第八話
今回は初の戦闘回です。
『マルクス三兄弟の何でも屋』を出た二人は、魔物との戦闘を行うべく平原へと続く門、西門に向けて進んでいた。
アレックスはボロボロのローブという名の布切れから先程役所で入手したローブに着替え、これまたボロボロな長杖を右手に持ち、反対側の手で人形を大事そうに抱えていた。
美少女であるリリィと並んで歩くことで、周りの男性プレイヤーから嫉妬の視線を受けているアレックスだが、当の本人は人形に夢中で周囲の視線に全く気付いていない。
隣で歩いているリリィも最初は慣れない男性が隣にいることで少々ドギマギしていたが、アレックスがあまりにも人形に集中して隣のリリィを一切意識していないことに気づくと、今まで狼狽えていたことが馬鹿馬鹿しく感じてしまった。
それからは特にどうということもなく、西門へと辿り着いた。
西門は東門とほぼ同じ意匠だが、若干城壁が厚く、また屋上には左右に三台づつバリスタらしき代物が設置されていた。
疑問に思ったアレックスがリリィに聞くと、どうやら外の魔物が大量発生した際、迎撃出来るように設置しているらしい。
「この西門を抜ければ、草原に着きますよ~!」
目の前の西門には多くの人々が出入りしている。中には馬車や荷車も往来していて、大分賑やかな印象をアレックスに与えて
いた。
しかし、アレックスは往来している人々を見ながら、微妙に違和感を感じていた。
「……それにしても、此処は随分とプレイヤーが多いな。それも私と同じような服装の連中ばかりだ」
アレックスは周りを見回しながらそう言った。
今アレックスが着ているのは、役所で配布された紺色のローブだ。それと色違いのローブを着ているプレイヤーが、眺めているだけでもかなりの人数。それ以外にも同じ意匠の麻らしき服や、修道服を着ているプレイヤーが多い。
個人個人で色こそ違えど、同じ意匠の服を着ているのは傍から見れば違和感が拭えない景色だ。
むしろ白ワンピースのリリィが今までより更に浮いている。
現にリリィに向く視線が先程よりも三、四割増していることが隣のアレックスにも分かるほどであった。
そんな自分に向く視線に気づいているのか、はっきりと分かるほどの苦笑いをしながら、アレックスの疑問に答えるリリィ。
「あはは…。草原は初心者が一番最初に来る場所ですからね。
魔物のレベル帯も低いし、初心者の練習場所としては最適なのですよ」
一呼吸開け、リリィは自分が今着ているワンピースを指さしながら話を続ける。
「私やテオさんみたいに装備を自作、又は依頼して購入する位になれば、大体初心者卒業ですね」
「ん?何故それが初心者卒業の基準になるのだ?」
「大抵の初心者は戦闘や生産に手いっぱいで、自分の装備にまで手が回らないんです。
ある程度余裕ができれば自然と自分の装備にまで目が向くんですけど」
まあ、それもそうか。とアレックスは思った。
ゲームとはいえ慣れない環境で、しかもゼロからのスタートだ。毎日変える必要の無い衣服に手が回らないのも仕方がない。
「生産職ならば初心者でも装備を変える余裕があると思ったが…違うのか」
「テーラー見習いでも装備は作れます。
でも実戦に耐えられるレベルの装備となると、とてもじゃありませんが、生産は不可能に近いですね……」
「ああ…そういうことか。確かに技量が足りないのでは無理な話だな」
一つの物を作り上げる技術や経験は、それこそ一朝一夕では成り立たないものだ。
現実ではないゲームの中でもそれは同様なのだろうと感じたアレックスは、少し新鮮な気持ちで西門に向けて歩き出した。
「では早速草原とやらに向かうとするか」
「はい!」
二人は未だ人が多い中、数多の魔物たちが待つ草原に向けて進んd―――
「…ところで、その人形は持ったままなんですか?」
「何を当たり前なことを言っている?」
「ああ……うん。もうどうでもいいです」
―――進んでいくのだった……!
