第二十九話「薬草と少女」
こうして俺とティアナのダンジョン攻略が始まった。本当に、人生は何が起きるか分からないな……。少女は俺が黙っていても一人で勝手に話をし、嬉しそうに俺の体を抱きしめている。歳は十五歳なのだとか。身長は大体百四十センチ程だろうか。
ダンジョンには薬草を探しに来たのだとか。最近、ティアナのお母さんが病気に掛かり、病気を治すには薬草が必要だと冒険者ギルドで聞いたらしい。剣の扱いは最低だったが、一応冒険者としての登録もしているらしく、ギルドカードを見せてくれた。
ティアナ・ブロスト
Lv.2:力…280 魔力…200 敏捷…290 耐久…220
属性:【雷】
武器:ボロの剣
防具:ボロのレザーアーマー(耐久+5)
彼女のステータスは限りなく3に近いレベル2だ。属性は雷と表示されているが、雷の魔法は上手く使いこなせないらしい。敏捷と力はエミリアよりも遥かに高いな。これはしっかり鍛えれば優秀な剣士になれるステータスだ。
「ねぇ、名前を付けてあげようか?」
え? このままでは彼女のペースで名前まで付けられてしまう。俺はダガーを使って地面に名前を彫った。
「ヘルフリートっていう名前なの?」
静かに頷くと、嬉しそうに俺の手を取った。
「賢者ハースみたいに強いもんね! これからも私の事守ってよね!」
この少女にはエミリアとは違った魅力がある。靴を買う金も無いのに、俺に鞄をくれたり。剣もろくに使えないのに、母親のためにダンジョンに潜る。意志の強い子だな。自分の利益を考えずに行動出来る、素晴らしい精神の持ち主だ。俺がこの町に居る限り、ティアナの事を助けてあげよう。俺は床に文字を書いた。
『俺が助けるから、心配するな』
俺の字を見たティアナは、喜びながら涙を流した。小さな体を震わせて、俺を抱きしめている。俺の顔にはティアナの豊かな胸が当たる。信じられないくらい柔らかくて温かい。俺が助けてあげよう……。素性は分からないが、彼女の体から感じる魔力には、一点汚れもない。
それから俺達は一階層のモンスターを倒しながら移動した。ティアナは剣術の心得が無いのか、スケルトンすら満足に倒せなかった。同じ十五歳のエミリアと比較すると、ティアナの戦闘能力は非常に低い。
しかし、ティアナには生まれ持った身体能力がある。敵の攻撃を回避する事に慣れているのか、スケルトンの群れに囲まれた時も、一発も攻撃を喰らわずに攻撃を避け切った。勿論、回避をするだけで、攻撃は全て俺に任せていた。剣の使い方を覚えればティアナはすぐに強くなるだろう。
一階層のモンスターを倒し切った段階で、魔石の数は三十を超えていた。スケルトンやゴブリンが多い。戦い甲斐があるな……。俺は魔石をティアナに山分けしようと提案した。
「私の事を助けてくれるなら魔石は要らないよ。今必要なのは魔石じゃなくて薬草だもん」
魔石より薬草か。なんていい子なんだ。俺達はすぐに二階層に潜る事にした。流石に二階層で戦うのに、ティアナのボロの剣ではここから先の戦闘はつらくなるだろう。俺は自分のダガーを貸してあげて、俺がティアナのボロの剣を使う事にした。まるでゴブリンが長い間使い込んだような剣だな。刃は錆びついていて今にも折れてしまいそうだ。
「このダガー。凄く良い物だよね。貸してくれてありがとう。大切に使うね」
このダガーはエミリアからお金を借りて買ったものだ。俺の宝物でもある。そろそろエミリアにお金を返さなければならないが、なかなかお金を稼ぐ機会もなかった。
二階層にはスライムが湧いていた。液体状のモンスターで、体の中央に魔石を持つ。物理攻撃はほぼ通用せず、魔法攻撃には弱い。ティアナはダガーを構えてスライムに切りつけるも、スライムの体は一瞬で再生してしまった。液体状の体を切ってもダメージにはならない。俺はボロの剣にエンチャントを掛ける事にした。
『エンチャント・ファイア』
魔法を唱えて剣に炎を纏わせ、スライムの体に剣を突き立てた。剣の一撃を受けたスライムの体は炎上し、たちまち液体状の体は蒸発して消えた。魔石を拾って鞄に仕舞う。敵が弱すぎて話にならないな……。
