第七話
二日ほど遅れてしまい、本当に申し訳ありません。
今回は買い物回です。
「しかしすまんな……大分待っただろう」
「いえいえ!これも人助けですから!」
四時半の首都テラ。日も昇り、多くの人々が行き交う大通りをアレックス達は歩いていた。
大通りに面した商店では店主たちが大きな声で客引きをしている。売っている物も衣類、食材やそれを使った料理、武器防具類、雑貨や日用品など、様々な商品を取り扱っている。
ログインしてきたプレイヤー達の他にも、買い物に来た主婦らしき女性が食材を吟味していたり、幼い子供が屋台の食べ物を買い食いしたりとNPC達の姿も多く見えていた。
人が多い為か、なかなか目的の場所に向かって進めないアレックスは苛立たしげに呟く。
「なんだこの人の量は……」
その呟きを偶然聞いていたリリィは、少し苦笑しながらアレックスに説明する。
「元々この時間帯は人が多いですからね…最近はプレイヤーの数も増えてきましたし」
「此処にいるのは大体がプレイヤーなのか?」
歩いている人々を眺めながらアレックスが言うと、リリィは肯定した。テラの日常風景に和んだのか、笑顔を浮かべている。
「ええ、この時間帯、NPCの多くはそれぞれの職場で働いていますから。此処にいるのは商人や子供、主婦の方くらいですね」
「そうなのか……ところで、今私たちは何処に向かっているのだ?」
役所で手続きを終えたアレックスは、リリィの案内で大通りを西側に向けて進んでいる。
道中アレックスは例のドールが無いかくまなく観察していたが空振りに終わり、その所為か少し不機嫌になりながら歩いていた。
アレックスの疑問にリリィは笑顔のまま、前方に聳える大きな建物を指差しながら答える。
「あれです!」
リリィが指差した先。大通りに面した大きな三階建ての建物を見たアレックスは、色とりどりの装飾が施された石壁や、一階部分に大量の食料品らしき物、その食料品に人々が集まっている様子を見て、まるでスーパーだなと感じた。
「あれ…か?随分大きな商店なのだな」
「はい!テラでも一番大きな商店で、あそこで揃わない物はないとまで言われてるんですよ?」
感心した様子のアレックスがその商店に近寄ると、二階部分に取り付けられた大きな看板に気づく。
日本語で書かれているのであろうそれを翻訳ソフトで翻訳したアレックスは、無意識に商店の名を呟いていた。
「……『マルクス三兄弟の何でも屋』」
少し遅れたリリィが追いつくと同時に、アレックスは好奇心に任せて、賑やかな店内へと入っていった。
◇◇◇◇
「……しかし凄いな。これほど広いだけではなく、取り扱う商品の種類も豊富とは」
「なにせ『マルクス三兄弟の何でも屋』と言えばこのアエラで一番の品揃えですからね!
今私たちがいる一階は食料品や日用品を取り扱うエリアですね。長男のカールさんが営んでいます!」
「『資本論』でも書いてそうな名前だな……」
「?」
「いや、何でもない」
冗談は兎も角。周りを見渡せば、確かに果物や野菜、肉類が多く並んでいる。
こちらからは遠くてわからないが、ガラス瓶が並んでいるスペースもあるので、恐らくあれが日用品とやらなのだろうとアレックスは思っていた。
「三階まであるようだが…」
「二階は衣類を専門に取り扱うエリアで、次男のトーラスさんが担当してる階です。
兎に角種類が多いので、服を一式揃えたい場合にはとても重宝するんですよ?
