番外編05:とある聖夜のプレゼント
番外編04ラストから一ヶ月半後くらいの設定です
そのプレゼントを選んだのが偶然だったのか、必然だったのか。
それは真実を知った今でも分からない。
◆ ◆ ◆
薬師見習いの朝は早い。何故なら作業塔で栽培している薬草の世話があるからだ。
作業塔とは王宮内にある王宮薬師とその見習いの仕事場の事であり、見習いは日の出前にそこへ出勤して決められた手順で作業を進めていく。
それなりの種類と量があるため一段落する頃には日が昇りきっており、その頃には先輩薬師も出勤しているため無駄に賑々しくなっているのが常だ。
このルーチンワークは特別な行事のある日だろうが変わらない。
「なあ、ルイン。本当にいいのか?」
「くどいぞアベル」
祭好きな国民が年で最も浮き足立つ聖夜祭の前日、同僚のアベルは三度ルインに問いかけていた。
聖夜祭とは本来この国に聖剣の王、つまり初代国王が生まれた日を静かに祝う祭の事を指す。
といっても数百年の時を越え、それはいつしか家族や恋人達が特別な一日を過ごすためのイベントとして認識される様になり、厳かな雰囲気はどこへやら、一年で最も激しい商戦期と化している。
そんな聖夜祭の日に、同僚を一人残して休む事への罪悪感がアベルはどうしても消えないらしい。
ルインは溜息を吐きながら、言葉を続ける。
「実家の手伝いなら仕方ないだろ。悩むくらいなら今日の仕事をさっさと終わらせた方がいい」
「ルイン……」
アベルはそこそこ裕福な商家の三男坊である。
本来であれば一月は拘束されるだろう繁忙期に、当日の手伝いだけで許されているのは奇跡と言っても過言ではなかった。
「それにウチは俺より嫁の方が忙しくてそれどころじゃないからな」
「ああ、そうか。聖夜祭の式典の警護があるのか」
「年越しにやる式典の準備もあるぞ」
「うげえ、騎士も大変だ……」
その忙しさを想像したのか、アベルは苦虫を噛み潰したような表情で窓から騎士の訓練場を眺めた。
年末年始はとにかく行事が多い。
特に今年は聖剣を携えた勇者が魔王討伐を果たした年であり、聖夜祭自体も例年以上に気合が入っていると聞く。
定常作業は無くならないとは言え、特別忙しくもならないのは広い王宮内でも作業塔の人間くらいだろう。
薬師見習いのルインが日の出前に出勤するのは常の事だが、騎士としてフェリア王女の護衛を勤めるイリアはここ数週間、日付が変わってから帰宅する事の方が多く、まともに顔を合わせて会話をしたのは指先で数えられる程度である。
そんな状況で、城内の仮眠室に泊まればまだ楽だろうに、意地でも毎日帰宅してルインの隣に潜り眠るイリアには呆れを通り越し感心するしかないのだが。
「そう考えるとよく嫁さん休みをもぎ取れたな」
「誕生日だからな」
「へ?」
「明日がイリアの誕生日で、明後日が俺の誕生日なんだよ」
どう足掻いても聖夜祭当日は休めない。だから絶対に翌日――ルインの誕生日だけは何が何でも休むから、ルインも絶対休んでね!と、毎日やり取りする伝言板にこれでもかと言うほど強調されてメッセージ書かれていたのが一月前。
それからと言うもの、怒涛の日々を過ごすイリアの近況報告が次第に「絶対勝ち取る」「負けない!」という最後で締めくくられる様になり、「お前は何と戦っているんだ」と書き込んだのが今朝の話だ。
と言う話をすると、アベルはポカンと間抜けな顔を晒したが一拍置いて納得した表情になる。
「それは……何と言うか、色々すごいが嫁さんが必死で休みをもぎ取りにいく理由は納得した」
「そんな訳だから、こっちは気にせず自分の事だけ考えてろよ」
「ああ、そうするわ……」
そこで漸く会話は途切れ、二人は再び作業に没頭するのであった。
――そうして迎えた聖夜祭の翌朝。
ルインが目を覚ますと隣には満身創痍でピクリとも動かず眠るイリアがいた。
聖夜祭の式典でひと騒動があったと小耳に挟んではいたが、案の定それに巻き込まれていた上に応急処置だけ施して帰宅しているらしい嫁に、これはまた今日もお説教コースだなとルインは嘆息する。
ぐったりした様子で、それでもルインの寝巻きの胸元を掴むイリアの手を取り、解けかけている包帯を外す。
そこから覗いた切り傷に向け、枕元の棚にある薬箱から取り出した消毒薬を塗りこむと、声になら無い悲鳴が上がった。
