ……! 普通、二つの複合魔術を同時に練るだけでも相当な高等技術なのに、相反するはずの光と闇を含めた『全属性』が、ひとつの輪の中で完璧に調和してる……!」


 冬夜が驚愕に目を見張り、魔術師である莉子と夏芽が信じられないものを見るように息を呑む。


 俺自身、冬夜たちの能力や優子からフィードバックされた光と闇を複合して使ってはいるが、目の前で優子が展開しているそれは、純粋な「魔導の完成度と練度」という点において、背筋が粟立つほど美しく、そして底知れない威圧感を放っていた。


 優子は手のひらの六つの魔力球をふっと消し去ると、落ち着いた声でその理由を語り始めた。


「実はね、神崎くん。十年前、魂を二つに割る前の『女神サラ』だった頃の私が持っていた本来の権能は、火・水・風・土の『四属性の古代魔法』だけだったのです」


「……なんだって? サラの本来の力は、四属性だけだったのか。じゃあ、エデンへ渡った時に目覚めたあの『光と闇の古代魔法』は……」


「ええ。あれは元々の私の力ではありません。オリジンで力を失っていた私が、神崎くんの【幻影電車】――あなたの『死神』の権能によってこのエデンへと転移させられたことで、佐々木さんたちと同じように新しく授かった能力なのです」


 優子は自らの胸元にそっと手を添え、俺を真っ直ぐに見つめながら続けた。


「あの夜、美憂さんの大鎌から私を庇って倒れた後藤さんをどうしても救いたい、あの人の力になりたいという私の強い想いがトリガーとなって……あなたの『死神』の権能を通じた転移の際に、後藤さんが持っていたのと同じ『光と闇の古代魔法』が私の中に開花したのですね。……そして今、あなたの力で授かったその『光と闇』と、このエデンで九龍が十年の歳月をかけて極限まで磨き上げた『四属性の無詠唱制御と魔導理論』がひとつに統合されたことで、私は十年前には到達し得なかった『全属性(六属性)の完全掌握』へと至ることができました」


「……なるほどな。十年前には持っていなかった『光と闇』を俺の電車で手に入れた上で、九龍が積み上げた十年の研鑽とひとつに合わさったわけか。そりゃ、昔の全盛期より強くなってるわけだ」


 俺は納得して小さく息を吐き、口角を上げた。


 結果論とはいえ、俺が電車で優子を送り出したことと、さっき二人の喧嘩に割って入ってちゃんと合意の上で統合させたことが、最高の結果に結びついたらしい。力づくで九龍を呑み込んでいたら、これほど完璧な調和は生まれなかったはずだ。


「ええ。今の私なら、天獄のメフィストが相手であろうと、神域の魔導戦において決して引けを取ることはありません」


 頼もしく断言した優子は、そこで隣に座るブロンド髪の侍女――美憂へと視線を向けた。


「そして、もう一人。……先ほど礼拝堂で神崎くんが機関車で突っ込んできた時と、その前に九龍として中庭で手合わせをした時から気づいていたのですが、美憂さん。あなたの中にも、とても興味深い『新しい力』が芽生えていますね」


「えっ……? わ、私の中に、ですか?」


 美憂が目をパチクリとさせて自分の両手を見つめる。


 俺も「美憂の力って、バイパスから流れ込んでる夏芽たちの魔術や、光彦から取り込んだ光と闇のことじゃないのか?」と優子に尋ねた。


「ええ、それらの異能も凄まじいポテンシャルですが、私が言っているのはそれとは別の、いま美憂さんが入っている『マリアの器』と、美憂さん自身の魂が重なったことで発現した固有の力です」


 優子は九龍としての記憶を辿るように、美憂の身体を優しく見つめた。


「もともと、私がこの城で侍女として雇っていた『マリア』という娘には、攻撃魔術の才能こそありませんでしたが、周囲の荒れた魔力を鎮め、他者の魂の波長を穏やかに整えるという、生まれつき非常に珍しい『癒やしの素質』が備わっていたのです。……そこへ、死の淵を越えてきた美憂さんの魂と、後藤さんの『光』の魔力が合わさったことで、その素質がより高次元の回復能力へと開花しています」