…まあ、売ってるのが既製品だけなので、オーダーメイドの服が欲しい場合はテーラーに依頼することになるんですが……」
「そうなのか?」
「はい。ここの商品は店を持たないテーラーや、テーラー見習いが作った服を持ち込んで、それを店側で買い取った物なので…
その分生産職側からすれば、かなりありがたいことなのですけど」
確かに多くの生産職にとってはありがたいことこの上ないだろうとアレックスは思っていた。
恐らく、多くの生産職は自分の店で自分の商品を売りさばくことを最上にしているのだろうが、それは金銭的な事情で叶わない者が多い。
なればこそ、都合よく自分の作品を売りに賭けられるこのシステムは、何かと金が入用な生産職にとっては大歓迎なのだろう。
「三階は武器防具を取り扱うエリアです。ここは三男のクラウスさんが経営しているんですけど……」
「なにかあったのか?」
「…二階と同じで、オーダーメイドが出来ないんですよね。」
「ああ……良ではあるが、最良ではないということか。それはあるかもしれんな」
アレックスも普段ドール作りに使用する材料,道具は出来るだけ良い物を使いたい。
そのような考えなのかもしれないと、ザックリ考えていたアレックスは隣にいるはずのリリィがいつの間にかいないことに気が付いた。
周りを見渡すと、すぐ近くのカウンターで店員らしきNPCと話しているリリィの姿が見えた。
リリィは店員と話しながら、なにか青い液体が入ったガラス瓶を幾つか購入している様子だった。
何をしているのだろうか?とアレックスが興味深げに観察していると、その視線に気づいたのか、少し慌てた様子でリリィはアレックスを手招きした。
「あ、アレックスさん!此処で『初心者セット』を買っておきましょう!」
「『初心者セット』?」
聞き慣れない単語に思わず疑問の声を上げると、リリィの目の前にいた女性店員が説明を挟んできた。
「『初心者セット』とは、OMNIS初心者の方に特別価格でご提供しているアイテムの詰め合わせになります」
「具体的には?」
「はい。まず回復薬と解毒薬をそれぞれ五本づつ、レーション…携帯食料ですね。こちらを一〇本。
それと、もし野宿をされる場合に使用できる一人分の簡易テントと寝袋。調理を行う際に使える蓋付小鍋とフライパンを一つづつですね。あとは火打石なども用意しておりますが…お客様はメイジでいらっしゃるので、ご不要になるかと」
「ん?なぜメイジだと火打石が不要になるのだ?」
その疑問に、隣のリリィが応える。
「メイジの場合、どんなメイジでも初級の火属性呪文を使うことができますから!…それも少ない魔力で。
ウォーリアーやモンクも魔法自体は使えるんですが、魔力効率も悪いですし、戦闘以外で魔力の消費を出来るだけ抑えたいので火打石を使うプレイヤーが多いんです。」
「それに、火打石は消耗品です。魔法でカバー出来る範囲であれば、出来る限り出費を抑えるのが賢明かと」
リリィと店員の説明に納得したアレックスは、その『初心者セット』を購入するべく……
「…そういえば、まだ私はロスとやらを持っていなかったな」
……当然だが、住民登録をしたばかりのアレックスは、買い物の仕方も知らないばかりか、全くの無一文である。
不思議そうな顔をするリリィ達には辛うじて無表情になっているアレックスは、内心かなり焦っていた。
(マズい…このままでは買い物も出来んじゃないか……!)
金が無ければ何もできない。そしてドール制作には金が必要だ。
すなわち、ドール=金なのだ。なにか錯乱しているような感覚を覚えるがどうでもいい。
(金、金、金だ。早く金策を考えてドールを迎える準備をしなければ……!)
「……ックスさーん?アレックスさーん!」
「ハッ!……な、なんだ?」
「なんだ?じゃありませんよ。急に呆然としてどうしたんですか?」
リリィの声に我を取り戻したアレックスは、珍しく慌てた様子で、リリィに返した。
「い、いや。何でもない」
「…そうですか?それならいいんですが。それより、次は三階に行って武器を選びに行きましょう!」
「いや、まだ初心者セットを買えていないだろう?」
アレックスがそう言うと、リリィは「何を言っているんだろうこの人?」といった様子で、右手に持った初心者セットをアレックスに見えるように掲げた。
「初心者セットなら、ここにありますけど」
「……は?」
思わずアレックスが唖然とした顔をしていると、何かに気づいたようにリリィが慌てて説明を始めた。
「そ、そういえば伝え忘れてました!初心者セットは、基本無料なのです!」
「む、無料?」
「はい!正確には、薬類と日用品関連です。このセットはそれしか入っていないセットなので、無料という訳です!」
無料。その言葉を聴いて、安心するアレックス。そして妙な早とちりで迷惑をかけたことをリリィに謝罪する。
「すまん。要らない心配をかけさせたな」
「いえいえ!元は私の説明不足ですから!」
「そう言ってもらえるとこちらとしても助かるが…いや、蒸し返すのも悪い。三階に行くのだったな」
「ええ、階段はこちらです!」
気まずい空気を断ち切り、明るい空気を纏った二人は、二階へと上がる階段へと足を進めていった。
◇◇◇◇
途中で二階の紹介を挟みつつ階段を上がり、三階にたどり着いた二人。
三階のフロアには、壁に掛けられた無数の鎧や籠手、西洋剣や長槍が見る者に威圧感を与えている。
やたら物が多いせいか、広いはずのフロア内が少し狭く感じてしまうな…とアレックスは考えていた。
「ここが三階……で、ここで何を買えばいいんだ?」
「アレックスさんはメイジのロールを取得しましたから、長杖か短杖ですかね……あ、お金なら大丈夫ですよ?