「――っ、痛い!痛いよルイン!酷い!あと、おはよう!」
「ああ、おはようバカ嫁。安心しろ本番はこれからだ」
「鬼――――――――――!」
今日も今日とて新婚ほやほやのハーゲント夫婦は朝から絶好調である。
そうして全身くまなく治療されたイリアがソファの上でぐったりする傍ら、ルインは黙々と一日遅れの誕生日会の準備を進める。
といっても、昨日仕事帰りに寄った実家でもらった料理を温めながら一品、二品作るだとか、街で買っていたケーキを切り分けるだけなのだが。
「年末年始、行事はまだまだこれからだって時に無理しすぎなんだよ。酒類は禁止だからな」
「えええ、漸くルインと飲めるって楽しみにしてたのに……」
「自業自得って言葉知ってるか?酒なんて此れからいつでも飲めるだろ。今日くらい安静にして反省しろこのバカ」
「はーい……」
自分でも無茶をした自覚はあるのか、それ以上反論する事なく大人しくなったイリアは、暫くすると小さく寝息を立てだす。
「……少しはこっちの身にもなれ」
彼女の小さな身体にブランケットをかけ、その頬を優しくつねりながらルインがそう小さく零した事を、イリアは知らない。
「イリア、そろそろ起きろ」
「んん……?」
予定していた外出を取りやめ居間のソファで眠る嫁を眺めながらゆったりと午後を過ごしたルインは、日が傾きだした頃合いを見てイリアを起こす。
寝起きでぼやける目をこすりながら上体を起こしたイリアは、胸元からポトリと落ちた袋を緩慢な動きで拾い上げた。
「なに、これ……?」
疲れが抜けきれていないのか、尚も覚醒しきれずにいるイリアに視線を向ける事なくルインは淡々と告げる。
「プレゼントだ」
「三つあるけど……」
「三年分だからな」
ハッとした様にイリアは三つの包みを覗き込む。
そこには、最近買ったばかりの真新しい包装の袋と、少し草臥れている袋、そしてそれより更に少しだけ草臥れた袋があった。
「本当に、買ってくれてたんだ……」
「俺がお前にくだらない嘘を付く訳ないだろ」
「そっかあ……」
――二年と少し前、イリアは勇者として魔王討伐の旅に出ていた。
《俺からの今年のプレゼントはお預けだ》
《なんで!?》
《旅の邪魔になるだろ。欲しいなら、さっさと全部片付けて早く帰ってこい》
イリアが旅に出ている間、二人は定期的に、周囲が呆れるほど小まめに手紙のやり取りをしていたのだが、その中でこうしたやり取りがあったのだ。
二人の誕生日は聖夜祭と被るため、幼い頃から“二倍の気持ちをこめたプレゼント”を贈り合う約束をしている。
この手紙のやり取りを経て、イリアが俄然魔王討伐に燃えたのは言うまでもない。
「いいから早く開けてみろ」
「うん」
ルインに促され、イリアはまず二年前のプレゼントの紐を解いた。
「――――!」
その中身を見た瞬間、目を見開いたイリアは時が止まった様に固まり、息を呑む。
そして恐る恐る、一年前のプレゼントに手を伸ばし、その紐を解いた。
「ルイン、これ」
「……俺自身、結構驚いたんだけどな」
イリアの瞳と同じ琥珀色をベースに緋色の混ざった小さなトンボ玉があしらわれたペンダントとイヤリング。
――奇しくも、かつて勇者だったルインが、旅先から帰りを待つイリアに贈ったそれと同じデザインのものだった。
「うう――」
「おい、泣くなら最後まで開けてからにしろよ」
「だってえぇ―――」
そうグズグズ言いながらもイリアは最後の、今年のプレゼントの袋を開ける。
中にあったのは、ルインの瞳と同じ萌木色のトンボ玉をあしらったブレスレット。
「流石に三年連続で同じ色だと気持ち悪いし、気分も悪いからな」
少し早口で補足するルインに、イリアは相変わらず泣きながらも柔らかく笑う。
「……でもきっと、あの時のルインも同じ事してたと思うよ」
「…………」
「だってルインはルインだもん」
そうしてありがとう、と三年分のプレゼントを大切に抱きしめるイリアから視線を外し、ルインはややぶっきらぼうな声音で「そっちのプレゼントはどうしたんだよ」と話を逸らす。
ルインの言葉に慌てて寝室に駆け出すイリアに呆れながらも、その明るい様子にルインは小さく安堵する。そして。
「まあでも、今年こそは指輪のつもりだったんだけどな」
とうとう一度も叶わなかったそれに、ルインは僅かに苦笑した。
◆ ◆ ◆
「なあ、それってそこそこ値段するやつじゃないか?」