「私の、回復の力……。あ、そういえばさっき、礼拝堂で恭くんの衝撃波が来た時や、夏芽ちゃんたちの手を握った時に、胸の奥からすごく温かい光が湧いてくる感覚がありました……!」


 美憂がハッとしたように声を上げる。


「試しに、少しだけその温かい魔力を引き出して、隣の佐々木さんの義手の方へかざしてみてもらえますか? 先ほどの神崎くんとの手合わせと長旅で、彼の中にはまだ魔力の澱みや魂の疲労が残っているはずですから」


「わ、わかりました。えっと……冬夜くん、ちょっと失礼しますね」


 美憂は少し緊張した面持ちで冬夜の左腕へと両手をかざし、目を閉じて胸の奥にある温かな波長へと意識を集中させた。


 ――ふわり、と。


 次の瞬間、美憂の白い手のひらから、優子の放つ攻撃的な『白い光』とも、夏芽の『蒼い水の治癒光』とも違う、まるで陽だまりのように柔らかく透き通った『白銀の輝き』が溢れ出し、冬夜の身体を優しく包み込んだ。


「……っ!? お、おい、なんだこれ……!?」


 光を浴びた冬夜が、驚いたように目を見開いて自分の身体と左腕を見下ろした。


「すげえぞ……! アルディシアで恭さんとぶつかった時から、身体の芯に鉛みたいに溜まってた魔力切れのダルさと、義手の神経の軋みが、嘘みたいにスッと消えていく……! なんだか、頭の中までスッキリ洗われたみてえだ!」


「ほんとだ……! すごいよ美憂さん!」


 隣で魔力の流れを感じ取っていた夏芽が、猫耳をピョコピョコと跳ねさせて感嘆の声を上げた。


「私の『水』の治癒魔術は、傷口を塞いだり体力を戻したりするだけなのに……美憂さんの今の光は、魔力の通り道の汚れとか、『魂そのものの疲れや傷』を直接撫でて治してる感じがする!」


「ええ、その通りです」


 優子が深く頷いた。


「肉体の外傷だけでなく、擦り減った魔力回路や、魂の表層にこびりついた疲労・瘴気の汚染まで綺麗に洗い流して元の状態へ戻す『浄化と回復』の力……。これほど純度の高い癒やしの力は、私でも見たことがありません。天獄でメフィストの瘴気に当てられた時や、傷ついた魂たちを保護する上で、これ以上ないほど頼もしい力になりますよ」


「わあ……! 私が、みんなの傷や疲れを癒やせるんですね……! よかった、これなら足を引っ張らないで、恭くんやみんなの役に立てます!」


 自分にしかできない明確な役割を見つけた美憂が、嬉しそうに頬を染めて、手のひらの光をさらに強く引き出そうと魔力を込めた――その直後だった。


「――あっ……、ふ、うっ……!」


 パチン、と美憂の手元の白銀の光が小さく弾けて消え、美憂の身体が糸の切れたようにぐらりと傾いた。


「……おい、大丈夫か、美憂」


 俺は即座に横から手を伸ばし、椅子から傾きかけた美憂の華奢な肩を支えて抱き止めた。


 俺の腕の中で、美憂は「はぁ、はぁ……っ、あ、あれ……?」と額にうっすらと汗を浮かべ、急に全力疾走でもした後のように小さく息を切らしている。


「ご、ごめんなさい……っ。もっと強く光を出せば、もっとすごい回復ができるかなって思って力を込めたら、急に胸の奥が重くなって、息が切れちゃって……」


「……なるほど。美憂さん、無理をしてはいけません」


 優子が美憂の手首をそっと取って魔力の脈を診ると、納得したように静かに言った。


「肉体だけでなく『魂』の領域にまで干渉するほどの高度な回復魔術ですから、基礎的な魔力の消費量が通常の魔術とは比較にならないほど大きいのですね。今の美憂さんには後藤さんから受け継いだ魔力があるとはいえ、まだこのマリアの器に入ってから丸一日ほどしか経っていません。器と魂が完全に馴染んでいない状態で無理に出力を上げすぎると、魔力の消費に身体が追いつかず、大きな負担がかかります」