元々初心者用の装備はかなりの低額で購入できますから。」
「そうなのか?」
「ええ、ここで購入できる初心者用の武器防具は、ほとんどが生産職見習いのプレイヤーが製作した物ですから
品質は心もとないですが、その分値段は安く済むのですよ?」
武器防具について全くと言ってもいいほど知識を持たないアレックスにとって、リリィの説明は大変ありがたいものだった。
そうやって説明されつつ武器を見ていると、アレックスの丁度目の前、長杖が何本も掛かっている中でひときわ目を引く杖があった。
「なんだこれは…随分とボロい杖だな。本当に商品なのか?」
「どうかしましたか?……うわ、本当にボロボロの杖ですね。値札があるようなので、商品ではあるようですが…」
「七五ロス……これは安いのか、リリィ?」
「相当安いですね。普通の初心者用武具は二〇〇ロスくらいしますし」
「まあ、この状態では買う者はいないだろうがなぁ…」
なにせ持ち手がボロボロの布、全体的にもささくれが目立ち、一部欠けている部分もある。
薄い焦げ茶色の長杖は元々は良い杖だったのかもしれないが、ボロさがそれを台無しにしてしまっている。
杖の値段が安いこともあってか、少し残念そうに見ていた二人に、後ろから声をかける者がいた。
「おうおう!何かと思えば、久しぶりじゃねぇか嬢ちゃん!」
その声はとても大きく、リリィは思わず飛び上がってしまった。
アレックスはそんなリリィを横目にしながら、この大きな声の持ち主は誰なのだろうと考えていた。
先程「嬢ちゃん」と言ったのだから自分には関係ないだろうと思い、振り返らず他の杖を眺めることにしたアレックス。
当の呼ばれた本人は、先程の声の持ち主に驚きつつ、顔見知りであったこともあってか、そのまま話し始める。
「ななななな、いきなりなんですかクラウスさん!?」
「何って、リリィの嬢ちゃんが久しぶりに此処に来たから挨拶してやったんじゃねぇか」
「だ、だからって大声で話しかけてこなくてもいいじゃないですかぁ!」
「がっはっは!そりゃあアレだ。久しぶりに嬢ちゃんの驚いた顔が見たくて、ついな!」
「ついじゃありませんよぅ……」
話を聞いていると、クラウスという名前から察するに、ここの店主なのだろう。
リリィと知り合いであることからも、親しみやすい性格に設定されたNPCなのだなと感心していると、リリィを弄っていたクラウスがアレックスの存在に気づいた。
「…ん?そこの坊主は見たことねぇ顔だな。もしかして嬢ちゃんの彼氏か?」
そう言ってニヤニヤしながらからかうクラウスに、少し赤面したリリィが先程よりも声を大きくする。
「違いますよ!アレックスさんはテオさんのご友人で、今いろいろと説明しているところなんです」
リリィの言葉からテオの名前が出ると、クラウスは興味深げにアレックスの顔を見る。
「ほう……あのテオのねぇ。それで弟子の嬢ちゃんが案内してるってことか」
「テオを知っているのか?」
「ん?そりゃあ知ってるさ。それにこのアエラでテオを知らない奴はいないと思うぞ?
