正義の戦いに巻き込まれる少女達
毎度、トラブルに巻き込まれるヤヤ達です
「今更だけど、どうしてあちき達って捕まってるの?」
較の言葉に、良美が普通に携帯ゲームをやりながら言う。
「あたし達って捕まってたの?」
小さくため息を吐く較。
「取り敢えず。鉄格子が嵌った部屋に閉じ込められて、ドアに鍵が掛かっているのは、閉じ込められてるって言っても問題ないと思うよ」
良美は、ゲームから目を離さず答える。
「明日は、朝から空手部の練習に参加するから、よろしくね」
較が周囲を見回して言う。
「寝るのは、ソファでも良いよね?」
嫌そうな顔をする良美。
「体に疲れが残るのは、嫌」
較は、立ち上がり、ドアをノックする。
すると、一人の男性がドアを開けて言う。
「何のようだ?」
較がすまなそうに言う。
「出来たら、今日中に家に帰りたいのですが、どうにか出来ませんでしょうか?」
その男性が頭をかきながら言う。
「おまえら、現状を理解してるか?」
較が複雑な顔をして言う。
「誘拐等だったら、お金を支払えば良いんですけど、そうじゃないんですよね?」
男性が呆れた顔をして、手に持っていた大斧を較の首筋に当てる。
「解っているのか? お前達は、敵のスパイとして疑られているんだ。今は、重要な時なんだから、殺しちまえば良いと思ってるんだがな……」
男性が言葉を濁すと、一人の少女が現れて言う。
「いけません、我々、ムーンセイバーは、ムーンチャイルドを狩る崇高な使命を持つ者です。必要の無い、殺害を行うわけには、いきません」
少女の言葉に男性が較達、特にこの状況でものんきにゲームをやっている良美を睨み吐き捨てる。
「こんな何にも知らない馬鹿なガキどもの所為で、俺達の苦労が台無しになったらたまらねえよ! こいつらが、何にも考えず遊んでるときに俺達がどんな思いをして化け物と戦ってると思ってるんだ」
今度は、較が呆れた顔をして言う。
「この人とは、まともな交渉が出来そうもありませんね。あちき達は、貴方達の争いに干渉するつもりは、ありません。ですから開放してください。それに伴い、損害が出るのでしたら、あちきが払います。これでもお金は、持っています」
「なんだと!」
怒鳴る男性を抑えて少女が言う。
「あなた達が、本当にムーンチャイルドと関係ないことが判断つかない限り、開放できません」
「それでしたら、携帯を返して下さい。あちきの身元を保証してくれる人に連絡します」
較の答えに少女が首を横に振る。
「それは、出来ません。それに、あなた達の事を判断するのに丁度良い能力を持つ仲間が居ます。その人が来るまで待ってください。それで、問題ないと解れば、開放しますので、もう少しお待ち下さい」
「了解。出来たら、彼女の分だけで良いから食事を用意して貰えませんか?」
較が諦めた表情で言うと、良美が手を上げて言う。
「あたしは、肉が食いたい。高い奴でなくて良いから、二人前は、頼むな」
「ふざけるな!」
再び怒鳴る男性を抑える少女に較が万札を渡す。
「すいませんがお願いします」
頭を下げられて、少女が戸惑いながら頷く。
「俺は、ああいう、何にも知らないガキが一番嫌いだ」
自分達の待機室に戻った男性の言葉に、コーヒーを飲んでいた青年が答える。
「現実感が無いのでしょう。それより、彼女達のご飯ですが、どうしますか?」
少女が、傍に座っていた少年にさっき受け取ったお金を渡して言う。
「これで買ってきて下さい。ついでに私達の分も」
少年が嬉しそうな顔をする。
「久しぶりに豪勢なご飯食べれるね!」
苦笑する青年を横目でにらみ男性が答える。
「全部、今度の作戦の為の準備にお金が掛かったからだ。今度の作戦が成功すれば、本部も予算を追加してくれる。そうすれば、もっと良いもん食える」
少女が嗜める様に言う。
「私達の求めるのは、そんな事では、ありません。世界の平和の為の戦いなのです」
男性は、そっぽを向いて言う。
「解ってるよ!」
青年が間に入るように言う。
「まあまあ、たまには、良い物を食べた方が、士気があがりますよ、頼むよ」