「魂の疲れや瘴気まで洗い流すような便利な回復魔法なんだ、出力を上げればそれだけ燃費が悪くて負担がデカいのも当然だろうな」


 俺は小さく息をつき、腕の中の美憂の額を人差し指で軽くコツンと突いた。


「いいか、美憂。せっかく覚えた頼もしい力だが、出力を上げすぎてお前自身が倒れたら元も子もないからな。普段は今の冬夜にかけたぐらいの無理のない出力に抑えておくこと。無茶な使い方はするなよ、わかったな?」


「う、うん! ちょっと欲張りすぎちゃったみたい。ペース配分に気をつけて、無理しないようにするね、恭くん!」


 美憂が素直に頷き、周囲の冬夜や夏芽たちも「そうだよ美憂さん、前線で暴れるのは俺たちに任せとけって!」「身体の怪我なら私の水魔術でも治せるから、美憂さんはここぞって時だけで大丈夫だよ!」と温かく声をかけた。


 ――こうして、優子の『全属性覚醒』と、美憂の『浄化と回復の力』という二つの大きなピースが揃ったところで、俺はテーブルの上に広げた地図へと視線を落とし、静かに声のトーンを落とした。


「……よし。これで俺たち八人の戦力は固まった。ここからは、これから乗り込む【天獄(ゲート)】の現状と、俺が抱いている『懸念』、そして具体的な突入作戦について話す。少し真面目な話になるから、よく聞いてくれ」


 俺の落ち着いた、しかし重みのある言葉に、冬夜や瑞希、優子たちの表情が一斉に引き締まった。


「まず、現状の整理だ。あの空に浮かぶ『青い月』――一層世界(オリジン)と二層世界の狭間にある【天獄】には今、悪魔メフィストが潜伏している。あそこには、夏芽や悠希、莉子たちに身体を貸してくれている本来の持ち主――ルナちゃん、エリス、エレナ、それにセシリアとメーリアの五人の魂が玉突きで飛ばされているが、そこは安心していい。天獄の最奥にある『封印の間』で、俺の協力者である女神ベルゼと、優子さんの大切な人である後藤光彦の二人が、五人の魂を魔力の結界で保護してくれている」


「ルナちゃんたち、ベルゼ様と後藤さんって人に守ってもらえてるんだね……!」


「はい、後藤さんなら絶対にあの子たちを見捨てたりしません。……それに、今の話の法則からすると、美憂さんがこの城の侍女マリアの器に入ったことで、玉突きになって弾き出された『本来のマリアの魂』も、その天獄のどこかへ飛ばされているはずですね」


 優子の言葉に、俺は静かに頷いた。


「ああ。十年前、メフィストがオリジナルの大鎌で起こした事件の犠牲者たちの魂も含めて、天獄には多くの魂が囚われている。光彦が外郭を調査して、そのマリアの魂や十年前の犠牲者たちを保護しようと動いてくれているはずだ。……だが、問題は『時間』なんだよ」


 俺はテーブルの上で指先を組み、胸の奥でずっと燻っていた嫌な予感――『懸念』を口にした。


「俺がオリジンを発つ前、光彦は『俺とベルゼ様で、最大一週間(七日間)はメフィストの侵攻を食い止めてみせる』と言ってくれた。俺が廃工場でメフィストの左腕を切り落として深手を負わせたから、奴が傷を癒やして動き出すまでに最低でも数日はかかるはずだ、という計算だったんだ。アルディシアでの調査とここネルガルへの移動で、あれからもう二日近くが経っている。計算上は、まだあと五日ほどの猶予があるはずなんだが……」


