その1 新世界から新世界へ
「ほんまに人が多いなあ。まあ、土曜日だから仕方があらへんし」
大学2年生の花村悠貴は、授業のない土曜日に新世界へやってきた。きちんと整えられた髪形で、カジュアルな服装にスラックスをはいたその風貌は今どきの学生らしさが垣間見える。
ここは、大阪の歓楽街の中でも懐かしさを感じさせる街として全国的に知られている。真正面には、新世界のランドマークである通天閣がはっきりと見える。
悠貴の目指す先もその通天閣であるが、その前にまずは腹ごしらえである。
「おっ、あそこに串カツ屋があるやん! 今日はそこへ行こか」
悠貴は人々が歩いている中を横切りながら、『なみはや串カツ』の看板を掲げた串カツ屋へやってきた。串カツ屋へ入る前に、悠貴はポケットからスマホを取り出した。
「コレクション図鑑にこんだけ動物が集まっとるし、今日も新しい動物を見つけたるわ」
スマホのアプリをクリックすると、そこには『アタラシイセカイ』という位置ゲームの画面が現れた。
スマホの位置登録情報を活用した位置ゲームは、国民的キャラクターを使った位置ゲームが世界的な大ヒットとなって大きな注目を集めた。それ以降、ピンからキリまで数多くの位置ゲームアプリが次々と配信されるようになった。
そんな中、悠貴がはまっている位置ゲームが『アタラシイセカイ』である。これは、人間みたいな格好の動物たちをクリックして集めるものである。悠貴が集めたコレクションには、サラリーマン姿や若者らしい服装をした動物たちがずらりと並んでいる。
すると、スマホをかざすと串カツ屋のそばにサラリーマン姿の犬が現れた。
「あとちょっと、もうちょっとや。あっ! ちょうどいいタイミングや!」
悠貴は、タイミングを合わせて収集しようとスマホの画面をクリックした。そのとき、周りの風景が一瞬真っ白になった。
突然のことに悠貴が戸惑っていると、再びいつもの風景が現れた。その風景は、悠貴が現在いる新世界そのものである。しかし、悠貴の目から見ても明らかに異なるものがある。
「ど、どうなっとるんや……。動物たちが人間の格好で歩いとる……」
悠貴が絶句するのも無理はない。新世界の街を歩いているのは、『アタラシイセカイ』に登場している動物たちである。もちろん、動物たちは人間と同じ服装をして2本足で歩いているのは言うまでもない。
「犬も猫も、熊やライオンも……。一体どうなっとるんや」
もう1つの新世界に戸惑いを隠せないまま、悠貴は昼ご飯を食べるために串カツ屋へ入ることにした。