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第3話 この町、太客がいないんだが?

銀貨七枚。

昨日、商人三人組が落としていった売上である。

店主はあのあと、閉店までずっと銀貨を数えていた。

数えるほど枚数ないだろ、と思ったけど言わなかった。

人には大事にしたい時間がある。

店主にとって昨日の銀貨七枚は、たぶん人生のハイライトだったんだろう。

いや、人生のハイライトが銀貨七枚なの、さすがに悲しすぎない?


「ミリア、昨日の売上なんだがな」

「はい」

「銀貨七枚と銅貨九枚だ」

「へえ」

「すごいだろ!」

「すごい……んですか?」

店主が固まった。

リリも固まった。

入口横の見守り席で薄いエールを飲んでいたボルザまで、なぜか固まった。

なんでお前も固まるんだよ。

売上貢献、銅貨三枚だろ。

てかお前毎日いるけどそれでいいのか?


「すごいに決まってるだろ!一日で銀貨七枚だぞ!?」

「いや、こっちの金銭感覚がまだわかってなくて」

「金銭感覚?」

「はい。銀貨七枚がすごいのか、やばいのか、ギリギリなのか、全然わかんないんですよね」

私は腕を組んだ。

異世界に来て三日目。

剣は使えないし魔法も使えない。

胸も前世より減った。

そして今さら気づいた。

この世界の物価、何もわからない。

終わってる。

元キャバ嬢以前に、社会人として終わってる。

でもしょうがないじゃん。

昨日までゆかとして生きてて死んでたんだから。

転生直後に物価表を渡せ。チュートリアル不親切すぎるんだわ。

「おじさん、ちょっとこの世界のお金のこと教えてください」

「お金?」

「そうです。この店、銀貨七枚で泣きそうになってたじゃないですか」

「泣きそうにはなってない」

「なってましたよ。顔が完全に娘の結婚式でした」

「そんなにか?」

「そんなにです」


店主は咳払いをした。

ごまかすな。

銀貨を握って震えてたぞ。

「この辺で使われてるのは、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨だな」

「白金貨」

急に強そうなの来たな。

白金貨。

いい響きだ。

前世でいうプラチナカードみたいな匂いがする。

だいたい面倒くさい客が持ってるやつ。

「鉄貨十枚で銅貨一枚。銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚。金貨百枚で白金貨一枚だ」

「急に銀貨から金貨の間、遠くないですか?」

「金貨なんて普通は見ねえからな」

「普通は見ない?」

「この町じゃ、大きな取引でもなきゃ出てこない。白金貨なんて、俺は一度も見たことねえ」

「え、おじさん何歳ですか?」

「四十七だ」

「四十七年生きて白金貨見たことないんですか?」

「悪かったな!」

いや、悪くはない。

ただ、思った以上にこの町が庶民だった。

「じゃあ、鉄貨って何に使うんです?」

「屋台の串焼きとか、安いパンとか、ジュースだな」

「銅貨は?」

「薄いエール一杯、安いつまみ、小さい飯」

「銀貨は?」

「まともな飯、宿代、そこそこの酒。銀貨一枚使えば、この町じゃまあまあ良い客だ」

「銀貨一枚で?」

「良い客だ」

「銀貨一枚で良い客扱い?」

「そうだ」


私は天井を見た。

終わった。

この町、客単価が小動物すぎる。ち〇かわでももう少しお金持ってそうだ。

銀貨一枚で良い客。

銀貨七枚で奇跡。

金貨は一生の思い出。

白金貨は都市伝説。

ダメだ。

この市場、狭い。

「ちなみに、ボルザさん」

「なんだ」

「昨日の支払い、銅貨三枚ですよね?」