「……何か、引っかかることがあるのですか、神崎くん?」


 瑞希と優子が鋭く問いかけてくる。俺は冷めた目で地図を見つめたまま頷いた。


「ああ。俺が懸念しているのは、『メフィストが想定よりも遥かに早く傷を癒やして動き出す可能性』だ」


「えっ……!? で、でも恭さんが片腕を切り落とすほどの大怪我を負わせたんですよね? なんでそんなに早く治せるんですか?」


 驚く莉子に、俺は廃工場での最後の瞬間を思い返しながら淡々と説明した。


「あいつは逃げ際、自分が持つ『オリジナルの大鎌(リーパー)』で美憂を切り裂いた。……さっき美憂の力を確認していて、ふと嫌な考えがよぎったんだ。美憂が今まで使っていたレプリカの大鎌は、そもそもメフィストが造って美憂に渡したものだろ。もし、あのオリジナルの大鎌で美憂を斬った瞬間、大鎌同士の共鳴か何かで、美憂の器に蓄積されていた異能――特に、夏芽の『水魔術』のような治癒に応用できる力や魔力が、メフィストの側にもコピーされていたとしたらどうなる?」


「「っ……!!」」


 その仮説を聞いた瞬間、冬夜と優子の顔色が変わった。


「あるいは、天獄に漂っている十年前の犠牲者の魂を強引に喰らって再生に回したとしても同じだ。……奴の狡猾さを考えれば、おとなしく数日も寝込んでいるとは思えない。もしすでに深手を塞いで活動を再開していたら、光彦たちが想定していた『一週間』というタイムリミットは、今この瞬間に崩壊していてもおかしくないんだ」


「そんな……っ! じゃあ、後藤さんやベルゼ、それにルナちゃんたちの魂が……!」


 優子が立ち上がらんばかりの勢いで息を呑み、美憂も「私の力を利用されて、メフィストがもう動いてるかもしれないなんて……っ!」と青ざめる。


「まだ俺の推測の域を出ないがな。ただ、楽観的なスケジュールで動いて手遅れになるのだけは御免だ。俺たちは『猶予はもうない』という前提で動く。アルディシアへ戻って休んでいる暇はないから、今からこの城から直接、八人で天獄へ乗り込むぞ」


 俺が静かに告げると、冬夜が「おう、望むところだぜ! ……と言いたいところだがよ、恭さん。どうやってこのエデンの地上から、あの空の『青い月(天獄)』まで行くんだ? 恭さんのあの蒸気機関車で空を飛んでいくのか?」と尋ねてきた。


「ああ、俺の【幻影電車】を使う。だが、実はここへ来るまで、エデン側から天獄へ直接突入するには『ひとつだけ足りないピース』があったんだ」


 俺は隣に座る優子へと視線を向けた。


「天獄は、一層と二層の狭間に浮かぶ独立した高次元領域だ。エデンの地上からは『青い月』として見えているが、ただ空に向かって飛んでも、次元の障壁に阻まれて内部へ入ることはできない。俺の【幻影電車】なら次元の壁そのものをブチ抜いて走ることはできるが、外側から天獄の正確な内部座標――ベルゼたちがいる『封印の間』や魂の漂流地点をピンポイントで捉えるための『道標(ナビゲーター)』が俺には無かったんだよ」


「あっ……! だから、私と九龍の統合が必要だったのですね、神崎くん!」


 優子がハッと気づいて瞳を輝かせた。俺はわずかに口角を上げて頷いた。


「そういうことだ。二層世界の住人であり、十年前にその天獄でメフィストと直接対峙した記憶を持つ『女神サラ』――つまり、完全に覚醒した今の優子さんなら、天獄の内部座標と結界の構造を正確に把握できる。俺の【幻影電車】の機関室に優子さんが乗り込み、その『全属性の古代魔法』を列車の軌道制御に直結させて座標をナビゲートしてくれれば、エデン側から天獄の障壁を正面突破して、メフィストの懐へ直接列車ごと突っ込むことができる」