◇◇◇◇
舞台は移り変わり、アレックス達は草原の中に立っている。
見渡す限りの草原。快晴の空と相まって、なんとも開放的な雰囲気を漂わせている風景に、アレックスは好印象を覚えた。
「ここが草原。正式名称は『ヘロドトスの草原』です!」
「歴史の父の名を冠した草原か…しかし広いな」
何しろ正面の草原は地平線まで広がっている。
なにせあれだけいた多くのプレイヤー達も広い草原に散らばっているからか、全く手狭に感じない。
「それで?ここで何をすればいいんだ?」
アレックスの言葉に、リリィは右指をフリックしてウインドウ…恐らくOMNISのメニューウインドウらしきものをタッチしながら返す。
「そうですね……今六時になるところなので、少しだけレクチャーして解散にしましょうか!」
「む、そうだな。私としても早い方が良い。それにいつまでもリリィを拘束しているのもどうかと思っていた」
「私としては構わないんですけどね…私が初心者の頃はもっと時間をかけてテオさんに教えてもらってましたし」
現在のOMNISは六時。日本時間ではもうじき一五時だ。
大分時間が経ってしまっていることもあり、割と負い目を感じていたアレックスも、リリィのフォローにありがたい気持ちになった。
「ではこれからアレックスさんに魔法の使い方と、魔物の倒し方を教えたいと思います!」
「うむ。よろしく頼む」
「はい!…じゃあ、丁度目の前に……いた。あの魔物を見てください!」
そう言ってリリィが指さした先には、体長一メートルほどのネズミがのそのそと歩いていた。
赤毛の毛皮が特徴的な、どちらかと言えばハムスターに近い部類のネズミはこちらに気づいていないのか、草を食みながら近づいてくる。
「あのネズミか?」
「魔物は一定時間凝視することでレベルと名前が表示されるんです。試しにやってみますか?」
「ああ、どれどれ……」
アレックスは前方のネズミに向けて視線を巡らせた。
そしてほんの二、三秒でネズミの丁度真上に青色のウインドウが出現した。そのままウインドウに書かれている文字を翻訳するアレックスは、不思議そうに魔物の名を呟く。
「『Ratte Rotschopf』…赤毛ネズミ?」
「読めましたか?」
「赤毛ネズミ…でいいのか?訳が合っているか分からないのだが」
「その訳で大丈夫です!因みに私たちは『赤ネズミ』って呼んでますけど、名前の下に数字が書かれてませんか?」
そう言われたアレックスは改めて先程まで見ていたネズミに目を向けた。
確かに名前の下に『LV.1』と書かれている。これはどういうことかとリリィの方に顔を向けると、リリィは説明を続けた。
「今見えているのは魔物のレベルです。レベルと言うのはなにも魔物だけにあるわけではなくて、私達プレイヤーやNPCにも存在します」
そう言いながら先程開いていたメニューウインドウを再度開くリリィ。
「右手を振ると個人用のメニューウインドウが表示されます。
これを見ることで現在のOMNIS内の時刻、所持金額、現在の自分のレベルが分かります」
聞きながらアレックスが右手を振ると、青色のウインドウが目の前に表示された。
どうやらプレイヤーの体を軸に空間表示されているらしく、体の向きを変えるとウインドウが正面を向くように移動しているのが分かった。
表示を見るとどれも日本語で表記されているため、読むことができない。
「あっ!そういえばウインドウの文字設定を説明するのを忘れてました!」
「…変えられるのか?」
「ええ、右下に歯車のマークが描かれているアイコンがありますよね?それにタッチしてください」
言われるがまま、アレックスは歯車のマークを指で押す。
するとウインドウが切り替わり、日本語でいくつもの文字列が出てきた。
「その上から三番目に『システム言語設定』という項目が…ああ、それですそれです。それをタッチすると……」
上から三番目の文字列に触ると、大量の、それも多種多様な言語の文字列が並んでいる。
英語、フランス語、スペイン語、中国語、ロシア語と並んでいるその中にアレックスは自身が慣れ親しんだ言語であるドイツ語を見つけた。
早速ドイツ語の項目をタッチすると、日本語で『システム言語を変更しますか?』という小さなウインドウと共にYes,Noの選択肢が出現する。
まあどうせ確認の表記だろうと考えたアレックスは特に考えることも無くYesをタッチ。一〇秒ほどでシステム言語の変更ができた。
「変更できたみたいですね!」
「ああ、これで読むのが楽になるよ」
「じゃあ最初のメニューに戻ってください。左上の家のマークから戻れますから」
メニューウインドウを元の状態に戻すと、再び説明が始まる。
「今度は画面左中央、人型のシルエットが写ってる部分です。
名前が上に表示されているので分かりやすいですが、これが現在のプレイヤーの状態を表しています」
「全身が青色だな」
「通常、所謂耐久値がMAXの場合は青、その後魔物の攻撃や高所からの落下などでダメージを受けるごとに緑、赤に色が変わります。
更に体の部位ごとに色が変わって、赤色になると部位欠損や骨折レベルですね。最終的に死亡判定されると全身のシルエットが黒になるんです」
色で見分けられるのは確かに便利だな…と感心していたアレックスは、シルエットの頭部分、名前の横に魔物を見た時と同じ表記を見つける。
「Alex…LV.1?」
「あっ、それはアレックスさん自身のレベルですね!
