第六話
今回は新キャラ登場でございます。
「……あの馬鹿野郎。よくも私を置いて行きおったな」
三時半の首都テラ。朝日が眩しく照らす大通りを、奇妙な格好で疾走するアレックスがそこにいた。
例の如く安定のゴキブリスタイル。店を開ける準備をしていたNPCや宿屋から出てきたプレイヤーが唖然とした顔でそれを見ているが、自らの恰好など微塵も興味が無いアレックスは他の視線の一切を無視しながら石畳の道を駆けている。
やがて一匹のゴキ…失礼、アレックスは街の中央にそびえ立つ役所に到着した。
目の前には木製の重厚な両開きの扉。常に開放しているのか、既に開いた状態のそれをくぐったアレックスは、まず馬鹿を探すことにした。
まだ早朝だからか、役所の中は人影があまりおらず、アレックスから見て左右にカウンター、そしてカウンター近くの壁に掲示板が存在している。
「ハァ…ハァ…さて、何処に行ったあの塵芥ァ……!」
息を荒げ、若干吊り上がった瞳を左右に巡らせるアレックス。
その姿は正に狂人。役所内にいる人々やカウンターの受付嬢などが揃って引いている中、とある人影がアレックスに近寄ってきた。
「あの~…もしかしてアレックスさん…ですか?」
狂人に話しかけたのは、長い銀髪を腰まで靡かせた美少女だった。
声に気づいたアレックスは鋭い視線のまま振り向いて、その少女の顔を見る。
膝まである白いワンピース、あまりゴテゴテした装飾が無いそれは清楚な印象を見た者に与えるだろう。
足元に視線を向ければ、運動性を重視しているのか、足にフィットする形の茶色いブーツを履いている。
頭には大きな濃紺のリボンが揺らめいていて、ふんわりとした銀髪を片側、アレックスから見て左側にまとめていて、その所為か全体として引き締まった印象を受ける。
要するに、如何にも女の子女の子した趣味を持っている真面目なタイプなのだろうと、アレックスは大体の見当をつけていた。
現に今もアレックスに話しかけつつ、声を抑えめにして周りに気を使う様子が見て取れる。
話している言語はドイツ語ではない。先程説教を喰らったNPCと似ている為、恐らく日本語なのだろう。
自分の名を呼んできたことから、何か用があるのだろうが…正直見当がつかないアレックスだったが、どうせ此処にいないテオ関係なのだろうと若干殺気を滲ませながら、少女に体を向けつつ、外部から翻訳用アプリを立ち上げて、はっきりとした声を意識しながら少女に話しかける。
「……何の用だ?」
起動していた翻訳アプリはアレックスが放った声を感知、それぞれの単語、文法を細かく理解した後、機械音声が日本語として発音する。
相互翻訳機能をONにして、更に自動変換に設定している為、一度起動すれば二人の会話を勝手に翻訳してくれるが、いささか読込から発声までのラグが気になるな…とアレックスは考えていて、少女のことにはあまり興味が無い様子だった。
そうとは知らない少女は、翻訳ソフト越しでも会話が通じると分かり、安堵の表情を浮かべていた。
少女はそのままアレックスに対して、正確にはアレックスの目の前にある仮想投影型マイクに向けて話しかける。
「すいません。突然話しかけてしまって……」
相互翻訳により若干のラグはあるものの、取り敢えずの会話は問題なく成り立つようだ…と考えているアレックスは、興味も無さそうに返した。
「…いや、問題ない。それより何の用だ。生憎とやらなくてはならないことが山積みでな」
「あの、実はそのことでテオさんから伝言を承ってまして……」
テオ。その一言でアレックスは目の前にいる少女に先程まで放出していた殺気を向けながら、無意識に声のオクターブを下げた状態で疑問を投げかけた。
「……テオ?今テオと言ったか?」
「うひぃ!?ははははいぃぃい!!?」
あの怨敵がここにいるのかとばかりに憎悪の感情を少女に叩きつけたアレックス。
そんなものをぶつけられた少女は未知の困惑と恐怖に襲われながら、それでも彼の疑問に答えようと……
「それで、あの愚図は何処にいる?さっさと居場所を吐け」
「ひ、ひぃぃいいぃい!?」
あ、駄目だ。二度目の殺気を受けた少女は思った。
目を見れば分かる。もうこの人イカレてる。狂気に心が支配されてる。
そう感じ、ガクガクブルブルと震えている少女の状態を無視してアレックスは話しかける。
「……聞こえていなかったのか?あの塵野郎は何処にいると聞いたのだが」
冷静になったのか、先程までよりか微妙に殺気が薄まった声は少女の耳にはっきり届く。
言葉は相変わらず辛辣だが、内に籠る殺気が多少弱くなったこともあってか、少女はなんとかテオからの伝言を告げようとする。
「わ、私はリリィと申します。テオさんの…弟子をやらせていただいてます」
「弟子…ああ、確かあの馬鹿もそんなことを言っていたな。弟子の様な奴がいると」
「そうですか!…それでですね、先程テオさんが何やら急いだ様子でこちらに寄って行きまして、私に伝言を残していったのです」
問題なく意思疎通を取れることが分かったからか、明るい表情を浮かべるリリィ。
リリィが笑顔を見せたからか、役所内に漂っていた緊張感も緩み、中にいたNPCやプレイヤーもほっと息をついた。
……まあ一部のプレイヤーは「リリィタソ~!」だの「リリィちゃんマジ天使」だの訳の分からないことをほざいていたが。
「伝言…」
「はい!なんでも『朝食食って職場行くから』と言ってました」
「また随分と適当な……だがまあ、そういえば現実では結構な時間だったな」
時刻はもうじき四時になる。OMNISの中ではまだ早い時間だが、ドイツはもう午前六時だ。早い者ならもう出勤している時間だろう。
テオも普段は午前七時辺りには出勤していると聞いていたアレックスは、自分が原因で夜中にログインしてテオに付き合せたことを少しばかり反省していた。
「それで、テオさんからアレックスさんを案内する様に頼まれたんですが……」
「ん?そうなのか。それは助かるが…迷惑ではないか?」
「いえいえ!普段テオさんから頼み事なんて中々されたことがないので新鮮です!
