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Alex:2032  作者: 果糖
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第五話

一週間ほど遅れてしまい本当に申し訳ありませんでした。

今回は舞台を首都“テラ”に移します。まあアレックスは平常運転ですが……

 


 OMNIS内、三時の首都テラ。太陽が登りはじめ、街内のNPC達も緩やかに活動を始める。そんな静かな時が流れるこの町の東門でとある馬鹿に対する説教が繰り広げられていた。


「―――全く!大体深夜の通行はアエラ住民でなければできないというのに何で話も聞かずに強行突破しようとするんですか!?

 しかも何ですかアレ。何なんですかあのくっそ不気味な移動法!?一瞬魔物が突っ込んできたかと思ったじゃないですか!心臓止まりかけましたよ!?」

「……解せぬ」

「な に か言いましたか?」

「……」


 説教の初めは日本語が分からないこともあり多少言い訳する気力があったアレックスだったが、体感三〇分ほどでその気力も完全に失せていた。

 今すぐ意識を手放してしまいたい、でもここで諦めたらドールとの邂逅が遠のいてしまう。

 その一心で地獄の説教に耐えているアレックスだが、傍から見れば抜け殻のように見えるほど憔悴していた。


 その光景を見て、流石に気の毒に感じたのか、横にいたテオが二人の間に割り込む。


「ま、まあまあ。こいつも反省してるし、初心者のミスってことで大目に見ちゃくれないか?」


 初めと比べ、アレックスが静かにしていることもあったのか、その言葉に少し考えた後、NPCは首肯しながら呟いた。


「…はぁ、しょうがないですね。取り敢えず今回はこの辺りで終わりにしましょう」


 NPCがそう言うと、今まで意気消沈していたアレックスがゆっくりと立ち上がった。

 そのままゾンビの様な足取りでテラ側の出口に向かう姿を呆れるように眺めるNPCは、隣で酷く疲れた顔をしているテオに話しかけた。


「……初心者なのに、なんであんなに滅茶苦茶なのですかね」

「……知らん。こっちが聞きたいくらいだよ」


 不可解な存在。ある種の未知とも呼べる存在に、二人は揃って嘆息する。

 OMNISがゲームである以上、ある程度のルールが存在し、それを守る必要があるとゲームをプレイする人間なら理解してしかるべきだろう。

 その点では彼は一般的に言う「マナーの悪いプレイヤー」であり、NPCもそんな彼を嫌悪し、それと同時に呆れていた。


 だが、そんなNPCと違い、呆れながらも何処か安心したようにテオが呟いた。


「でもまぁ…あいつも悪い奴じゃあないんだよ。今はドールのことで頭がいっぱいになってるだけで」

「正直激しく不安なのですが……」

「元々一つのことに集中すると他のことに全く目を向けなくなるからなぁ……」

「はた迷惑な……」


 二人が軽い雑談をしている間に、アレックスはヨロヨロと歩き続けている。

 歩き慣れていないからか、それとも先程のゴキブリ染みた動きが仇になったのか分からないが、時々門の柱や壁に寄りかかっている。

 その様子を見たテオはアレックスの元に歩み寄りながらNPCに声をかける。


「じゃあ、俺もそろそろ行くわ。なんか済まなかったな、色々」

「ええ……もう勘弁してくださいね」


 心底疲れた。という思いが詰まったその言葉に苦笑して、テオはアレックスの元に向かうのだった。





 ◇◇◇◇





 東門内を歩くアレックス。その後ろからテオが近寄ってくる。


「…ん?話は終わったのか?」

「まあな。それにしても、まさか東門で時間をロスするとは思わなかったぜ……」

「それを言うな……しかしお前、日本語を話せたのか。正直お前たちが何を話しているか全く分からなかったぞ」

「元々JAPANのゲームが趣味だからな。話せないと不便なんだよ」


 ほう…と感心した様にテオを見るアレックス。

 普段は直接会って話すことも少なく、またお互いの趣味も被っていなかったこともあってかそのような話をする場面が無かったが、友人がいつの間にか難しい日本語を話すことができていたとは思いもしていなかったアレックスであった。