なにせ近接戦闘に関してはアイツの右に出る奴はいないからな。しかもアイツ、あの性格だろ?」
「まあテオさんは本当に強い人ですからね……」
二人の言葉に眼を見開いて驚くアレックス。それもそうだ、元々四月からOMNISをプレイしているであろうテオは、このアエラにおいて古参の領域に入っているのだろう。しかもテオは社交性も高い。
職業学校でも友人が多かった彼はこのテラでも親しみをもたれているのかとアレックスは感心していた。
「で、アレックスだったか?見たところ杖を見てるみたいだが……」
「ああ、メイジのロールにしたので杖を見ているのだが…この杖が気になってな」
先程まで二人が見ていた杖を見せると、クラウスの表情が僅かに変化した。
「……ああ、この杖か。確かに気になるわな」
「私も見たことが無い杖だったので、少し気になりまして…」
クラウスは微笑みながらボロボロの長杖を壁から外し、持ち手を片手で握りながら懐かしそうに話し始めた。
「これはかなり昔の代物でな?この前倉庫でボロボロになってるのを引っ張り出してきたんだよ。
何十年前の物なんか分からんが、昔この店に売られてきたらしい」
そう言われてみれば、杖は確かにボロボロではあるが、形状、長さは他の杖と遜色ない物であることが分かる。
「多分昔の職人見習いが作ったんだろうなぁ……」
「ふむ。かなり状態は酷いが、そう考えれば味があるともいえるかもしれんな」
アレックスがそう呟くと、クラウスは杖に向けていた目をギラッと輝かせ、所謂商人の目になってアレックスに話しかけた。
「……坊主。良く分かってるじゃねぇか。
まあこれも何かの縁だ、この杖、今回限り七五ロスのところなんと五〇ロスで売ってやるよ!」
「いや、要らん」
アレックスはボロボロの杖に全く興味が無いのか、至って冷静にクラウスの誘いを跳ね除ける。
クラウスも予め予想していたようで特になにも表情は変化しなかったが、その目は余程在庫処分がしたいのか、ギラギラと輝いていた。
「まあまあそんな堅いこと言わずに、どうよコレ。お値打ち物だと思うんだがねぇ」
「要らんと言った。そもそも金を払うのは俺ではなくリリィだ。金を払ってもらう以上、無駄な浪費はしたくない」
「だったら尚更!そもそも魔法なんて杖の質は関係ない。習熟を重ねればどんな杖でも威力は変わらんさ!」
「だとしてもあからさまにボロい杖を売りつけるのは商人としてどうなのだ?」
「ぐぬぬぬぬ…!」
アレックスの歯に衣着せぬ態度に、苦渋の表情を浮かべるクラウス。
そんな二人の会話を苦笑いで見ていたリリィは少し離れたカウンター近くに見たことのない物が置いてあることに気づいた。
「あれ?クラウスさん。カウンターに置いてあるあの箱はなんですか?」
「ぐぬぬぬ……箱?…ああ!ありゃあ知り合いのテーラーが作った代物でな?
タダで貰ったってのもあるし、せっかくだから小銭でも稼げるかと思ってそこに置いてるんだよ」
アレックスから目を逸らし、箱のことを説明するクラウス。
一時休戦の雰囲気を感じ取ったのか、アレックスは多少穏やかな様子で問いかける。
「中には一体何が入っているんだ?」
「ん?確か……ああ!小さな人形だったと思うぞ」
人形。その単語を聞いたアレックスはすぐさま早歩きでカウンターまで寄っていくと、箱の中身を検分し始める。
木箱の中に入っていたのは全長一〇センチにも満たない小さな人形達だった。
素体は陶器製。白い肌を覆うのはテーラーが自ら縫ったであろう白い膝丈まであるワンピース。
どうやら精巧に作られた物ではなく、土産品として作られたのであろう素体だが、その身に纏う服がそれを完璧にフォローしている。
これぞ正にドール。アレックスはこのOMNISでの初めての出会いに感動し、わずかに涙目になっていた。
傍から見ていた二人の内、リリィはテオから予め聞かされていたので多少驚くだけで済んだが、クラウスは突如起こった変化に驚きを隠せない様子だった。
しかしこれでもクラウスはベテランの商人。確かな勝利への確信を持って、人形を愛でるアレックスに話しかけた。
「……なあ、アレックス」
「なんだ、今私はこの愛くるしいドールを愛でることに忙s―――」
「さっきの杖を買ってくれたらその人形を一体タダでやるよ」
「―――交渉成立だ」
即決、まさに神速の決断であった。
それと同時にクラウスはいい笑顔を見せた。元々タダで貰ったもの、それと引き換えに在庫処分ができればそれで万々歳だ。
クラウスは上機嫌で先程の長杖をアレックスに渡す。アレックスも受け取りはするがその目は人形に夢中だ。
だがそこにあるのは笑顔。アレックスは人形を手に入れたことによる笑顔、クラウスは在庫処分ができたことによる笑顔。
二人の男は両方とも笑顔でこの勝負…勝負?を終えることができたのだ。
…だがまあ、傍から見ていたリリィからすれば意味不明のことに過ぎず……
「……どうすればいいんですかね。この状況」
結果として、二人の男が笑顔で握手を結ぶその横で、気まずそうに佇む少女の姿が此処にあった……
読了ありがとうございます。感想等ございましたらお気軽にどうぞよろしくお願いします。