少年は、頷き、買出しに向かう。
それを見送った後、少女が小さく溜息を吐く。
「それにしても、どうして彼女たちは、結界を素通り出来たのでしょうか?」
青年が肩をすくめる。
「解りません。確かにあの少女達が言うように、ショッピングの途中に通りそうな道でしたが、人避けの結界を張ってありました。普通の人間だったら、近づかない筈なのですが?」
男性が苛々しながら答える。
「だから、今すぐ殺してしまえば良いんだ。ムーンチャイルドを一網打尽にする重要な作戦をあんなガキの所為で失敗できない!」
少女が強い意思を籠めた目で答える。
「人に害をなすムーンチャイルドを倒す為に人を殺していては、本末転倒です。私達の正義を護るためにも、ここは、慎重な行動が大切なのです」
「相変わらず、立派な言葉ね」
ドアに一人の女性が立っていた。
少女が立ち上がる。
「待っていました。貴女の精神感応能力で、作戦区域に入った少女達の精神を読んで貰いたいのです」
女性が頷く。
「了解、もう直ぐ作戦開始だから、急がないとね」
そして、少女たちは、較が待つ部屋に向かう。
「無理やり脱出しちまえば良いだろう?」
良美の言葉に較が疲れた顔をして答える。
「普段から問題を起こしてて、上から目を付けられてるから、強引な方法をとりたくないの。これ以上、希代子さんの苦労を増やしたくないからね。少しでも穏便な方法で済ませたいの」
良美がゲームに戻りながら言う。
「大変だな」
較が横目で言う。
「まるっきし他人事みたいに言ってるけど、ヨシにも原因があるんだからね」
良美が気にした様子も無く言う。
「そう言う台詞は、一人で動いて暴走しない様になってから言ってね。この前も、あたしを置いて、一つの組織を潰したの誰?」
反論出来ない較であった。
そこに、少女達がやってくる。
「お待たせしました。こちらの女性にあなた達の精神を読んでもらい、ムーンチャイルドに関係ない事を確認させて貰います」
にこやかな顔をして女性が較達に近づくが、較が頭痛を堪える様に言う。
「すいません、あちき達の精神を読むのは、止めた方が良いですよ。絶対にそっちの女性の人が大変な事になります」
男性が大斧を持つ手に力を籠める。
「ほー、やっぱりムーンチャイルドの関係者だな!」
少女が手で制しながら言う。
「こちらも大切な作戦の途中なのです。止めるわけには、いきません。お願いします」
女性が頷き、較達に近づく。
最初に較の額に手を置く女性だったが、直ぐに眉をひそめる。
「この子は、駄目ね。強固な精神防御が恒常的に張られてるわ」
少女の目も鋭くなる。
女性が良美の方に近づき、額に手を当てる。
「こっちの子は、大丈夫ね」
その手を押さえて較が言う。
「これは、忠告です。ヨシの過去を読むのは、止めた方が良いです。これは、貴女の為に言っています」
その較の腕に向かって大斧を振り下ろす男性。
「邪魔をするな! お前達が何を隠してるか、直ぐに解る!」
大斧が到達する前に手を引いた較が溜息を吐いて言う。
「どうなっても知りませんよ?」
女性が言う。
「それじゃあ、調べるわね」
女性は、目を閉じて、良美の過去を覗き始める。
「確かに、作戦区域に入ったのは、偶然みたいね。ムーンチャイルドとも、関係ない」
少女が安堵の息を吐くが、男性は、油断しない。
「もっと過去を調べろ。もしかしたら、かなり前からムーンチャイルドに操られている可能性があるかもしれない!」
女性が頷き、更に過去を調べると、女性の表情が引きつる。
「冗談でしょ……」
次の瞬間が、大声を上げて、女性が床を転げ回る。
「よくもやりやがったな!」
男性が良美に大斧を振り下ろす。
較がその大斧を素手で受け止める。
「落ち着いて、ヨシは、何もしてない。あちきは、事前に忠告もしたよ、ヨシの記憶を精神感応で読み取れば、こうなる事は、十分に考えられた」
必死に大斧を較の手から取り戻そうと苦悶の声を上げる男性を横目で見ながら少女が言う。
「どういうことですか?」
較は呆れた顔をして言う。