「しかし面倒臭い相手だった。まさかこの歳で説教を喰らうとは思わなかったぞ」

「あっちのNPCは酷く疲れてたけどな……今度謝っておけよ」

「ああ、今度な。

 ……それにしても、あれがNPCか。なんだか人間臭い奴だったな。OMNIS(ここ)のNPCは皆あんな感じなのか?」


 アレックスは先程のNPCの行動や仕草、感情の動き方などを思い返していた。

 二〇三二年現在。科学、機械技術が発達し、当然AIも発達しているが……


「……まるで人間そのものだったな。AI特有の違和感はあったが、それも気にならない程度だった」

「違和感?」

「説教中の眼球の動き、言葉の溜め、手足の微妙な揺れ。これ以外にも細かな部分はいくつかあったが……総評するとほぼ人間の動きだったな」

「よく分かるな……」

「違和感としては分かりやすい部類だ」

「殆どのプレイヤーはその違和感にも気づかないんだがな…逆に何で気づけるんだ?」


 テオの言葉に少し考える様な仕草をしたアレックスは、少し小さな声で呟いた。


「……まあアレだ。家業の影響だな」

「家業って…お前の家は心理学でも研究してたのかよ……」

「…詳しくは訊くな。色々あるのだ」

「お、おう……それにしても随分と歩きにくそうにしてるじゃないか」


 テオが言う通り、今も壁伝いに歩いているアレックスはおぼつかない足取りで前に進んでいる。

 先程受けた説教の影響もあるのだろうが、それにしてもフラフラし過ぎではないかとテオは考えていた。


「ああ、やはり左足の影響なのか、歩く動作にかなり違和感がある」

「おいおい大丈夫か?一応このゲーム戦闘結構あるぜ?」

「多分大丈夫だろう。だが……確かに私は運動が得意ではないし、戦闘は必要最小限に留めたいな」


 こう見えても、いや見るからにアレックスは根っからのインドア派である。

 運動など学生の頃に経験して以来な彼に、原始人よろしく槍持って突撃なんて自殺行為に等しいだろう。

 だが、テオはそのことも知っている為、意外でもなさそうに返した。


「…まあ、お前のことだから予想はしてたけどな」

「だが本当に戦闘はほぼできないと思ってくれ。現状歩くだけで精いっぱいだ」

「なにもOMNISの醍醐味は戦闘だけじゃないさ。

 それに、アエラは『ロール』によって戦闘方式が変わるから、お前みたいに常時棒立ちでも無問題だ」


『ロール』という聞き慣れない言葉に首を傾げるアレックス。

 だが一応必要な情報だと理解したのか、歩きながら聞くことにした。


 それを知ってか知らずかは分からないが、説明を続けるテオ。


「『ロール』システムってのは、このOMNISで採用されてるシステムでな?