「そうだ」

「この店では?」

「昔からの常連だ」

「金額の話をしてるんですけど」

「昔からの常連だ」

会話が成り立たない。

薄めたエールで壊れてしまったようだ。


私はそっとボルザの頭上を見た。

【名前:ボルザ】

【職業:銀の鹿亭の番人(自称)】

【昨日の売上貢献:銅貨三枚】

【本人の気持ち:店を支えた】

【会計への認識:名誉で相殺】

【クソ客度:B】

名誉で相殺するな。

名誉は会計に使えないんだわ。


「ボルザさん、銅貨三枚って薄いエール一杯ですよね?」

「そうだ。だが俺は店を見守っている」

「見守り代を払ってください」

「なぜ俺が払う」

「こっちのセリフなんですよ」

リリが横で小さく笑った。

笑った。

おお。

リリが笑った。

耳もぴこっと動いている。

やっぱりこの子、表情より耳の方が正直だな。客に見つかったら確実にいじられる。守ろう。耳を。

「リリは普段、どれくらいのお客さんを相手にしてるの?」

「銅貨一枚の人、多い」

「うん」

「銅貨二枚だと、ちょっといい」

「うん……」

「銀貨一枚だと、すごい」

「うん…………」

やばい。

聞けば聞くほど、しんどい。

前世でいうと、ドリンク一杯だけで延々しゃべる客しかいない店みたいなもんだ。

いや、前世の単価に置き換えるのはよくない。よくないけど、私の魂が拒否している。


「おじさん」

「なんだ?」

「この町、太客いないんですか?」

店主は少し困った顔をした。

「太客ってのが何かは知らんが、金を持ってるやつならいるぞ。鉱山の親方とか、商会の支店長とか、ギルドの支部長とか」

「来ます?」

「うちには来ない」

「はい終了!」

「なんでだよ!」

「来ない金持ちは、いないのと同じです!」

店主が口を開けた。

ボルザが薄いエールを飲んだ。

リリの耳が伏せたり立ったりしている。忙しいなその耳。

「なんで来ないんですか?」

「そりゃ、あいつらはもっといい店に行くからな」

「もっといい店」

「ああ。隣町のギルド酒場とか、商業都市の接待酒場とかだ。あっちは酒も料理も女も揃ってる」

「女も揃ってる?」

「うちはリリとミリアと、あとメイナだけだろ」

「メイナ?」

「夜に来る人間の娘だ」

「ああ、もう一人いるんだ」

まだ会ってない従業員がいた。

シフト制か。

異世界にもシフト制あるんだ。嫌だな。前世の傷がうずく。

「その、商業都市っていうのは?」

「ここから馬車で二日だ。名前はラウゼン。街道が交わってて、商人も冒険者も多い。金も動くって話だ」

「客単価は?」

「客単価?」

「一人あたり、いくら使うかです」

「普通の飲みでも銀貨数枚。宴会なら金貨が出ることもあるらしい」

「金貨」

私は少しだけ前のめりになった。

金貨。

この店では伝説級の金貨。

隣の商業都市では、宴会で出ることがある。

なるほど。

市場が違う。

「じゃあ、王都は?」

「王都?」

「ありますよね?王都」

「そりゃある。ここからだと馬車で十日以上だな」

「王都の店は?」

「知らん。俺が知ってるわけないだろ」

「役に立たないなぁ」

「店主に向かって言うな!」

でも、店主は少しだけ考えてから続けた。

「噂では、王都の高級サロンだと白金貨が飛ぶらしい」

「白金貨が?」

「ああ。貴族や大商会の連中が、女一人のために白金貨を置いていくとか」

「……いるんだ」

「何がだ?」

「バケモンが...」

私は思わず口元を押さえた。

白金貨。

金貨百枚。

この店だと銀貨七枚で奇跡なのに、王都には白金貨を置いていく客がいる。

何それ。

経済格差えぐすぎ。

同じ世界に住んでるの?

こっち薄いエールを水で伸ばしてるんだけど?