「死ぬかも知れない苦痛を味わった記憶を感覚と一緒に読み取れば、その苦痛を読み取った人間も感じることになる。それだけだよ」
女性を押さえつけていた青年が、女性の頬を叩く。
「落ち着け、力を止めるのだ!」
暫く苦悶した後、女性が死相を浮かべながら青年を見る。
「あたしは、生きてる?」
青年が頷く。
「死ぬわけ無い。それより何を感じたのだ? 事故死した人間の記憶を読んでも耐えたお前が、こんなに成るなんて?」
女性が首を振る。
「この苦痛に比べたら、トラックにひかれるなんて膝をすりむいたものよ。自分の全身が否定され、言葉に出来ない苦痛が絶え間なく襲い続ける。何で耐えられるのよ!」
良美が平然と言う。
「慣れだな」
驚愕した目で良美を見る女性に、少女が近づく。
「それで、何者なのですか?」
その一言に現状を思い出した様に女性が較を見て叫ぶ。
「早く逃げて! それは、化け物、あたし達が勝てる存在じゃない!」
男性が較を睨みつける。
「ムーンチャイルドか! ここで俺が倒してやる!」
較が溜息を吐く間も女性が必死に叫ぶ。
「駄目なの! 人が争ったらいけない物なのよ! ムーンチャイルドなんて、その化け物に比べたら子犬みたいな物なんだから!」
驚いた顔をして少女が言う。
「どういうことですか? ムーンチャイルドより恐ろしい物なんて、存在するのですか!」
場の雰囲気を読まない良美が手を上げる。
「さっきから気になってるんだけど、ムーンチャイルドって何なんだ?」
較が即答する。
「簡単に言えば、古代の魔法使いが月の魔力を使って作ったキメラ。技術の喪失と共に、高度な知能と人食性を持って開放されたそいつ等を狩るのが、この人達、ムーンセイバーなんだよ。確か、大元は、キリスト教の一派だったと思ったけど」
「どうして、私達の事を知っているのですか?」
少女が更に困惑する中、較が答える。
「あちきは、八刃の一家、白風の次期長、白風較。八刃は、異邪に関すること以外は、承認された仕事と正当防衛以外では、この世界の争いに関与しない事になってる。だから、怖がらなくても良いよ」
「ホワイトハンドオブフィニッシュ(必殺の白手)、そんな化け物とこんな所で会うなんて……」
青年の呟きに少女が聞き返す。
「知っているのですか?」
青年が恐怖に顔を引きつらせながら答える。
「はい。異界からの化け物を退治する人外集団、八刃の盟主、白風の後継者で、地上最強の攻撃力を持つ物と言われる、同じ空気を吸う事すら危険な化け物です。これだけ怖がるのも頷けます」
震える女性を強く抱きしめる青年。
男性が怒鳴る。
「ふざけるな、こんな小娘に何が出来るって言うんだ!」
「斧を一つ、取り戻せない状態で言っても説得力無いよね」
良美の突っ込みに男性が怒鳴る。
「本気を出せばこんなガキ、直ぐに殺してやるよ!」
その時、買い物に行っていた筈の少年が体中から血を垂らしながら戻ってくる。
「皆、逃げて、結界が破られた。ムーンチャイルドが全部こっちに向かって来る……」
倒れる少年を慌てて抱える少女。
「しっかりして!」
次の瞬間、壁が砕けて、通常の生物とは、異なった、大きさと形態をした獣達が襲ってくる。
少女達が死を覚悟した時、較が空いている手を振るう。
『フェニックスレフトウイング』
炎が巻き上がり、化け物、ムーンチャイルドを焼き殺して行く。
較は、斧を男性ごと押し返して言う。
「これは、正当防衛ですから、文句は、受け付けませんよ」
較がムーンチャイルドの群れに突っ込む。
四方八方から攻撃が来る。
『アテナ』
その全てを自分の体で受ける較。
少女達が較の死を確信した時、較が動く。
『トールサークル』
較の電撃が篭った回転蹴りが、ムーンチャイルド達を消滅させていく。
飛べるムーンチャイルド達が上空に逃げ出そうとするが、それより先に較の手が地面につく。
『ナーガ』
地面が盛り上がり、飛び上がろうとしたムーンチャイルド共々、残ったムーンチャイルド達を地面に巻き込む。
愕然とする少女たちを気にせず良美が較の横に行く。
