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第1話 異世界でも、クソ客はクソ客


死んだ。

たぶん死んだ。

いや、あれは死ぬ。

週六出勤、同伴、アフター、店のグループLINE、未読無視したら追撃してくる客、休みの日に「今なにしてる?」って送ってくる客、そして最後に階段。

階段は悪くない。

悪いのは、ヒールで階段を駆け下りながら、黒服からの「すみません、戻れます?」を読んだ私だ。


「戻れるわけねえだろ」


それが、私の前世最後の言葉だった。

で、次に目を開けたら、知らない天井。

木製の天井にやたら暗いランプ。

獣くさい布団。

あと、なんか遠くで男の笑い声。

最悪だった。

死んだあとくらい、静かな白い空間で神様とか出てこいよ。

なんで開幕から場末の居酒屋みたいな音してんだ。

「起きたか、ミリア!」

部屋の扉が勢いよく開いて、腹の出たおっさんが顔を出した。


いや、誰だよ。

いや、たぶん今の私の知り合いなんだろうけど、前世の記憶が戻ったばかりの女に知らないおっさんはきつい。距離感がきつい。声量もきつい。

「……ミリア?」

「寝ぼけてんのか?今日からお前も下で働くんだぞ。いつまでも厨房の皿洗いだけで食わせてやれるほど、うちは楽じゃねえんだ」

おっさんはそう言うと、私の手首を掴んで立たせた。

その瞬間、鏡に映った自分を見て、だいたい察した。

金髪。

十五、六くらいの顔。

服は地味。

胸は、まあ、前世より控えめ。かなり控えめ。神様、そこは引き継ぎでよかっただろ。

そして、窓の外には石畳の街。

剣を背負った男。

耳の尖った女。

なんか空を飛んでるトカゲ。

はいはい。

異世界ね。

流行りのやつね。

でも私、剣も魔法も知らないんだけど。

前世で使えたスキルなんて、笑顔で客のクソつまんない話を聞きながら心の中で夕飯のこと考えるくらいだぞ。


おっさんに連れていかれた先は、一階の酒場だった。

名前は《銀の鹿亭》。

名前だけはちょっと上品。

中身は終わってる。

床はベタついている。

客はでかい。

声もうるさい。

匂いは酒と肉と汗と、なにか知らない獣。

カウンターの奥では女の子が二人、無表情で酒を運んでいた。

片方は人間。もう片方はたぶん獣人?ってやつ。耳がぴこぴこしてる。かわいい。けど目が死んでる。

わかる。

接客業の目だ。

「今日からこいつも客席に出す。ミリア、まずはあそこの旦那につけ」

おっさんが顎で示した先に、ひときわデカい男が座っていた。

肩幅がドア。

腕が丸太。

背中には大剣。

顔には傷。

周りの客が少し距離を取っている。


うわ、強そう。

そう思った瞬間、男の頭の上に文字が出た。

【名前:ガルドス】

【職業:Aランク冒険者】

【承認欲求:999】

【説教開始まで:残り18秒】

【財布残量:銀貨2枚】

【本日の口癖:昔は俺もな】

【クソ客度:A】


私は足を止めた。

なにこれ。

アニメとかでよくあるステータスってやつ?

いや、ステータスにしては情報がいらなすぎる。

財布残量、銀貨二枚。

銀貨二枚?ってどんなもんなんだ。

大剣背負って?

肩幅ドアで?

銀貨二枚?