「個人で持ってきた金から出してるから安心しろ」
街に巣食う魔物が討たれ、微かに活気が戻りだした昼下がりの露天市。
背後から話しかけてきた魔術師のサリエと、その隣に居る賢者フェリアに振り向くことなく青年は答える。
その手にあるのは、琥珀色をベースに緋色の混ざった小さなトンボ玉があしらわれた女物のイヤリング。
「こういうのは自分の金で買うものだろう」
「うわ~ガイル並みに真面目だなあ。一つくらいらな別に経費から出しても問題ないない」
「それ、私の前でよく言えますね?それにしても素敵なトンボ玉の装飾品だわ。ひょっとして手紙の彼女へ聖夜祭のプレゼントですか?」
「何故それを知ってるんだ」
仲間の中でもよく喋る二人組に絡まれ、青年の眉間の皺が徐々に深くなる。
「あれだけ頻繁に伝書鳥を飛ばしてりゃ誰だって気付くって」
「…………」
手紙の彼女、つまり青年の幼馴染を指すのだが、二人は青年が出立前に購入した専用伝書鳥を使い、そこそこの頻度で連絡を取り合っていた。
元々城下町に住む一般市民だった青年が、小さな小屋が建つほど高価な伝書鳥を使っていれば、共に旅する者が気にならない訳が無いだろう――サリエが言っているのは、そう言う事だった。
「へえ、東国の装飾品か。俺も愛しの婚約者殿へ贈るかなあ」
特に隠していた訳でもないが、それでも積極的に言うものでもない事を暴かれ不快感を露にする青年の視線を流し、魔術師サリエはコロコロと話題を変えていく。
「ああでも、他の露天も見てみないとな!……と言う訳で、後は頼むよ勇者殿!」
「は?」
「ちょっと色々見てきま~っす!」
どう言う訳だと青年に突っ込む暇も与えず、一人盛り上がりながらサリエはそそくさと人ごみへ消えていく。
元々そのつもりだっただろうが――と、賢者こと王女の護衛を押し付けられた青年は嘆息した。
そうしてイライラを隠しもせずプレゼントの会計をする青年の様子に、可笑しくてたまらないと賢者フェリアは肩を震わせる。
「ふふ、お荷物を増やしてごめんなさいね。貴方の様に私も贈ってくれる素敵な誰かさんがいれば良いんですけどね。羨ましいわ」
「…………」
前々から思ってはいたが、旅を共にしてる仲間達から青年は小さな弟か、あるいは玩具の様に扱われている気がしてならない。
目の前の行商人から向けられる生温い視線も相俟り、ふつふつと怒りがこみ上げてきた青年はささやかな意趣返しをする事にした。
「賢者殿はこの行商人に贈ってもらえばいいでしょう」
「「え」」
青年の突然の提案に、賢者フェリアと行商人が同時に固まる。
仲間達が伝書鳥の存在に気付いていたと言うのなら、青年とて東国から来たと言う目の前の行商人が、姿を変えながら“勇者一行”に随行している事に随分前から気付いていた。
「この街でも今夜の聖夜祭はダンスがあるらしい。アンタ、賢者殿の護衛か何かだろう。どうせ賢者殿も今は変装しているんだから、去年みたいにコソコソ隠れて踊らず二人で堂々と踊ってくればいい」
あと商品のレパートリーをもっと増やした方がいいと思うぞ――と、いくつかの爆弾を放り投げられ呆然とする行商人に賢者を押し付けた青年は、伝書鳥を飛ばしやすい丘を目指し歩き出した。
「流石に芸が無さすぎるから、来年は違う色にするか」
手にしたプレゼントの包みに手紙を差し込みながら、青年は未来に思いを馳せる。
――この時、青年達が滞在していたのは魔王が支配下にある地の手前にある最後の街だった。
既に自国へ侵略していた各地の魔物達を討ちながらの旅だったため随分と時間がかかってしまったが、これから先は短期決戦になる事を仲間の誰もが覚悟していた。
不安が全くない訳ではない。けれど、自分を育ててくれた城下町のみんなや、この旅で出会った人々を魔族の脅威から守るため――そして何より、あの眩い笑顔を再び見るために青年は何度も奮い立つ。
結局三年も遠回りする羽目になってしまったが――。
「来年こそ、イリアに」
黄昏時の空に消えゆく伝書鳥を見送った青年は、幼い頃から抱いてきたプレゼントという名の目標を今年も胸に仕舞い込み、己の進むべき道を再び歩み出したのだった。
聖夜祭の日にプロポーズしたかった青年のはなしでした。
ちなみに行商人はお察しの通り苦労人のクラウスくんです。
みなさまよいクリスマスをお過ごしください!