「今日買ったばっかの服が、駄目になったね」
「大丈夫、いざって時の事を考えて二着買ってあるから」
較が平然と答えて、部屋に戻ると、穴だらけの服を脱いで、新しい服を着る。
「あちき達は、帰るけど問題ないね」
較の言葉に、強気だった男性も、反射的に頭を縦に振る。
しかし、少女は、気丈に告げる。
「あなた達は、何者なのですか! それだけの力があれば、多くの人を助けられる筈!」
較が軽く頭をかいて言う。
「あちきは、白風較。貴方達みたいな正義の味方でもなければ、世界征服を企む大悪党でもない。自分と自分の周りの人間の平和を護る、それしか考えない身勝手な人間」
そのまま去ろうとする較に少女が悔しげに言う。
「どうして、どうして、貴女みたいな人間にそんな強い力があるの! もしその力が私にあったら、仲間を失うことが無かったのに!」
較は、大きく溜息を吐いてから振り返る。
「あちきが生まれた時から強いと思った?」
青年が恐怖を籠めて答える。
「人外でしょ?」
頭をかきながら較が答える。
「質問を変更、あちきは、自分の力の無さに嘆かないことが無いと思う?」
少女が涙目で答える。
「それだけの力があれば、誰にも負けないでしょう!」
較が遠くを見ながら言う。
「あちきね、自分が強いとなんて思った事は、無いよ。あちきより強い人も存在も幾らでも居る。それでもあちきは、大切な者を護りたいから努力を続けている。その時に力の無さを嘆かなくても良いように。それでも、力が足らないときなんて幾らもある。どうしても勝てない敵が居る。だから更に努力する、それだけだよ」
意外な言葉に少女達が戸惑っていると較が続ける。
「戦いにおいて、相手より自分の力が勝ってるなんて幸運が続くなんて思ってない。だけど、戦わないといけない時がある。その時に大切なのは、自分の意思。どんな方法を使っても勝ちたいとよく言うけど、それは、間違い。方法次第では、更なる犠牲や戦う意味すら失う。自分の戦う理由を理解して、それに一番あった戦い方を選ぶ。それこそが戦いで一番大切なことだと思うよ」
そんな較の頭をポンポンと叩きながら良美が言う。
「こんな偉そうに言ってるけど、少し前までは、無意味に、強さを求めてた、バトルクレイジーだったんだよ」
苦虫を噛んだ顔をして較が言う。
「そういうことをばらさないでよ」
そして、較達が去っていく。
「結局、あの人達って何者だったんですか?」
少年の質問に、少女が複雑な顔をしていると、青年が答える。
「我々とは、住む世界が違う生き物ですよ」
そして、男性が続ける。
「強いからいい気になってるだけさ」
それをきいて女性が答える。
「あたしは、あの化け物より、一緒に居た少女の方が信じられない」
少女が不思議そうな顔をして言う。
「どういうことですか?」
女性が思い出したくも無いって顔をしながら答える。
「あの子、普通の女の子だった。でも親友である、あの化け物が神獣に侵食されない為だけに、あの子の肉を食べて、運命共同体になったのよ。そして、あの化け物が神獣の力を使うたびに、この世の物とは、思えない激痛を味わっているの。そのうえ、あの化け物がゴジラと大差ない生き物だって知りながら、普通に隣を歩いている。相手のそんな意思も無く、ちょっとした弾みで殺されるのが解っていてそんなこと出来るなんて、まともな神経をしていないわ」
「凄い人達だったんですね」
少年が率直な感想に男性が睨む。
しょげる少年の頭を少女が撫でて言う。
「その通りなのかもしれません。私は、自分の力不足を嘆いてしまいました。愚かにも力に嫉妬して。でも、私には、護りたい正義があり、貴方達の様な心強い仲間が居ます。必要なのは、ただ、努力する事だけだったのです」
複雑な顔をする大人達を他所に少年が少女に抱きつく。
「僕も頑張るよ!」
こうして、ムーンセイバー達の結束が更に強まるのであった。
『また、トラブル起こしたのね』
「ごめんなさい!」
希代子さんからの電話に、ひたすら謝るしかない較であった。