 プレイヤーはそれぞれ決まった『ロール』を選択して、その『ロール』によってOMNISでの活動スタイルを決めるんだよ」

「と、言われてもな……」


 正直さっぱり。という様子のアレックスに苦笑しながら、テオは更に詳しく話し続ける。


「今の所確認されてるロールは三つ。『ウォーリアー』,『メイジ』『ヒーラー』の三つだ。

 これらは初期ロールとも呼ばれているが、アエラのプレイヤーは必ず全員この三つの内のどれかを選ばなきゃならないんだ」

「その初期ロールとやらは何処で手に入る?」

「俺たちが今歩いているその先。首都テラ内部の『役所』で手に入れるのさ」

「…『役所』?」

「役所については後で行くからその時に説明するわ。実際に見ながら聞いた方が分かりやすいしな」


 確かにそれは一理ある。とアレックスは思った。

 しかし、そもそもアレックスの目的はドール。それもただ鑑賞するだけではなく実際に作ることが目的になっている。


「ドール作成はどのロールで可能なんだ?」


 アレックスの質問に、テオは顔を顰めながら答える。


「生産系は初期ロールじゃないんだよなぁ……一応生産職ロールがあるから、可能だとは思うが」

「何だ。ロールとは三つだけではないのか」

「ああ、さっき言った三つは『戦闘職ロール』さ。生産職ロールってのはまた別なんだよ」


 頭に手を当てて考え込むアレックス。微妙にイメージが固まっていないのか、額にしわを寄せながら不満そうに問いかける。


「よく分からん。具体例を示せ」

「バ、バッサリ来たな……うーむ。例えば俺の場合だと、メインのロールは『ウォーリアー』でそれ以外のロールは取ってない、所謂『戦闘型』なんだが…」

「ほうほう」

「この前言った弟子みたいな奴は『ウォーリアー』と一緒に生産職ロールである『テーラー』も取ってる。まあ『両立型』って言われてるやつだな」


 テオの説明を聞きながら、アレックスは自分がどうするか考えていた。

 自分はテオのようにガチガチの戦闘はできない。かといって戦闘と生産を両立するなどという器用なことも出来ない。

 ならばどうするかなど自分の中では既に決まっていることだが、情報が少ない今決めてしまうのも早計だろう。とアレックスは思った。


「……どうするかなど後で決めればいいか。今はドールだ」

「ん?何か言ったか?」


 後回しにしたアレックスの小さな独り言は隣で歩いていたテオにも聞こえるものではなかったらしく、アレックス自身も単なる独り言だったからか、軽く誤魔化すことにした。


 そして話題を変えようとしたアレックスの目の前に、彼が待ち望んでいた風景が広がっていた。


「いや、なんでもない。しかしテオよ」

「何だよ?」

「あの目の前にあるのが市街地か?」


 アレックスがそう言うのと同時か少し後、


 二人の視線の先には石造りの建物が軒を連ねる大通り。

 まだ早い時間であることから人影はまばらだが、煙突から噴き出る煙や、商店の店先で準備を進めている店主らしきNPCの姿が見受けられる。

 遠目に見てもかなり広い街だが、大通りの広さによって更に広さが強調されていることが分かる。


「此処が首都テラか…緩衝地帯からも見ていたが、やはり広いな」

「そりゃあ、仮にも首都だからな。それに今、アエラにはこのテラしか拠点になる場所が無いんだよ」

「……そうなのか?」

「おうよ。正確にはこのテラを下に置いた真円状のフィールドが今のアエラなのさ」


 その言葉を聞きながら、門を抜けてよたよたとおぼつかない調子で歩くアレックス。

 周りの人々が奇妙なモノを見る目をしているのも気付かず、小さな子供の様にキョロキョロと周囲の風景を見ている様子に思わず苦笑するテオ。


「…どうした。何かあったか?」

「いやいや何でもねぇよ。それよりも早く役所に行っちまおうぜ」

「役所……あの大きな建築物か」


 そう言ったアレックスは立ち止まり、道の先、テラのちょうど中心部にある建物に目を向けた。

 およそ十六、七メートル程だろうか。石造りの大きな建築物で、まだ朝にも関わらず多くの人々が出入りしている。


「そうそう。あれが『役所』さ、主に住民登録だったり、依頼を受ける時に利用することが多い。

 他にも二階の食堂で飯食ったり、同じ階にある宿泊施設に泊まったりできるから、覚えておいて損は無いぜ」

「ほう…あの外で(たむろ)している連中は何だ?浮浪者か?」


 アレックスは役所の外、円状の開けた場所に座り込んだり、その周りで歩き回る人々を指さしてそう言った。


「ちげーよ!……あれは露店だよ。生産職のプレイヤーとか、NPCがあそこで商品を売ってるのさ。

 薬類、武具類、防具類、生活用具類、あとは魔物の素材だとか鉱石類なんかも取り扱ってるな」

「ほうほう」

「まあ自分の店舗を持ってればそこで商売ができるんだけどな……今は露店で稼いで資金集めしてるプレイヤーが殆どだよ」 

「店舗?不動産の購入が可能なのか?」

「おうよ。役所で申請して、金――OMNISでは金の単位を『ロス』って言うんだがな?――を渡せば契約完了。

 改装なんかは自分で出来る場合もあるけど、増築の場合は新しく土地買わなきゃならんから別途予算がかかるけどな」


 自前の工房を渇望しているアレックスにとってこの話は正に天啓であった。

 テオの言っていることが正しいならば、ここでは現実の様に面倒臭い手続きも、土地税も土地所得税もかからない。

 実に素晴らしい!そう思っているアレックスは如何にも悪そうな顔で笑っていた。


(これは好都合。いきなり目的の明確な糸口が見つかるとは…!)


「どうした…?いきなり笑いだして。インターフェイスの故障か?」


 脳内で目まぐるしく思考を繰り返すアレックス。当然テオの声は聞こえていない。


(あそこにいる連中が皆不動産の購入を目的にしているわけではあるまい。ならばNPCの存在を加味してもチャンスは十分…!)


「おーい!おーい?どうした、返事しろー?」


(なに、最悪テラの土地を手に入れられなくてもいい。土地を持っているプレイヤーないしNPCとお話(・・)して買い受ければいいのだ)


「まさか持病のアレか!?手前いい加減にしろよこの野郎!……あ、いや大丈夫ですこちらのことはお構いなく…!」


 異様な光景に釣られたのか、周りに民衆が集まってきてもアレックスは思考を止めない。

 テオが何やら怒鳴りながら集まってきた民衆たちに説明やら釈明やらしているがそんなことも気にせず思考を続ける。


(夢の安定したドール☆ライフの為ならそこらの塵などどうでもいい。そうだ、私が法だ。黙して従え愚民共が)


「……なんかもうどうでもよくなってきたな。先に行くか」


 そう言ったテオは疲れた様子でとぼとぼと歩き始め…失礼。一刻も早く遠ざかりたいのかダッシュで役所に進んでいった。







 ……それから凡そ十分後。

 アレックスは大通りの真ん中で放置されていたことに感づいたのか、怒りの表情を浮かべながらゴキブリスタイルで大通りを駆け抜けていった。


 尚、一連の光景を見ていた者たちは、プレイヤーNPC関係なく、揃って何か見てはいけないモノを見てしまった様な表情を浮かべていたのは言うまでもない……




読了ありがとうございます。

因みに作中に出ていた「土地税(Grundsteuer)」「土地所得税(Grunderwerbsteuer)」は

実際にドイツの不動産を購入したor持っている際、払う税金の種類です。

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