【プロローグ】
金属が悲鳴をあげる。
キィィィィィィン……と、耳をつんざくような激しい摩擦音が夜の闇を切り裂き、巨大な鉄塊が大きく 揺れた。乗客たちのどよめきが、まるで遠い異国の出来事のように恭の耳を滑っていく。
「……また、か」
運転席の窓ガラスに映る自分の影を見つめながら、神崎恭は乾いた息を吐き出した。
驚きも、恐怖もな い。胸を満たしているのは、ただ泥のように重苦しい倦怠感だけだ。
二十六歳の若さで車掌を務める恭の周囲では、異常な頻度で人身事故が発生していた。しかし、現場 へ向かう恭の足取りはどこまでも軽い。慌てる周囲の駅員を余目に、彼は一人で暗闇の線路へと降り立 つ。
現場となった枕木の上。冷え切ったレールの傍らに転がっていたのは――無残な肉片でも、引き裂か れた衣服でもない。 ただ、ぽつんと取り残された通学カバンと、画面の割れたスマートフォンがひとつ。
「……お前も、逃げたかった口かよ」
轢き殺したはずの人間は、血痕ひとつ、骨片ひとつ残さず、この日常から跡形もなく消え失せている。
――妹の理不尽な死を受け入れられず、脳死という冷酷な現実から逃れるように線路へ身を投げた高校 生・佐々木冬夜の存在ごと。
恭は転がったスマートフォンを拾い上げると、手際よくポケットに収め、現場の痕跡を「処理」してい く。
事故の痕跡を消し込み、警察や現場検証をごまかすための見慣れた作業。
「――ようこそ、向こう側へ」
暗闇の中で、恭の口元が薄く、嘲笑うように吊り上がる。




