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前世で裏切られたので王族との結婚は望みません  作者: gacchi(がっち)


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26.始まりの地

帰る前に観光してきたらと勧めてくれたのはマリージュ様だった。


「観光、ですか?」


「ええ。もうすぐ帰ってしまうのだし、

 少しぐらいこの国を観光してもいいんじゃないかと思って。

 ルーニアには、アステカニア王国の始まりの地があるのよ」


「アステカニア王国の始まりの地、ですか?ルーニア国に?」


「ええ。アステカニア王国の初代国王と聖女は、

 もとは遠い国の貴族令息と聖女だったそうよ。

 王族との結婚を嫌がった聖女を連れて逃げてきたのだけど、

 その時にルーニアを通ってアステカニアへと行っている。

 旅の途中で寄った聖なる滝で愛を誓って、二人は結婚したの。

 だからアステカニア王国の始まりの地と呼ばれているのですって。

 涼しいし、あまり人はいないし、綺麗な所だし、せっかくだからどう?」


そんな観光地があるなんて知らなかった。

なかなか隣国に来ることなんてないのだから、行ってみようかしら。


「ここから、どのくらいの距離ですか?」


「馬で一時間ってところかしら。遠乗りくらいの距離?」


「ユリアスはどう思う?」


「俺は行ってみてもいいと思う。

 そう何度も他国へと来れるわけじゃないし、

 アステカニア王国の始まりの地だというなら見てみたい」


「そうよね、涼しそうだし、行ってみたいわ」


「ふふふ。とてもいいところよ。

 私もこの国に来てすぐに陛下に連れて行ってもらったのだけど、

 とても素敵な場所だったわ。二人も楽しんできてね」


そう言われてマリージュ様に送り出され、

王宮の裏側から王家専用の道を使って聖なる滝へと向かった。



「見えてきた……って、思ったよりも大きいな。」


「滝が見えるけど、その下がまるで湖みたいね。

 川だと思ってたけど、湖なのかしら」


聖なる滝というから、崖の上から滝が流れてきている川なのかと思っていた。


それが、山の上から滝になっているのは予想通りだが、どこにも川が見当たらない。

湖に滝が落ちてきている状態で、この水はどこへ流れて行っているのだろうか。


ユリアスの手を借りて馬から降りると、思った以上に湖が大きいのがわかる。


近づいて見ると、澄んだ水が綺麗で、湖の底の方まで見えた。


魚がいないことも考えると、綺麗すぎて生き物が住めないのかもしれない。

聖なる滝という名からしても、精霊が宿っている場所なのだろう。



「ロージー、マリージュ様が水属性なら願いを叶えられるって言ってた。

 水の精霊が宿っている場所らしい。

 ロージーが願えば聞いてもらえるんじゃないか?」


「願い事?祈ればいいのかしら」


湖を見渡すと、きらめいている湖面が少しだけ震えるように見えた。


あぁ、本当に精霊が来ているのかもしれない。


湖のすぐ近くまで行って、跪いて祈りをささげる。

精霊への感謝を捧げた後、願い事を思う時に少しだけ胸が苦しくなった。


何事もなく、平穏な生活に戻れますように……。


そう願った瞬間、湖から伸ばされた大きな手のひらに捕まえられ、

そのまま水の中へとさらわれた。


「ロージー!!」


あわてたユリアスが私を掴もうとした手は届かず、

そのまま引きずりこまれるように、音もない湖の底に連れて行かれた。




どうしてこんなことに?


周りを見渡すと、薄暗い湖の底、透明な膜のようなもので包みこまれている。

繭のような卵のような?大事に守られているような感じにも見える。


息は苦しくない……けれど、水の冷たさが身体にしみこんでくる。


これは精霊のいたずら?

だとしたら、何か精霊の気を引くような行動でもしてしまったのだろうか。


(気が付いていないようだね)


精霊の声?

どこからか語りかけてくる声が聞こえる。

男性でも女性でもない、だけど静かで落ち着いた声。


(魂が傷ついたままになってる。だから、心が閉じているんだ)


魂が傷ついたままというのは前世のこと?

心の傷になってるのが魂の傷?


心が閉じているというのはよくわからないけれど……。


(ここにいて、魂を休めたら傷は治る。そうしたら綺麗な魂でやり直せる)


ここで魂を休める?

精霊に囚われたら軽く数百年経ってたってこともあるそうだけど。


ここにいて傷を癒せってこと?

だけど傷を癒して綺麗な魂になったとして、

その魂はもう私では無くなってるのではないの?


(それが何か困るの?平穏無事な人生が待っているよ?)


そんなことは望んでいないわ。


(あなたの望みは何事もない人生なのでしょう?)


あぁ、そういうこと。私がそんな願いを思ったから。


何事もなく平穏な人生……本当にそんなことが望みなのだろうか。

今までの人生を捨てて、また一から綺麗な魂となって生きる。

そんなのは嫌だわ……。


私の願いは……。


湖面を見上げると、遠くにユリアスが見えた。

何度も潜ってはここまで届かず、一度湖面に戻ってはまた来ようとしている。


ユリアス!


(あの者が来るのを待っているの?)


待っているのかしら。ここに助けに来てくれるのを?

ユリアスならいつも助けてくれるから?


助けてくれるから待っている?

違うわ……私がユリアスのそばじゃないと嫌なのよ。


もう身体が冷え切って、ユリアスの腕の中の暖かさが恋しかった。

何があっても大丈夫だって思える安心感も、ユリアスの腕の中だったから。


ユリアスが潜って近くまで来るたびに必死で手を伸ばす。


透明な膜を破れずに、ここから出ることができない。

近付いたユリアスが息が続かなくて苦しい表情に変わって湖面に戻っていくのを、

ただここでずっと見ているだけ。


「精霊様、私を帰してください。ここから出して、

 彼の、ユリアスの所へ戻してください。」


(それがあなたの願い?本当の願いはそれじゃないよね?)


「願いは自分で叶えます。だから、傷ついた魂のままでいい。

 ユリアスの所へ戻してください」


(じゃあ、好きにするといいよ)


もう何度目だろう。ユリアスが必死になってここまで潜ってくる。

もう少し、手を伸ばしたら届く。あともう少し……お願い、届いて。


ユリアスと私の手が膜越しにふれると、膜はふわっと消えた。


伸ばした手の腕をつかまれて、ユリアスと一緒に湖面に戻っていく。

きらめいている光へと近づくように、上へと引かれていく。


湖面から顔を出すと、そのまま抱きしめられた。


濡れたドレス越しにユリアスの体温が伝わってくる。

はぁはぁ息を切らしているユリアスが何も言わずに抱きしめてくれるのを、

背中に手をまわしてぎゅっと抱きしめ返した。


「……良かった。精霊に奪われてしまうかと思った」


「……私も、怖かった。

 もう二度と会えなくなるんじゃないかって。

 あきらめないで助けに来てくれて、ありがとう」


「あきらめるなんて!

 俺がロージーをあきらめられるわけなんてない。

 ずっとそばで守るって言っただろう」


「……うん、助けてくれてありがとう」

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