第二話
今回字数が少なめになっております。
ログインの文字をタップしたアレックスは、その直後、まるで真っ暗な穴の中を落ちていくような感覚を覚えた。普通の人間ならこの突然の状況に怯え、パニックを起こす者もいるだろう。だがアレックスはというと……
「ええい!降下速度はこれ以上上がらんのか!?じれったいにも程があるぞ!!」
……完全に平常運転、もう人形のことしか考えていないアレックスは、少しでも早く人形の元へ行きたいのか、頭を下にして、まるで水に飛び込むように落下している。その所為か微妙に落下速度が速くなっているような、そうでないような。実際は全く落下速度は変わっていないのだが……恐らく、この男の頭の中にはそんなことも考えられないほどに思考が人形で埋め尽くされている。精神科医が匙を投げるレベルだろう。間違いない。
そんなこんなで勝手にアレックスが悶えていると、下の穴……現在アレックスが落ちている方向に白い点が現れる。
それは段々と大きくなり、やがてアレックスの身体が通り抜けられるほどにまで大きくなっていた。
「む、ようやく出口か。さてどうなるk―――
―――グワロバァッ!?」
白い穴を抜けた瞬間、アレックスは奇声を上げた。
それもそうだろう。何故なら穴を抜けたアレックスの前には……
「なんでいきなり床…ゲッ!?…ゴガッ!?…ブロァッ!?」
……とても硬そうな石畳が敷かれた床だったからだ。
明らかに硬い床に頭から突っ込んだアレックスは、そのままの勢いで石畳の上を転げ回る。頭を床に叩きつけながら転げ回っているので、叩きつけられる度に困惑の感情を滲ませた奇声を上げる。
そして三,四回頭を叩きつけた後、右側の石壁に身体ごと叩きつけられてようやく苦しみの時は止まった。
全身を強打したアレックスは、壁に張り付くような、何とも間抜けな格好で身体の痛みを訴えようとしている。だが、その時不思議な感覚を味わった。
「アアァッッ!痛ッッッ……くない?」
そう、痛くない。より正確には痛覚を感じないのだ。
突然の感覚に戸惑うアレックス。彼は今まで痛覚を感じないなどという体験をしたことなど、それこそ昔の左足を外科手術で切断した時くらいだろう。だが今彼が感じているこの感覚は、所謂麻酔によって起こる麻痺するような感覚とは明らかに違っている。
痛覚と共に触覚も麻痺させるようなものとは違い、触覚はちゃんとある。現に今現在、アレックスの背中にはゴツゴツとして、無機物特有の冷たさが感じられている。
「この……何だろうな。頭の中で痛覚だけが遮られているような感覚は。まさかアレか?これがテオの言っていた『重要なこと』か?」
未だ混乱する思考でどうにか冷静さを保とうとするアレックス。
(少し考えれば此処はゲーム内。安全性の問題だのでインターフェイス経由で痛覚が遮断されていても可笑しくはない……よく見れば無いはずの左足もあるな……)
少し困惑しながら、壁から離れ、立ち上がろうとするアレックス。しかし彼は今まで壁に張り付いていて気づかなかったことに気づくことになる。
「とにかく此処を出てアエラとやらに行かねば!クッッ!―――
―――た、立てない。立てないぞ!?」
アレックスが立とうとしても、その命令に反して、両足は微動だにしない。まるで自分の身体ではないような感覚。しかもこれが元々義足だった左足だけならまだ分かる。だが普段動くはずの右足まで動かないとなると、流石のアレックスも驚きを隠せそうになかった。
幸い、両腕は問題なく―――といっても麻痺が起こっている様な、かなり動かしにくい状態だが―――問題なく動くので、両腕にありったけの力を込めて体を引きずり、匍匐前進の要領で石畳の床を這うことに成功したアレックスは、ようやく自分が今いる場所の確認をすることができた。
「ここがOMNISか。確かに凄い完成度だ……一見すれば現実とほぼ変わらんぞ」
そこは石造りの神殿らしき場所で、かなり広い。少し薄暗い中、アレックスから見て左右に配置されている石像が印象的で、まるで聖域の様な、そんな神々しさすら感じさせる空間になっていた。
初めて見た者なら誰でも魅了されてしまうだろうが、よくよく見渡すと神聖さを台無しにするような光景がすぐそばに広がっていることをアレックスは知った。
「しかし……私以外にも倒れてる人間がちらほらといるな。もっとも、まともに動けないどころか声すら出せない者だらけな様だが……」
アレックスが這っている石畳には、先程までのアレックスと同じような状態で這いつくばっている者が何人か見られた。どうやら四肢が全く動かない様子で、まるで岸に打ち上げられたクジラのようにじたばたと身じろぎしているのが見て取れる。
それを気の毒そうに眺めながら、アレックスは神殿内部に唯一存在する扉―――一枚岩で造られた重厚感溢れる扉に向かって、匍匐前進を始めた。
周りの人間はその姿を化け物か何か見たような視線を彼に向けていたが、必死に扉まで進むアレックスはそんな視線には一切気づかない。というより、気づく余裕が無い。
そうこうしている内に、アレックスは扉の目の前まで移動することができた。少し息を整えた後、この扉をどうやって開けようか考えていたアレックスだったが。
「ん?扉がひとりでに開き始めただと……?」
突如として触れてもいない扉が開き始めた。不可解な現象に戸惑うアレックス。そして扉が完全に開くとそこには―――
「―――クッハハハッハハハハハハハァッ!!」
「……は?」
全身を真っ黒なローブで覆った不審者がアレックスを見て高笑いしていた。
読了ありがとうございました。