かつてはレベル10の賢者だった俺が、今ではダンジョンで低レベルのモンスターを狩り、魔石を集めている。早く元の自分に戻りたい。好きな相手を守れる力を持つ本当の俺に……。
「ヘルフリート、あそこに宝箱があるよ!」
ティアナが指差した先には、小さな銀色の宝箱があった。まさか……まだ地下二階だというのに宝なんてある訳がない。罠に決まってる。モンスターが冒険者を殺すために仕掛けた罠だ。ティアナは宝箱に向かって一直線に駆けた。待て! 俺は心の中で叫んだが、俺の声はティアナには届かない。
翼を開いて急いで飛び上がった瞬間、ティアナは宝箱に触れた。宝箱は小さく爆発すると、ティアナの体を吹き飛ばした。防御が間に合わなかったティアナは、宝箱の攻撃をもろに喰らってしまった。ティアナの腹部からは大量の血が流れている。
まずい……。俺はボロの剣を捨てて、急いで止血をした。血は止まったが、ティアナの意識は戻らない。俺はティアナを担いで、急いで地上を目指して走り始めた……。
世の中にはどうしてこうも邪魔者が多いのだろうか。ティアナを担いでダンジョン内を走っていると、騒動に気が付いたゴブリンの群れに出くわした。数は三十体以上は居る。
急いでティアナを降ろすと、ゴブリン達は一斉に攻撃を仕掛けてきた。ダガーにエンチャントを掛けてゴブリンを切り刻むも、十体目まで倒した頃に、俺の魔力は底をついた。
体力もそろそろ限界だ。自分よりも遥かに大きいティアナを担いでいたからだろうか、体中の筋肉が疲労によって震えている。
ゴブリンはまだ半数以上も残っている。無様だな……。ゴブリン相手に手間取るなんて、かつての俺では考えられない。だが、今はこの体でこの場を切り抜けるしかない。ゴブリンの攻撃をダガーで防ぎ、翼を開いて飛び上がろうとした瞬間、弓を使うゴブリンの攻撃によって、俺の翼は射抜かれた。
瞬間、俺の体には激痛が走った……。俺はここでティアナと共に殺されるのだろうか。まさか……。
ゴブリンが落とした剣を拾い、二刀流の構えをし、次々とゴブリンを切り刻む。もう体力も限界だ。目も霞んできた。今にも倒れてしまいそうだ。
俺はついに、全てのゴブリンを倒した。ゴブリンのドロップアイテムの中から、回復アイテムを探したが、何一つ見つからなかった。見つかったのは腐敗が始まった果物だけだ。たしかこの果物には魔力と体力を回復させる効果があったはず……。
躊躇している場合ではない、俺は腐敗が始まった気味の悪い果実を口に含み、無理やり飲み込んだ。猛烈な吐き気を感じたが、体力と魔力が僅かに回復している。
俺はゴブリンが落としたお金と魔石を拾うと、再びティアナを担いで地上を目指した。途中で何度も挫折を考えた。ティアナを放置すれば、俺は助かる。そんな状況が何度もあった。
俺はついに、地上に辿り着いた。地上に出た俺は、ダンジョンの入り口で売られているヒールポーションとマナポーションを買うと、一気に飲み干した。さっきまでの疲労は嘘のように消え去った。傷もほとんど回復しているが、翼にぽっかりと空いた穴は塞がらない。安物のポーションではこの傷は治らないだろう……。
今はティアナを救わなければ。俺はティアナを抱えて、冒険者ギルドを目指した。道を歩く者の中には、不審そうな目で見る者が多かった。だが、今は他人の視線などどうでも良い。
ついに冒険者ギルドに到着した。ギルドの扉を開け、ティアナを降ろすと、ギルドの職員が大急ぎで駆け寄ってきた。
「大丈夫? あ、このガーゴイルは、先日ギルドのメンバーを救ってくれたローゼンベルガ―様のガーゴイルだわ! 急いで彼女の手当てをして!」
ギルドの受付の女性が俺の事を覚えていてくれた。回復魔法の心得がある者がティアナにヒールの魔法を掛けると、傷はすぐに塞がった。これで全てが解決したな……。
しかし、ティアナの意識はまだ戻らない。しばらく時間が掛かりそうだな。俺は魔石の買い取りカウンターで、今日集めた魔石を換金してもらった。ゴブリンが落としたお金と魔石の代金を合わせると、合計で百五十クロノになった。俺はティアナの懐に今日の稼ぎの全てを入れて、ギルドから立ち去った……。