レベルを上げるために経験値が必要…というのはご存知でしたか?」
「いや、経験値の稼ぎ方までは知らなかった。レベル制自体は理解できるさ。
つまり魔物を倒して依頼を達成すれば経験値が貰えるんだろう?」
「はい!その認識で大丈夫だと思います!」
幼少期に多少ゲーム機に触れていたからか、レベル制くらいは分かるアレックス。
その後アイテム欄の説明で実際にリリィがしまっていた初心者セットを自分のアイテム欄にしまってみたり、人形は頑なに片手に保持していたが、諸々は理解できたアレックスだった。
「ではいよいよ魔物との戦闘を行いましょうか!
アレックスさん。あの杖をネズミに向けてみてください」
杖を向ける。そう言われたアレックスはおもむろに見様見真似で杖を使ってやり投げのフォームを構えだした。
「投げればいいのか?」
「違いますよ!?」
「そうか……」
「わ、分かってくれましたか…!」
若干目を潤ませながら言うリリィに、優しい視線を向けながらアレックスは笑顔で返す。
こう見えてもリリィは幼い少女。なにか不安になるようなこと、ストレスが溜まることがあったのだろうと、元凶がしみじみと考えながら杖を持ち替える。
その手には先程投げようとしていた杖をしっかりと……今度は出来るだけ短く、細かく振りやすいように持っていた。
「殴ればいいんだな?」
「全然分かってないじゃないですか!」
「じゃあどうすればいいのだ」
「こう、杖の先をネズミに向けてください!」
何をそんなに怒っているのだろう……と心配しながらもアレックスは杖の先を未だ草をモシャモシャしているネズミに向ける。
すると、アレックスの目の先―――どうやら眼球に投影されている―――にウインドウが表示された。
アレックスが少し戸惑っていると、そのウインドウに出ている項目が点滅し始めた。
どうやら今使える魔法を表示しているらしく、上から順に『Feuer(火)』,『Wasser(水)』,『Wind(風)』,『Boden(土)』と並んでおり、名称から推測すれば、それぞれの属性を示している様だ。
アレックスは試しに『Feuer(火)』の魔法を使ってみようと考えた。
「魔法を使うにはどうすればいいのだ?」
「基本音声入力なので、魔法の名前をそのまま口に出せば発動できます!」
ならば早速。とばかりにアレックスはネズミに狙いを定め、火の魔法の名を唱える。
「Feuer!」
瞬間。ボウッ!と勢いよく火の玉がアレックスの目の前に出現する。
直径二〇センチほどのそれはまっすぐにネズミの眉間へと進んでいく。やがて着弾すると、ネズミの体が一瞬燃え上がり、そのショックでネズミは地面を転げ回っていた。
転げまわることで消火されたのか、ネズミは焦げ臭い香りと共に起き上がる。やがて自分に火をつけた張本人…つまりアレックスを見つけると、甲高い鳴き声を上げて威嚇し始める。
『キィィイイィ!キィィィイイイ!!』
「今のが魔法…案外威力は低いな」
「まあ初級魔法ですからね……おっと、アレックスさん。赤ネズミが来ますよ!」
「む。まあ一発では倒せんか。ならばもう一発……」
そう言うとアレックスはまたネズミに杖の照準を合わせる。ネズミは変わらず威嚇を続けているが、先程の魔法が効いているのか、動く気配は無い。
これは好機とばかりに、アレックスは水の魔法の名を勢いよく叫んだ。
「Wasser…!」
今度は水の塊が出現し、ネズミへと向かっていく。
ネズミはその水球を避けようとするが、それよりも早く魔法が届いた。
『ギッ!?ギィィィィ……』
水球はネズミの胴体に勢いよくぶつかると元の不定形に戻るように散らばっていく。だが衝撃はかなりのものだったらしく、ネズミはその一撃で動かなくなってしまった。
「……死んだか?」
「ええ、討伐完了。おめでとうございます!」
ぱちぱちと小さな拍手をするリリィ。
そんな少女に対して、アレックスはわずかに照れた様子を見せながら返事を返す。
「Danke。でも、このネズミは最弱なんだろう?」
「いやぁ、なかなか最初から落ち着いて倒せるのは珍しいですよ!