……それに私も元は初心者ですし、少しでも初心者の方の手伝いができたらいいなと思っていたので」
そう言って笑顔を見せるリリィに、アレックスは良心の呵責を感じていた。
役所に着くと同時に殺気を振りまいていた自分とは大違いだ。そう感じながら目線を逸らす。
なんだこの少女は。例えるなら純白の百合とでも言おうか、見るだけで自らの罪が現れる様で、まともに直視できない。
そう感じていたのはアレックスだけではなかったようで、これまで二人を見ていた者たちが皆、眩しいものを見たように目を覆っていた。
しかし、どうも当の本人は無意識にこの輝きを放っているのか――
「じゃあ取り敢えず申請カウンターに行きましょうか!」
「あ、ああ」
――というように、もうドールのことしか考えられなかったアレックスも、思わず従ってしまうのであった。
◇◇◇◇
「まずカウンターの説明からしましょうか」
入り口から見て右側、小さな赤い旗を飾っているカウンターに二人は並んでいた。
前にはまだ二、三人並んでいて、二人の方をチラチラと見ている。それ以外にも一階にいるプレイヤー達が見ているがそのどれもこれもが嫉妬の視線だ。まあ可憐な美少女を連れていればそうなるだろう。
だがアレックスは、周りのプレイヤーからの熱い嫉妬の視線をガン無視して、リリィの説明に耳を傾けた。
「今私たちがいるのは『登録カウンター』。主に住民登録やロール登録、家屋の購入などをする際に利用する場所です」
「つまり、アエラに来たプレイヤーは最初にここで登録するのか」
「そうですよ。因みにあそこで受付をしているのはNPCの職員さんですけど、
NPCと言っても、ほとんど人間と見分けがつかないので注意が必要なんです!」
「…ああ、それは身をもって知っている」
そんなことを小声で言ったアレックスは東門の衛兵を思い出して、少し身震いした。
リリィは聞いていなかったのか、今度は左側の青い旗を飾っているカウンターを手で示しながら。
「左側のカウンターは『依頼カウンター』と言って、主にNPCからの依頼や、役所からの依頼を選んで受けることができます」
「赤が登録、青が依頼か……」
「因みに依頼カウンターでは依頼を受けるだけではなく、プレイヤーに対して依頼を申請することができるんですよ!」
「ほほう、依頼の申請か」
「はい!例えば、私はテーラーという生産職ロールを持っているんですが、服の生産にあたって、魔物の素材が必要になることがあるのですが……」
「ほうほう」
「でも魔物を狩りに行く時間が取れない時に依頼カウンターで依頼を申請すれば、プレイヤーの方が依頼を受けて下さるのです」
「それは便利だな。申請についての規定はあるのか?」
「報酬内容についてなら、一定以上のロスを報酬にするか、それ相応のアイテム、あるいは素材を報酬にしなくてはなりません。
報酬を安くしようとか、タダ働きさせようとしても、申請の段階で報酬を納めなきゃいけないので、その時点で不可能になります」
それは便利だな。とアレックスは感心していた。
生産職ロールを取るのならこういうものも活用するべきかと考えていると、登録カウンターに並んでいたプレイヤーがいなくなったのか、アレックス達の番になっていた。
「登録カウンターについては…直接職員さんに聞いた方が早そうですね」
「…まあそうだな。では少し待たせてしまうが……」
アレックスはリリィの方へ振り向きながら、少し申し訳なさそうに言った。
「そうですね……じゃあ、私は入り口近くで待ってますので!」
彼女自身特に気にしていなかったのか、リリィは少し考えた後に笑顔で見送った。
その笑顔に安心したのか、良かったという表情を浮かべて、アレックスは女性職員に話しかける。
「すまん。住民登録とロール登録をしたいのだが…」
先程までの光景を見ていたのか、営業スマイルが少し苦笑いになっている職員の女性が答える。
「住民登録とロール登録ですね?では、お名前をお願いします」
「アレックス、スペルはA l e xだ」
アレックスが自分の名を名乗ると、職員はなにか羊皮紙の様な物にその名前を書いていく。
恐らく書類の様な物だろうと考えていたアレックスは気にせず続けようとする。
「…それで、次は何をすればいいのだ?」
「次はロール登録になります。少々お待ちください…」
そう言うと、職員は机の引き出しから書きこんでいた物とは別の羊皮紙を取り出して、アレックスに見せる。
