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第1章 8部「逃げ足は速かった 2」

 ユイトとアカリを見送った後、村はいつも通りの時間が流れていた。


 会談当日も、ミコトとシズクは魔法の特訓を、カエデは私的な買い出しで町へと出ていた。

 特訓が終わると、ミコトは一人でゆっくりしたいと考え、釣り具を準備し近くの川へ向かった。

 餌は川の近くの土から採取した小さい芋虫のような虫を使う。


 初めは、触ることもできなかったが今は一人ですべて出来るまでに慣れた。


 餌を針につけると竿を振り川へ釣り糸を垂らし釣れるのを待つ。

 ユイトといるときはくだらない話をして笑いながら釣りをしているが、今日は川のせせらぎを聞きながらぼんやりと川を眺めている。

 近くにいるであろう小鳥の泣き声と心地よい小風に心を落ち着かせていた。


 少しでも早く元の世界に帰りたい。その気持ちは変わらないが、焦る心を静める精神安定剤のような場所になっていた。


 しばらく水面を眺めながら落ち着いているとふと後ろのほうから何かの気配を感じた。


 振り返ってみるとそこにはキツネがこちらの様子をうかがっていた。

 水を飲みに来たのか、はたまた釣れる魚を狙ってきたのかわからないが、こちらの様子を見ている。

 様子を見たまま動かないので、無視しようとした時、どこからか声が聞こえた。


「ミコト、聞こえますか?」


 声自体は落ち着いたお姉さんのような優しい声だったが、聞き覚えのない声に呼びかけられたのであたりを見渡す。


 しかし、周りには誰もいない。

 目につくのは、こちらのほうを向いているキツネだけだった。

 そして、不思議なことにそのキツネのほうから声が聞こえたのであった。

 不思議そうにキツネの方向を見るミコト。

 するとまた声がした。


「そう、こっちです」


「キツネがしゃべった!?」


 と、腰を抜かさんばかりの勢いで彼女は驚いた。

 危うく川へ滑り落ちそうになる。


「驚くのも無理はないでしょう。しかし、よく聞いてください」


「自分でも気が付いてなかっただけでここまで追い詰められていた?

 キツネに話しかけられるなんて……」


 と、自分の心が限界を迎えていたと感じどうしようと頭を抱える。

 しかし、そのキツネはそんなのお構いなしに話しかけてくる。


「これは私本来の姿ではありません。

 が、本来の姿で出てしまうとあなたを驚かせてしまうと思いこの体をお借りしています」


「ほ、本来の姿、ですか?」


 そのキツネ、と呼んでいいのかわからない存在は話をつづけた。


「私は、あなたを守る守護精霊です」

「守護精霊……」


 ミコトは、あっけにとられ何を言ってるのかさっぱりといった様子だった。

 シズクからもそのような話を聞いたことはないので自分がおかしいのか、それとも本当に存在するのか頭が混乱していた。


「私の精霊魔法で感知しました。この山に不審な人間が入り込んでいます」


「不審な人間? ですか? というよりもなぜ私に守護精霊というのがいるの?」


 現実なのか、ただの空耳なのか判断が付かなかったが、疑問をぶつける。

 しかし、その疑問には答えてくれなかった。


「いつかまたその話はします。しかしこの森に不審な人間がいるのです、それも数百から千以上の人間の気配を。


 このことをあなたの召喚主に伝えて逃げる用意をしなさいと伝えなさい」


「な、なにがなんだか」


「今はこの形でしか情報を伝えることができません。急いで村へ戻りなさい」


 そういうと、キツネはどこかへと走り去ってしまった。

 残されたミコトは、もう釣りをつづける気分ではなかったが、自分がとうとうおかしくなったのではないかと恐々としながら村へ戻った。

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