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前編

読んでいただいてありがとうございます。

 王国の学園には一つのルールがある。

 それは、同じ学年の婚約者は同じクラスにはしない、ということ。

 学園は、勉強は元より将来への人脈を作る場でもあり、小さな社交の場でもある。

 婚約者が同じクラスにいると、その幅が狭くなるかもしれない。

 婚約者だけではなく、もっと広い視野を持って交流すること。

 とはいえ、それは紳士淑女の距離感を保って、という大前提が付く。

 ゆえに、浮気を推奨するものではない。

 

 オリビアはそのルール通り、同い年の婚約者ザカリーとは違うクラスだった。

 学園に入るまでは少々内気だったオリビアだったが、クラスメイトに恵まれて友人が何人も出来た。

 親友とも呼べる女性の友人も出来た。

 クラスメイトの男性たちとは、紳士淑女の距離感を保ちつつ友情を育んだ。

 平和だった。

 オリビアのクラスは。

 けれど、ザカリーは違ったらしく、紳士淑女の距離感を保っていない友情、つまり同じクラスに恋人を作った。

 恋人の名前は、キャシー。

 婚約者のいない男爵家の令嬢だった。

 彼女は儚い外見をしていて、クラスメイトたちから守るべき存在として扱われてきた。

 そんなキャシーがザカリーに恋をして、それをザカリーのクラスメイトたちは守ることにしたのだ。

 ザカリー自身、クラスメイトたちからそういう扱いを受けることに喜びを感じてしまったらしく、いつの間にか二人はクラス内の秘密の恋人になっていた。

 最初の頃、そのことに気が付いていなかったオリビアは、ザカリーのクラスに彼に会いに行った時に周りにいたザカリーのクラスメイトたちから意味深な視線を投げられて戸惑った。

 ザカリーの友人たちに至っては、オリビアを二人に会わせないように協力していた。

 そのうち、ザカリーのクラスメイトたち全員がザカリーとキャシーに協力して、わざとオリビアに嘘の情報を教えたり、時には仲良くしている様子をあえて見せつけるようになった。

 戸惑うオリビアに、ザカリーやそのクラスメイトたちは、仲のよいクラスメイト、という都合良い言葉を使っていた。

 そこまでされるとさすがのオリビアも気が付く。

 けれど、不思議なのは、それでもザカリーが将来的にはオリビアと結婚するつもりでいることだった。


「皆様、この件について、どう思われますか?」


 相手の仲の良いクラスメイトたちがザカリーとキャシーのことを応援しているのならば、こちらもまずは仲の良いクラスメイトたちに相談してみた。

 そして何故か、急遽クラス会が開かれた。


「……ひどい話、ではあるわよね。まずは状況を明確にしましょう。ザカリー様は子爵家の次男、キャシー嬢は男爵家の娘。対してオリビアは伯爵家の一人娘。で、将来的にはオリビアが爵位を継ぐ」


 親友で公爵令嬢のフローレンスが、黒板に丁寧な字で名前を書いた。


「そうです」

「単純に考えれば、単なる男爵家の令嬢と伯爵家を継ぐ娘。どっちがいいかと言われたら、後者よね」


 フローレンスの言葉に、クラスメイトたちが頷いた。


「家としての利は、当然オリビアの方が高いわ。こう言っては何だけど、キャシー嬢に旨味はないのよね」

「フローレンス」


 将来の王太子妃は、クラスメイトたちの前で大きな猫を被るのは、とっくの昔に止めている。

 クラスメイトたちも心得たもので、それを外部に漏らすような愚か者はいない。

 

「だからだろう。ザカリーが君とこのまま結婚するつもりでいるのは」


 公爵令息のセドリックの言葉に、これまたクラスメイトたちは大きく頷いた。


「学園にいる時だけの秘密の恋?でも、それって本当にここを卒業したら終わるのかしら?」

「向こうのクラスメイトたちは協力しているのだろう?それって、卒業しても何かと協力しないか?」

「このままだとオリビア嬢は、いい笑い者になってしまうのでは?」

「笑うでしょうね。婚約者に秘密の恋人がいることも知らずに……といったところかしら」

「秘密の恋人って格好良い感じに言ってるけど、単なる浮気よね?しかも、同じ学年に婚約者がいるのに」


 ざわつくクラスメイトたちの内の一人が、青い顔をして手を挙げた。


「……なぁ、俺、向こうのクラスメイトに婚約者がいるんだけど……」


 その言葉に、クラスメイトたちが一斉に引いた。


「待って、それって、オリビア嬢の婚約者に味方してるってことか?」

「だよな。そうなるよな。だって、俺、彼女からその二人のことを聞いたことないし。隠されているよな。ってゆーか、この間、彼女が『美しくて儚い恋』を応援していますの、クラス皆で協力していますの、とか夢見がちな感じで言ってたのって、これのことか!」

「え?『美しくて儚い恋』?単なる浮気なのに?」


 クラスメイトの言葉に、彼は撃沈した。


「……憧れるって言ってたけど、彼女も浮気したいのかなぁ……」

「それを浮気と認識しているかどうかはともかく、それに憧れて協力するのはどうかと思う」

「……俺、浮気は嫌だ。浮気に憧れてそれに協力してるってことは、彼女も浮気をすることに抵抗がないってことだよね。普通なら止めるべきなのに、それが美しく儚く見えるのなら余計に。このまま結婚したら、いつ浮気されるのかってビクビクしそう。彼女を一生疑ってかかるのは嫌だなぁ」

