第九話
二日ほど遅れての更新。まことに申し訳ありません……
しかも今回ほとんど話動いてないっていうね。
「ではそろそろ私はログアウトしますね~!」
「ああ、色々と世話になったな」
初の戦闘を終えた後、二人は先程までいた位置から離れ、再び西門の近くまでやってきた。
相変わらず人形を手放さないアレックスだったが、もう慣れた様子のリリィはそんな些細なことには驚かなくなっている。
そんな若干悟りかけているリリィだったが、笑顔で別れの挨拶をした後、ハッ!という顔をしてアレックスに謝罪する。
「す、すいません!ログアウトについて教えるのを忘れてました!」
「ん?…メニューウインドウの扉マークをタッチすればログアウトできるのではないのか?」
赤ネズミを狩った後、移動中にメニューウインドウを弄っていたアレックスはログアウトのアイコンにも当然のように気づいていた。
勿論それは隣で歩いていたリリィも気付いていたはず、というかアレックス自身がアイコンを見つけた際にリリィへ確認を取っていたのだから当然気づいているはずであった。
だがリリィはアレックスの言葉を慌てて否定する。
「いえ、そうではなくて…アレックスさんは『宿屋』のことをご存知ですよね?」
宿屋。その単語の意味を問うているのではないことなどサルでも分かるだろう。
このアエラにおいて宿屋とはどういう存在か。ということであろうが……。
「…存在に関しては知っている。宿泊施設という意味では、だがな。
だがこのOMNISにおける宿屋の役割、及びシステムは知らない。と言ったところか」
「じゃあ、歩きながら説明しちゃいますね」
「了解した」
そう言うと、二人はテラ側へ抜ける為に西門へ向かった。
道中周りのモテない男共から嫉妬の目線を一身に受けるアレックスは、全く気付くことなくリリィの説明を聞いている。
「……そもそも、このOMNISにおいて『ログアウト』はかなり容易です。
基本的にメニューウインドウからアイコンを押せば、それだけでログアウト完了ですから」
「では何故宿屋に向かう必要がある?」
「それはですね。このOMNISが他のMMOと比較して、あまりにも現実に近いからなんです」
現実に近い。それは確かにアレックスも思っていたことだった。
通常のゲームがどうなのかは詳しく知らないアレックスでも、このOMNISというゲームは現実に近すぎる。
気候環境、痛覚以外の感覚表現、NPC達に搭載されているAI。どれを取っても異常の域に達している。
(此処を創造した者は何を考えていたのだろうな。これではまるで―――)
要らぬ考えだというのはアレックス本人のなけなしの理性でも分かっていた。
だが理性は繰り返す思考に歯止めを掛けることなく、その骨董無形な真理の一端を彼に与えてしまった。
そう、例えばだが製作者はこのOMNISをゲームとしてではなく……
―――もう一つの世界として創造しようとしたのではないか?
それを一瞬想像してしまったアレックスは、なにを馬鹿なと思った。
裏付けも根拠も無い、妄想に近い類の考えを頭から振り切るように独り言を呟いた。
「……ありえんな。私も焼きが回ったか」
「え?何か言いましたか~?」
「いや、ただの独り言だ」
「そうですか、それだったらいいんですが……あ!あの建物が宿屋です!」
気が付くと黙々と歩いていたのか、テラ市街に戻ってきていた。
何時の間にか自分よりも少し遠くにいるリリィが、宿屋らしき建物の前で大きく手招きしている。
待たせては悪いと思ったアレックスは早歩きでリリィの元へと向かう。
「此処が宿屋です!