「なるほど……! 恭さんの空間突破力に、覚醒した優子さんの全属性魔導と座標記憶を掛け合わせるんですね!」


 瑞希が感嘆の声を上げる。


「ああ。しかも、突入するのは俺たちだけじゃない。オリジン側からは、優子さんの兄貴である高橋先輩――『ブラフ』が、天獄へ突入するための術式を組んで乗り込んでくる手はずになってる。俺たちエデン組とオリジンの高橋先輩で天獄を挟撃し、最奥の『封印の間』でベルゼの鎖を断ち切って合流する算段だ」


 俺はテーブルの上の地図を軽く指先で叩き、全員にそれぞれの役割を告げた。


「天獄へ突入した後の俺たちの作戦目標は三つだ。

 第一に、光彦とベルゼ、そして保護されているルナちゃんたち五人や本来のマリア、十年前の犠牲者の魂の『安全確保と救出』。

 第二に、もし魂たちがメフィストの瘴気や実験で傷ついていた場合、美憂の『魂の浄化能力』と、夏芽、悠希、莉子たちの『本来の器との共鳴』を使って、魂を崩壊から守り抜くこと。

 そして第三に――俺と優子さん、冬夜、瑞希たち主力を中心にして、元凶であるメフィストを確実に仕留めることだ」


 明確な作戦が示され、応接の間の空気が静かな、しかし熱い闘志へと塗り替えられていく。


「……完璧な作戦です、神崎くん。お兄ちゃんも向こうから動いてくれているのなら、これ以上心強いことはありません。私の全属性の力、すべてを使ってあなたの列車を天獄の最深部まで導いてみせます」


「俺たち『アニマの器』も、いつでもいけるぜ恭さん! ルナちゃんたちの魂を奪おうとする野郎なんて、俺の雷炎とみんなの力で絶対に許さねえ!」


「ええ! Sランクの名に懸けて、必ずみんなの魂を取り戻します!」


「うんっ! ルナちゃんも、セシリアちゃんたちも、絶対私たちが助けるんだから!」


「美憂さん、一緒に頑張りましょうね!」「私たちがしっかり美憂さんを護衛します!」


 優子、冬夜、瑞希、夏芽、悠希、莉子がそれぞれ武器と拳を握りしめ、力強く頷き合う。


 そして俺の隣では、ブロンドの髪を揺らした美憂が、侍女服の胸元に両手を当てて真っ直ぐに俺を見つめていた。


「恭くん。……私、もう逃げてばかりだった頃の私じゃないよ。私を騙して、みんなを苦しめたメフィストの思い通りになんて絶対にさせない。この新しい力で、みんなと、そしてこの身体を貸してくれたマリアさんの魂を絶対に救ってみせるから!」


「……ああ。頼りにしてるよ、美憂」


 俺は美憂の言葉に静かに頷き返すと、黒いロングコートの裾を翻して椅子から立ち上がった。


 窓の外を見上げれば、ネルガルの黒い瘴気の雲の切れ間から、不気味なほど青白く輝く巨大な『青い月』――【天獄(ゲート)】が俺たちを見下ろしている。


 理由は分からないが、さっきよりもあの月の輪郭がわずかに脈打ち、世界の理が嫌な音を立てて軋んでいるような気がした。どうやら俺の嫌な予感は、そう外れていないらしい。


「……さて、準備はいいか、みんな。行くぞ――目標は空の『青い月』。俺たちの【幻影電車】で、天獄へ直接乗り込む」


「「おう(はい)ッ!!」」


 俺の静かな号令に全員の声が重なり、俺たちは決戦の地へと飛び立つため、再び大礼拝堂へと向かって駆け出したのだった。


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