私は店内を見回した。

ベタついた床。

古いテーブル。

昨日ラベルを剥がした安酒。

無表情だけど耳がかわいいリリ。

銀貨七枚で泣きそうになる店主。

入口横で番人気取りのボルザ。

うん。

チュートリアル村だ、ここ。

しかもけっこう不親切なやつ。

「おじさん、この町って他に飲み屋あるんですか?」

「あるぞ。ギルドの飲み場と、鉱夫向けの酒場が二軒。あとは宿屋の食堂だな」

「競合多いじゃん」

「きょうごう?」

「同じ客を取り合う店です」

「ああ、まあそうだな」

「その中で、うちの強みは?」

店主は腕を組んだ。

「……昔からある」

「それボルザさんと同じやつ!」

「あと、鹿の看板がいい」

「見た目の話!」

「安い」

「一番ダメなやつ!」


私は頭を抱えた。

安い。

場末の飲み屋が一番言いがちなやつ。

安さを強みにすると、安い客が集まる。

安い客が集まると、安い空気になる。

安い空気になると、金を持ってる客が来なくなる。

そして店主は言う。

最近、景気が悪い。

違う。

景気だけのせいじゃない。

店が自分で銅貨客を集めてるんだ。

「ちなみに、ギルドの飲み場は?」

「冒険者が多い。金払いは荒いが、喧嘩も多い」

「鉱夫向けは?」

「朝から飲むやつが多い。声がでかい。強い酒が出る」

「宿屋は?」

「旅人向けだな。飯はうちよりうまい」

「うち、何で勝ってるんですか?」

「……昔からある」

「もうそれ禁止で!」

店主がしょんぼりした。

ちょっとかわいそう。

でも現実だ。

夢を見るのは客の仕事。

店は現実を見ないと死ぬ。

「ミリアは、どうしたいの?」

リリが首をかしげた。

耳も一緒に傾く。

かわいい。

「まず、この店の客単価を上げたい」

「きゃくたんか」

「一人のお客さんが使う金額」

「銀貨いっぱい?」

「そう。銅貨一枚の客を十人相手するより、銀貨一枚の客を二人相手した方が楽なこともある」

「でも、銀貨使う人、あんまり来ない」

「だから来る理由を作るのよ」

「理由?」

「うん。安いから来る店じゃなくて、ちょっと使ってもいいと思える店にする」

店主が不安そうな顔をした。

「値上げするのか?」

「全部いきなり上げたら死にますね」

「死ぬのか」

「死にます。常連が暴れます」

私はボルザを見た。

ボルザはむっとした顔をした。

「俺は暴れん」

「薄いエールが銅貨四枚になったら?」

「暴れる」

「ほら」

即答すぎる。

番人が最初に暴れるな。

「だから、安いものは残す。でも上にもう一個作るんです」

「上?」

「普通のエール。ちょっといいエール。特別な酒。見守り席用の薄いエール」

「最後のは?」

「ボルザさん隔離用」

「聞こえてるぞ」

「聞こえるように言ってます」

リリがまた笑った。

いいね。

この店、リリが笑うだけで少し空気が明るくなる。

これはいい。使えそうだ。

いや、使えるって言うと最低だな。

でも使える。接客業なので。

「あと、席も分けます」

「席?」

「中央席は銀貨以上使う人用。入口横は見守り席。カウンターは一杯客用。奥は騒がしい客用」

「そんなに分けるのか?」

「分けます。金を使う客と、金を使わないのに声だけでかい客を混ぜると、金を使う客が逃げるので」

ボルザが少し胸を張った。

「つまり俺の見守り席は重要ということだな」

「邪魔にならない場所にいてくれるなら重要です」

「任せろ」


【名前:ボルザ】

【職業:銀の鹿亭の番人(自称)】

【役職意識:上昇】

【本人理解度:低】

【やる気:高】


理解度低いのにやる気だけ高い。怖い。

「それで、ミリア」

店主が真面目な顔になった。

「この店をどうするつもりなんだ?」

「どうするって?」

「お前、さっきから話を聞いてると、まるでどこかに行くみたいに聞こえるが」

私は少しだけ黙った。

別に、ここに愛着があるわけじゃない。

転生して三日目だし。

昨日まで知らなかった店だし。

床はベタついてるし。

客は薄いし。

番人は薄いエールしか飲まない。

でも、リリはかわいい。

店主も悪い人ではない。

ボルザは邪魔だけど今は備品として役に?たっている。

それに、いきなり王都なんて無理だ。

今の私は、異世界の常識も通貨も地理もわかってない。

剣も魔法もない。

頼れるのは、前世の私が地獄みたいな夜で身につけた接客だけ。

だったら、まずはここで実績を作るしかない。


この銅貨おじさん牧場で!!!!


「とりあえず、この店を町で一番売れる酒場にします」

店主の目が丸くなった。

「町で一番?」

「はい」

「うちが?」

「そうです」

「ギルドの飲み場より?」

「ギルドの飲み場より」

「鉱夫酒場より?」

「鉱夫酒場より」

「宿屋の飯より?」

「飯は負けるかも」

「そこは勝てよ!」

「料理は専門外なんで」

私は肩をすくめた。

「で、町で一番になったら?」

リリが聞いた。

「商業都市に行きます」

「行くの?」

「たぶん。だってこの町、太客がいないんだもん」

店主が胸を押さえた。

「お前、はっきり言うな……」

「はっきり言わないとダメな時もありますよね」

私は窓の外を見た。

泥の道。

荷馬車。

串焼き屋。

ぼんやり歩く冒険者。

遠くで何かを売ってる行商人。

ここはスタート地点だ。

たぶん。

そして私は、スタート地点でずっと薄いエールを注いで終わる気はない。

商業都市の金貨。

王都の白金貨。

貴族とか大商会とか、今は全然わからないけど、金を使う客がいる場所。

そこに行く。

別に夢があるわけじゃない。

世界を救いたいわけでもない。

ただ、どうせもう一回生きるなら、銅貨三枚のおじさんに人生を削られるのは嫌だ。

前世で十分やった。

「まずはこの店を、上の店にスカウトされるくらいにします」

「すかうと?」

「引き抜きです。あの子がいる店は売上が上がるって噂になれば、商業都市の店が声をかけてくるかもしれないから。」

「そんなこと、あるのか?」

「ありますよ。たぶん」

「たぶんか」

「私も一昨日死んだばっかなんで」

「それ、まだ意味がわからない」

「私もです」


そのとき、入口横からボルザが手を上げた。

「ミリア」

「はい?」

「商業都市に行くなら、俺の見守り席はあるのか?」

私は固まった。

店主も固まった。

リリの耳も固まった。

「......はい?」

「だから、俺の席だよ」

「……なんで来る気なんですか?」

「番人だからな」

「店変わりますけど?」

「店が変わっても、守るものは変わらん」

「えぇ……八年のプライドどこ行ったんだよ……」

ボルザは堂々と薄いエールを飲んだ。


【名前:ボルザ】

【職業:銀の鹿亭の番人(自称)】

【将来の同行意欲:発生】

【本人の中の物語:始まった】

【本日の売上貢献:銅貨一枚】


始まるな。

勝手に物語を始めるな。

私はため息をついた。

異世界三日目。

この町には太客がいないことがわかった。

白金貨というバケモン通貨があることもわかった。

そして、金を使わない常連が、なぜか未来の同行フラグを立ててきた。

……どうすんのこれ。


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