宿屋のシステムについては先程説明しましたよね?」
……欠片も聞いていなかったなどとは言えない。
アレックスは若干冷や汗をかいた後、何事もなかったように返した。
「あ、ああ。宿屋の説明だろう?勿論、理解しているとも」
「…本当に大丈夫ですか?ちょっと体調悪そうですけど」
冷や汗が止まらない。
なんだこの少女は……天使か?と恐れおののいていたアレックスは、彼女に対する罪悪感と共に、何故か心配になってしまった。
だがその純粋さ故か、アレックスの葛藤をよそにリリィは心配そうな顔で話し続ける。
「……で、一応これで大体の説明は終わりましたけど…なにか質問はありますか?」
「いや、特には無い」
「そうですか…じゃあ一旦此処でお別れですね!」
一旦?というような顔でリリィを見ているアレックスだったが、すぐさま言葉の意味を理解する。
(そういえば此処は現実と違い、距離もあまり遠くなかったな)
日本人のリリィとは現実ではまず会う機会は無いだろうが、このOMNISであればいつでも会える。
ゲームでは当たり前なことなのだろうが、初心者のアレックスには新鮮なことだった。
「…ああ、ではなリリィ。この恩は次会った時に返そう」
「そ、そんな。いいんですよ気にしなくても」
「いや、こればかりは妥協するべきではないものだ。受けた恩を返せない人間にはなりたくないしな」
アレックスの言葉に観念したのか、しょうがない、といった顔でリリィはアレックスの言葉を受け入れることにした。
「じゃあ……今度私とテオさんと三人で一緒にクエストを受けて下さい!」
「…それだけでいいのか?」
「はい!」
「分かった。それでいいなら何時でも受けよう。勿論、事前に都合を着けてからだがな」
「それで大丈夫です!」
笑顔で答えるリリィに、アレックスは安心した様子で頷く。
「では、今度こそさよならだ。また会おう」
「はい!さよならです!」
二人は互いに手を振りながら別々の方角へ歩いていく。
アレックスが少し歩いた後振り向くと、リリィはとっくに宿屋に入ったのかその姿は見えなくなっていた。
時刻は七時を少し過ぎたところか、時間的には昼過ぎであることから、他のプレイヤー達も街の中に入ってくるのが見える。
まあ自分には関係ないなと思っていた矢先。アレックスの腹からぐぅ~、ぐぅぅ~と異音が聞こえ始めた。
その音はアレックスも普段聞いたことのある、ある意味でなじみ深い音であった。
「……ゲームなのに空腹で腹が鳴るのか?また摩訶不思議なことだな」
傍から見れば動じた様子もないアレックスだが、本人はこのゲームに『空腹』の概念が存在していることに驚いていた。
「リアルではあるが、これはなんとも……ん?『疲労度』、これの減少が原因か?」
メニューウインドウをよく見ると、耐久力を示す青い人型の上に三分の一程になっているオレンジ色のゲージが見える。
どうやらこれが疲労度らしく、ゲージの半分以上減ると先程のように腹が鳴るようだと考察していたアレックスだったが、
取り敢えず疲労度の回復をしようと思い、アイテム欄から携帯食料を取り出した。
「これはこの為にあったのか。む、杖が邪魔だな。しまっておこう」
片手の杖をアイテム欄に収納した後、アレックスは手に持っている携帯食料に目を向ける。
見た目はクッキーに近いだろうか?材料が悪いのか、それとも作った者が悪いのかは分からないが、ボソボソとしていて非常に食欲をそそらない。
「まあ背に腹は変えられないか…」
渋々とアレックスは携帯食料を口に含んだ。しかし次の瞬間。
「ヴッッ!??」
……味は悪くない。というか、味が無い。素材の味を引き出しているというか、素材の味しかしない。
噛めば噛むほど口の中に小麦の味が広がり、何とも言えない食感に襲われる。
「なんだこれは……本当に食料なのか?」
しかしメニューウインドウを見れば、確かに疲労度ゲージが回復していた。
だがしかし、回復はしていても全回復とまではいかない為……
「さっきの一本で約三分の一回復……つまりもう一本食う必要があるということか」
正に絶望。アレックスは乾いた小麦の味を噛み締めながら、取り敢えず役所まで歩いて行く…。
「……水が欲しくなるほどパサパサなのに、水が無くても食えるのがいやらしいなこの固形物は……」
その後ろ姿はどこか哀愁漂う姿であった……。
◇◇◇◇