「おい、嬢ちゃん。新入りか?」

ガルドスが私を見上げた。

声がデカい。

初手から酒くさい。


そして頭上の文字が変わる。

【説教開始まで:残り9秒】


早い早い早い。

初速がバケモン。

「はい、今日から入ったミリアです」

私は反射で笑った。

前世で死ぬほど使った、角度三十度、接客100%、でも安売りはしない笑顔。

「へえ。細っこいな。こんなんで酒場の仕事が務まんのか?」


【説教開始まで:残り5秒】

「すごい人に最初について勉強しろって言われました」

「……ほう?」

【説教開始まで:一時停止】

【承認欲求:999 → 1004】

止まった。あぶねー。

こいつ、チョロい。


「すごい人、ねえ。誰が言ってた?」

「店主さんです。あの席の旦那は場慣れしてるから、失礼のないようにしろって」

言ってない。

そんなこと一言も言ってない。

でも接客とは、相手が言われたそうなことを、まるで第三者が評価していたように伝える技術である。

ガルドスは鼻を鳴らした。

「まあな。俺も昔は王都で名を馳せたもんだ。ドラゴンを三体相手にしたこともある」

出た出た。これだよ。

昔話。

初手ドラゴン。

しかも三体。


前世でいうところの「昔は六本木で遊んでた」だ。だいたい現在地は場末である。

「三体ですか?普通、一体でも生きて帰れなくないですか?」

「わかるか!?」

ガルドスが机を叩いた。

ジョッキが跳ねる。

近くの客がビクッとする。


わかるわけないだろ。

ドラゴン見たことないんだから。


「いや、でも本当にすごいです。強いだけじゃ無理ですよね?なんか、詳しくないですけど、チーム?とか指揮?とか」

ガルドスの目が潤んだ。

早い。

感情の立ち上がりが早い。

安い炭みたいによく燃えるなこれ。


【承認欲求:1004 → 1270】

【財布残量:銀貨2枚】

【ボトル注文可能性:3%】

いや、財布。

そこは増えないのかよ。


「嬢ちゃん……お前、若いのに見る目があるな」

「見る目だけで生きてます」

「気に入った!酒だ!この店で一番いい酒を持ってこい!」

店内が少しざわついた。

私は一瞬だけ、おっさん店主を見た。

おっさん店主は目を見開いて、何度も頷いている。

なるほど。

一番いい酒があるらしい。


私は厨房側へ向かい、小声で聞いた。

「一番いい酒っていくらですか?」

「金貨一枚だ」

「無理です。あいつ銀貨二枚しか持ってません」

「は?なんでわかるんだよ?」

「顔に書いてあります」

実際は頭上だけど。

私は棚を見た。

安そうな酒瓶が何本か並んでいる。

「じゃあ、これにしましょう」

「それは水割り用の安酒だぞ」

「ラベル剥がして、布巻いて、古そうにしてください」

「お前、悪魔か?」

「元キャバ嬢です」

「なんだそれは...」

説明しても絶対わからないので、私は笑顔で瓶を受け取った。


席へ戻ると、ガルドスはもう語る準備に入っていた。

姿勢が違う。

完全に“俺のターン”の顔。

「旦那様、お待たせしました。当店でもなかなか出ない一本です」

「ほう。わかってるじゃねえか」


【財布残量:銀貨2枚】

【見栄:限界突破】

【支払い方法:未定】

未定じゃねえんだよ。払え。


「お値段、銀貨二枚になります」

「む」

ガルドスが止まった。

周囲の客がこっちを見る。

変な空気になる前に、私は声を落とした。

「本当はもっとするんですけど、最初なので。私からの特別です!!」

「……特別?」


【承認欲求:1270 → 1540】

【財布残量:銀貨2枚 → 支払い確定】

勝った。


ガルドスは銀貨二枚を置いた。

全財産だった。

私は満面の笑みで受け取る。

「ありがとうございます!!旦那様のおかげで、今日の私は生きていけます;;」

「そ、そうか。ならいい」

ガルドスは照れたように鼻の下をこすった。

さっきまで世界最強みたいな顔をしていた男が、たった一言で近所の犬みたいになった。

私は思った。

異世界、いけるかもしれない。

私には剣も魔法もないけど。

胸もなくなったけど。

でも、客はいる。

そして客という生き物は、世界が変わってもだいたい同じだった。

その夜、私は初出勤で銀貨二枚を売り上げた。

店主は泣いた。

獣人の女の子は「すごい」と言った。

ガルドスは帰り際にこう言った。

「また来る。次はもっといい酒を飲ませろ」

私は笑顔で手を振った。

「お待ちしてますね」

そして心の中で、そっと出禁候補に入れた。

「……なんだ。異世界でも、男って変わんないじゃん」


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