「そこは、関係性次第じゃないのか?」

「そうかもしれない。でも、俺たち、もうすぐ成人じゃん。そんな年齢にもなって、婚約者がいる男が他の女性に夢中になっているのに憧れるってのは……やっぱ、なぁ」

「いえ、あなたはまだマシです。私の婚約者はザカリー様の友人です」


 近くにいた令嬢が、さらに爆弾を落とした。


「ちょっ!ザカリーのお友達ってことは、浮気推奨派?」

「そのようですね。私も、浮気を許すことは出来ません」


 令嬢の決意に満ちた顔に、クラスメイトたちは彼女がどうするか悟った。

 ……婚約破棄、ですよね?


「それで大丈夫なのですか?」

「オリビア、友人の浮気を応援するような人間に、我が家は用はないのですよ。このまま結婚して、友人が恋人を作ったのなら俺も、という気軽な気持ちで愛人を作られても困りますし、将来、それが禍根になっても困るのです」


 彼女もまたオリビアと同じで伯爵家の一人娘だ。だから、爵位は彼女が継ぐことになっている。


「家に、そんな不安要素しかない男を入れる気はありません。最近はあちらも忙しいとかであまり会えていませんでしたが、どうやらその間はザカリー様とキャシー嬢のことを一生懸命応援していたようですね。えぇ、一生応援していればいいと思いますわ。ですが、そこに巻き込まれるのはゴメンです」


 そう言うと、令嬢はうなだれている青年の方に近寄って行った。


「……もし、婚約破棄をなさるのでしたら、私とはいかがでしょうか?」

「へ?」

「クラスメイトとして、よき友人の一人として今まで接してきましたが、お互いに利はあると思います。いかがでしょう?」

「……うん、それもいいかも。浮気は美しくもないし、儚くもない。そういう価値観は一致してるし」

「まずはお互い、婚約者との関係の清算からスタートですが」

「俺、次男だからそんなに家で期待されてるわけでもないし、多分、あっさり認められるんじゃないかな。でも、ちゃんと順番を守って行動しよう」

「もちろんです」


 共闘関係になった二人に、クラスメイトたちはそっと生温い視線を送った。


「さて、そっちの二人はそれでいいが、中心人物であるザカリーとオリビア嬢のことだが……これってよく考えたら、他家からの内政干渉に当たるのか?」

「あ……!」


 セドリックの言葉に、クラス全員が目を見開いた。


「そうですね。貴族の婚約は、基本的に家同士の契約になります。婚約者がいると分かっていながら、ザカリー様とキャシー嬢の恋愛を推奨し協力するということは、その家同士の契約が間違っていると他家の者たちが真っ向から反対しているということになります。当主でもない学生の身で、しかも直接関係ない他家が、二家の婚姻による政策に反対している、と」

「現に、今、二つの契約が破棄されて、新しい契約が結ばれ掛けている様を目の前で見ている最中だ」

「影響が少なからず出るよな。それをあっちのクラスのやつらは理解しているのか?」


 先ほど婚約を破棄する予定だと言い切った令嬢が、ふっと笑った。


「そこまでではないのでしょうが、自分たちは浮気推奨派だから、そもそも派閥が違う。それが嫌なら婚約を解消した方がいい、と自ら示しているスタンス、ということでしょうか。家同士の契約ゆえに自分たちからは言い出せない。けれど、さすがにそこまで示されたらこちらも動かざるを得ない、それを狙って動いている。そういう解釈でよろしいのでは?」

「多分、ものすごく大げさな感じに言うとそうなる、のかな?浮気派閥って何だ?ってことになるけど、他家による干渉、真っ向からの反対、それを綺麗にまとめたのが美しくて儚い浮気への協力。いや、もう浮気の時点で違うけど」

「仕方ありませんわ。そういう派閥があちらのクラスで形成された、ということですもの。私はその派閥には入りませんが」


 令嬢の言葉に、こちらのクラスメイトたちは同時に頷いた。


「……わたくしも嫌ね。残念ながら、あちらの派閥とは距離を取らせてもらうわ。王太子殿下も一途な方だから、あちらの派閥とは距離を置かれるでしょうね」


 フローレンスのその言葉で、浮気派閥は公爵家並びに将来の王太子夫妻からの支持を得ることが出来なくなった。


「私も無理だな」


 セドリックの言葉で、もう一方の公爵家からも不支持を得た。


「オリビア、あなたはどう?」

「無理です。私も浮気を推奨することは出来ません。父には、浮気推奨派閥が形成されたことと他家からの反対、ということを伝えて、この婚約を解消してもらいます。反対なさるようでしたら、父もまた浮気推奨派だと解釈する、と付け加えたいと思います」

「それでいいと思うわ。二つの公爵家と王家……国王陛下はともかく王太子は反対派です、と伝えるのも忘れないでね」

「はい。皆様、貴重な時間をありがとうございました」


 オリビアが礼を言うと、クラスメイトたちは拍手をおくったのだった。


 


 

浮気に協力したらこう見られるよね、とふと思ったら、こうなりました。

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あとがきにとてもとても頷きながら同意
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