アレックスが嫌々携帯食料を頬張っている時、リリィは宿屋『フラワーベッド』のフロントにいた。
此処はリリィが初心者時代に発見した宿屋で、如何にも温厚そうな老夫婦が経営している。
『Flour bed』の名の通り、老夫婦が趣味で集めた花々の鉢植えがそこかしこにあり、見たものを癒してくれる。
リリィはこの宿屋で寝泊まりしている。宿屋と言っても利用方法は多岐に渡り、
単純に素泊まりする者もいれば、一週間一ヶ月単位でまとめて部屋を借りる者もいる。
リリィは後者にあたり、もう二週間ほどこの宿屋に泊まっている。
当然老夫婦とはもう顔見知りの仲であるが、その老夫婦、
正確にはフロントにいるお婆さんの様子がいつもと違うことに気がついた。
「あの……どうかしましたか?」
「うふふ、いえいえ。何でもありませんよ?」
あからさまにニヤけた顔を見せるお婆さんを不思議に思いつつ、
世間話などをしつつ時間を潰していると、お婆さんがニヤけた顔をさらに歪ませて話しかけてきた。
「それにしても…リリィちゃんにも春が来たのねぇ」
「へ?」
理解できない、正確には理解したくない言葉が出たことでリリィは一瞬固まった。
だがリリィのことを他所にお婆さんは話し続ける。
「可愛いのに全然浮いた話がなかったし、男性の知り合いもテオくん位しかいないしで心配したのよ〜?」
「あの、お婆さん?」
「唯でさえこんなに可愛いのにココ最近さらに可愛くなってどうしたのかしらと思ったけど…まさかそういうことだったなんてねぇ……」
「お婆さーん?ねえおばあさーん?」
駄目だ全く聞いていない。完全にトリップしてやがると思ったリリィは取り敢えず庭の手入れをしているお爺さんを呼んで来ようとした。
するとトリップしているババ…お婆さんの口から衝撃の一言が飛び出してきた。
「まさかあのクールなローブ姿の青年が彼氏だったとはねぇ…私も老いたものだわぁ~」
「へ?」
「テオ君以外ろくに男の子といるとこ見たことなかったから、心配してたのよぉ?」
彼氏?ナニソレキイテナイ状態のリリィは暫し呆然としながらババアの話を聞いていた。
「見たところ誠実で、好きな子には一途そうだし?」
確かに誠実で好きな人形には一途ですね。
「ああいう子は一見クールだけど実は熱い面もあったりするのよ」
確かに熱い、いや暑苦しい面は見てきましたけど(主にドール関係)。
「…この子ならとても大事にしてくれるって、そう思ったのよ?」
確かにとても大事にしてますね。ドールを。
「あのババ…お婆さん?」
「ゆくゆくはこのテラで結婚式なんかも……ん?どうしたのリリィちゃん?」
「…あ、アレックスさんはテオさんのご友人で、今日ここに来たばかりの初心者でして……
その、何と言うか…つ、付き合ってるわけではありませんよ?」
付き合うという言葉が若干恥ずかしいのか、頬をわずかに赤く染めるリリィ。
…だが考えてほしい。照れた状態で弁解する少女の姿を見て、この目が腐ったババ…ババアがどう考えるかを。
「……そう、わかったわ」
「分かってくれましたか!」
「ええ、もうバッチリとね」
ババアは安心した様子のリリィを眺めながら脳内で考えを纏める。
(照れながら誤魔化そうとするなんて…リリィちゃんも初心な所があるのね。
でも不思議ね。誤魔化すにしても嘘をついている様子は無いし……)
間違った考えを続行するババア。数秒後、ハッ!とした顔でリリィの方を向く。
(そうか!そのアレックスくんとは"まだ"付き合ってないということね!
まだまだ一方通行の片思い中だから周囲に誤解されては困る……リリィちゃんは本当に乙女だわ!)
「あの、お婆さん?誤解が解けたのなら部屋に行っちゃいますけど…」
「ああ!ごめんなさいね。誤解してたみたいで」
「いえいえ!じゃあ私はこれで失礼します~」
「ゆっくり休んでいきなよ!」
(そう、今はゆっくり休んで…そして彼のハートを手に入れるんだよ、リリィちゃん!)
……一度レールを外れた列車は止まらない。このババアはそれを体現するような存在。
こうしてリリィは誤解されたまま自分の部屋でログアウトをすませたのだった……
「なんか寒気が…気のせいですかね?」
……その寒気が気のせいではないことを、そしてそれがどのような悲劇を生むのか、この時のリリィはまだ知らなかった。
感想等ありましたらお気軽にどうぞお願い申し上げます。




