第二百十四話 開かれる記録
翌朝。
王城の執務室に、一通の返答が届いた。
アルヴァン=レグナードに関する未公開資料について、中央教会へ照会していた件である。
王は書状に目を通し、わずかに眉をひそめた。
「該当する資料の有無については回答できない、か」
側に控えていた文官が深く頭を下げる。
「教会内部の機密事項に該当するため、開示はできないとのことです」
「存在しないとは書かれていないな」
「はい」
王は書状を机上に静かに置いた。
王城側では、すでにアルヴァン本人の私信すら発見されている。
さらに、百八十六年前の勇者アルトの報告書も現存していた。
ここまで揃っている以上。
中央教会に何も残っていないとは考えにくい。
「マルセルを呼べ」
「大司教猊下を、でございますか」
「ああ。直接話を聞く」
文官は一礼し、静かに部屋を退出した。
その日の昼過ぎ。
大司教マルセルは王城に姿を現した。
案内されたのは謁見の間ではなく、小規模な会議室である。
王と数名の重臣のみが待機していた。
「お呼びでしょうか、陛下」
「座れ」
マルセルは静かに席に着く。
王は間を置かず本題に入った。
「アルヴァン=レグナードに関して、中央教会に未公開の記録が存在するな?」
一瞬の沈黙。
「ございます」
重臣たちの間にわずかな動揺が走る。
王はマルセルを真っ直ぐに見据えた。
「随分とあっさり認めるのだな」
「今となっては、存在そのものを隠す意味はございません」
「ならば開示せよ」
マルセルはすぐには応じなかった。
「陛下。一つだけお願いがございます」
「何だ」
「私自身も、開示の場に立ち会わせていただきたい」
王の眉がわずかに動く。
「理由は」
マルセルは視線を落とした。
「私自身にも、再度確認する必要があるためです」
王はしばし無言でマルセルを見つめた。
「分かった」
マルセルが顔を上げる。
「では」
「開示を許可する。ただし、資料の選別は一切認めない」
「承知しております」
「アルヴァンに関する記録は、すべてだ」
「……はい」
マルセルは静かに頭を下げた。
翌日。
中央教会から王城へ、一つの封印箱が運び込まれた。
王、マルセル、カイルたち四名、王城の文官。
さらに教会側からレオルを含む数名の神官が立ち会う。
シアは封印箱を見つめた。
「これが……」
「アルヴァン=レグナードが晩年に残した日誌だ」
マルセルが答える。
カイルは大司教に視線を向けた。
「知っていたんだな」
「ああ」
「ゼラスの村についてもか」
「記録としては把握していた」
カイルの表情が険しくなる。
「なら、なぜ最初から――」
「カイル」
王が制した。
「まずは読むことだ」
カイルは言葉を飲み込む。
マルセルが封印を解き、古びた日誌が取り出された。
文官が慎重に頁を開いていく。
そこには、王城側で発見された書簡と同様の内容が記されていた。
アルヴァンは事前に、対象の村が小規模な集落であることを把握していた。
防備が脆弱であることも。
共同軍の初動作戦として成功しやすいことも。
そして作戦後。
アルヴァン自身が焼け落ちた村を訪れている。
カイルたちは無言のまま読み進めた。
軍事施設は存在しなかった。
大規模な武器庫もなかった。
残されていたのは。
焼失した家屋。
農具。
生活用品。
そして、子供が使っていた小さな食器。
アルヴァンの記述は、そのあたりから明らかに乱れていく。
――敵であると説明した。
――危険であると説いた。
――そうでなければ諸国は動かなかった。
そして。
――だが、ここにいた者たちは、本当に我々の敵だったのか。
バルドが拳を固く握る。
誰も言葉を発しない。
次の頁には、さらに短い一文が記されていた。
――私は間違えた。
カイルの視線が止まる。
人間側で長く英雄と称えられてきた本人が。
自ら。
そう記していた。
その先を。
カイルは沈黙のまま読み進めた。