「現在アレックス様は住民登録をしたばかりですので、こちらの初期ロールから一つお選びください」
「了解した。……そういえば質問なのだが」
「はい、何でしょうか?」
「生産職ロールと言うのはどうすれば取得できるのだ?」
「ああ、生産職希望の方でしたか。では生産職ロールについて説明致します」
アレックスはドールが作りたいだけなのだが、そうとも知らない職員は説明を続ける。
OMNISに来た理由がドール作成になっているアレックスは特に異論のないまま職員の声に耳を傾ける。
「まず生産職ロールの場合、それぞれ対応する生産職の方に『弟子入り』する必要があります」
「『弟子入り』?」
「はい。その後、師となった生産職の方から一定の技術を学んだ後、あちらの依頼カウンターに生産職見習い専用の依頼がありますので、そこで規定数依頼を達成されたら、晴れて生産職としてロールを受け取ることができます」
(案外面倒臭い手順を踏むのだな……まあその辺りもひたすら時間を掛ければいいか)
アレックスは少し面倒そうにしているが、これもドールの為と考えながら職員と話を続ける。
「そうか……まあ先に初期ロールを決めるか」
「では、初期ロールの説明からさせて頂きます」
「確か…『ウォーリアー』,『メイジ』『ヒーラー』の三つだったか?」
「そこまではご存じなのですね。では、まずウォーリアーから説明を致します」
「ああ、説明はいい。どうせウォーリアーにはならんしな」
「……と、言いますと?」
不思議そうな顔をした職員に、アレックスは自らの左足を見ながら言った。
「私は元々足が不自由でな、そのせいか、どうにも近接戦闘は出来そうにない。ウォーリアーというのは近接戦闘職なのだろう?」
「まあ、弓や魔法を使用する場合もありますが、確かに前線に出る割合は多いですね……
……そういうことでしたら『メイジ』と『ヒーラー』のみの説明でよろしいですか?」
「よろしく頼む」
職員はアレックスの目の前に置いた羊皮紙に目を向ける。
「『メイジ』は文字通り魔法を使った遠距離戦闘に優れたロールで、その他にも敵の動きを阻害する魔法を得意としています。
反面、耐久力は三つの初期ロールの中でも最弱なので、近接戦には向かないロールです」
(遠距離専門……それなら今の私でも可能か?)
「『ヒーラー』は主に回復要員ですね。回復魔法と味方に対して補助魔法を使うことができます。
ヒーラーの場合、メイジよりも多少耐久力が高いので、片手持ちの棍棒を装備すれば一応近接戦闘も可能です」
(こちらは回復専門だと思っていたが、近接戦闘もできるのか。まあ近接戦はしないから別に問題は無いが)
説明を受けたアレックスだが、メイジとヒーラーの二択をどう選ぶか決めかねていた。
悩んでいる様子のアレックスに職員が声をかける。
「ここまでで何か質問はございますか?」
「……そういえば、回復魔法を使えるのはヒーラーだけなのか?」
「はい。メイジは攻撃魔法と阻害魔法しか使うことができません。
これはウォーリアーも同様ですが、直ぐに耐久力を回復したい場合には、ヒーラーに回復魔法を使ってもらうか、市販の回復薬を使用すれば回復できます」
(回復用の薬があるのか。ならヒーラーはいらんな)
自分のロールを決めたアレックスは、それを告げるべく職員に向けて口を開いた。
「…では私はメイジにすることにしよう。その方が合っていそうだ」
「はい。ではメイジのロールを登録させていただきます。初期ロールは後で変えることも出来ますので、その時はまた登録カウンターへお越しください」
職員はそう言うと、後ろのドアから出てきた別の職員――男性の職員――に書きこんでいた羊皮紙を手渡した。
五分ほど経った後、先程入ってきた職員が何かを持って女性職員に渡してきた。
「以上でアレックス様の住民登録を完了致しました。こちらがメイジ専用のローブとなっております」
そう言いながら職員はアレックスに布製のローブを渡してくる。
色は紺色で、木綿に似た感触のローブだ。しかしなんでこんなものを渡してくるのかとアレックスが疑問に思っていると、職員が説明を入れてくる。
「初めてアエラにお越しになったプレイヤーの方は、こちらを受け取るようになっておりまして……サービスの一環と思っていただければ幸いです」
まあ貰っておける物は貰っておこうと思ったアレックスは、職員に礼を言い、ローブを脇に抱えて役所の入り口で待っているリリィの元へ向かって行った。
読了ありがとうございます。
次回は来週の土曜日に更新になります。