動物好きなプレイヤーとかは結構ためらいがちですし、目の前の魔物に焦って、うまく魔法を当てられないプレイヤーも多いですから」
「そんなものか?……ん?魔物の死体が…?」
リリィが興奮気味に話しているのを半信半疑で聞いていたアレックスは、先程倒したネズミの死体が消えているのに気付いた。
死体が消えるという通常あり得ない状態に困惑していると、リリィが思い出したように説明を始める。
「そういえば伝え忘れてましたね。魔物は基本的に死んだ後、素材と『魔石』を出して消失してしまうんです。
家畜用に改良された魔物なんかはその例から外れるんですが……アレックスさん。魔物の跡を見てもらっていいですか?」
「了解した」
アレックスはネズミが横たわっていた場所に歩いていく。
よく見れば死体の跡どころか赤毛の一本も落ちていない。完全に存在ごと抹消されてしまったようになっていた。
だがその跡を良く調べると、先程見ていたネズミの毛皮らしき物と、テニスボールほどの大きさの紫に光る石を発見した。
アレックスはその二つの物体を持って、リリィのいるところまで歩いて行った。
「毛皮と石が見つかったが…この石が魔石か?」
「はい。この大きさだとN級ですね…ああ、『~級』というのは魔石の大きさの単位のことです。
それぞれN~SSRまであるみたいですね。私もSR級までしか見たことがありませんが、大体…そうですね、バスケットボール位の大きさでしたよ?」
「毛皮は生産の素材になるのだろうが…この魔石は何に使うんだ?」
「魔石は魔物の持つ魔力の塊…人間で言う心臓にあたる部分らしく、簡単なエネルギー源になるらしいです。
テーラーは魔石を生産の素材に使うことはないですが、スミスやメディスなんかは炉にくべたり、薬の材料に使っていますね……
あとは商店なんかで換金もできますから、持っておくといいかと思いますよ?」
「じゃあ一応しまっておくか」
メニューウインドウ、アイテム欄のアイコンをタッチ、アイテム欄が表示されればそのウインドウに向かって素材を投げる。
少しは慣れてきただろうかと考えるアレックスは、相変わらず人形を抱えながらリリィに頭を下げた。
「しかしリリィよ、色々と世話をかけてしまったな……ありがとう」
「い、いえいえ!こちらこそ拙い説明で恐縮です!他にも何か聞きたいことはあれば、何時でも聞いてくださいね?」
「いや、特には無いな。あとは自分で調べながらどうにかやるさ」
「そうですか……じゃあ最後になりますが、『フレンド登録』お願いします!」
そう言ってリリィはメニューウインドウを開きだした。
『フレンド登録』とは何なのだろうか?と考えていたアレックスの目の前に小さなウインドウで
《"リリィ" hat einen Freund Registrierung eingereicht.(リリィがフレンド登録を提出しています)
"リリィ" Wollen Sie an einen Freund zu registrieren?(リリィをフレンドに登録しますか?)》
と書いてあり、更には先程の言語設定の様に《Yes.No》の選択肢が付いていることも分かる。
「今私が出しているのは『フレンド登録』のページです。
フレンド登録は名刺交換の様なもので、登録しておくとその人の名前、今どこにいるのか、などが簡単に分かるようになるんです!…あ、もちろん本人が設定を変えることで公開する範囲を狭くすることもできます!」
「ふむ、まあ登録しておくだろう。普通に考えて」
アレックスは特に迷うこともなくYesを選択し、登録完了の文字を見た後ウインドウを消した。
リリィの方も登録されたことが確認できたようで、少し安堵の表情を浮かべている。
「まあ、改めてよろしくといったところか」
「はい!これからよろしくお願いします!」
笑顔で手を重ねる二人。草原の上に立つその二人を、まるで祝福するかのように穏やかな風が通り抜ける。
絵になる光景…美少女であるリリィが隣に立っているのも一層それを強調していた……。
まあ何というか、要するに周りの嫉妬の視線が余計集まっているということなのだが……
……言わぬが花、というやつなのだろう。
読了ありがとうございます!
魔法は基本四属性、初級、中級、上級という分け方を採用しています。
…まあ、というわけで次回からリリィとは別行動。つまりアレックスの遠慮が一切無くなります。
感想等ありましたら是非お願いします。