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Alex:2032  作者: 果糖
12/22

第十二話

色々と遅れて大変申し訳ございません……

今回はメディスのジジイ編です。

 


 夕方の首都テラ。OMNIS内時間で九時を超えている所為か、NPCやプレイヤー達が街内で多く見かけられる。

 暖かな、アットホームな雰囲気が街を包む中、アレックスは一枚の紙きれを頼りに、テラの東南区を歩いていた。

 小さな紙きれには何やら番地と大体の位置を示す、所謂地図が書き込まれている。


「しかし…何故あの老人は私にこんな物を……?」


 地図を持つ手とは逆。ダランと下げた左手には先程出会った老人――ジョージとの師弟契約書の控えが握られていた。

 この師弟契約書とやら。正式な生産職なら役所に申請すれば誰でも簡単に入手できる物らしい。

 初めての依頼達成後、アレックスはその辺りを職員達に聞きこんでいたが、

 彼らにとってはこの契約書よりもその内容が気になっていたようだった。


『ジョージさんが弟子を…?』

『どういう気まぐれで…』

『偽物じゃあないみたいだけど……』


 ……どうやらあのジジイは随分と有名人なようだ。それも割と偏屈な方で。

 聞くところによると、あのジョージとかいう老人はこのテラでもベテランのメディスらしい。

 若い頃はウォーリアーとして魔物を狩っていたが、怪我をきっかけに生産職への道を選んだようだ。


「正直どうでもいい話だったな…」


 ウォーリアーだったからあれほどの恵体なのか、恵体だったからウォーリアーになっていたのか。

 そんな死ぬほどどうでもいい話を職員たちから延々と聞かされていたアレックスは完全にグロッキーだった。

 正直もう適当な宿屋に入ってログアウトしたい。そう思っていた彼だが、

 地図まで書いてもらって行かないのもどうかと思い、現在に至っている。


 役所から南に真っ直ぐ歩いて東側にしばらく歩いた先。

 北東、北西、南東、南西の四地区に分かれるテラ市街の内、『職人街』とまで言われているのがこの東南区である。

 周りにはあちこちの民家の屋根から長い煙突が生えていて、モクモクと黒い煙を吐き出し続けている。

 耳を澄ませると何処からともなくカーン、カーンという金属を叩く音が聞こえてくることもあって、

 如何にも職人の街らしい所だな。と、ぼんやり考えていたアレックスは、遂に目当ての民家を見つけた。


「確かこの辺りのはずだが……あれか」


 眼を向けたその先。

 古い一軒の民家に『ジョージ・リブリー』と書かれたボロい郵便受けらしき物を確認した後、

 アレックスはため息をつきながらその玄関口に歩み寄り、木製のささくれが目立つ扉を数回ノックした。


「開けろジョージ・リブリー。あの時契約書を渡された者だ」


 …傲慢極まりない呼び方をするアレックスだが、扉の先から返事は返ってこない。


 その後何度もノックしながら呼びかけるが、一向に目的の人物は出てこなかった。

 これにはアレックスも困った様子で首を傾げる他なかったが、

 彼は数瞬考えた後、ハッ!とした顔で恐る恐る口を開く。


「まさか、永眠か……!?」


 本人が聞けば間違いなく激怒するであろう言葉だが、アレックス自身は至って真面目である。

 仮にも見ず知らずの自分を誘ってくれた老人。もしかしたら“師匠”と呼んでいたかもしれない存在。

 そんなかけがえのない絆を失ってしまったアレックスは、心なしか落ち込んでいるようにも見える。


「そうか…あの体格だからそんなことは在り得ないと思っていたが。

 外見は元気そうでも中身は既に死に体。棺桶に足どころか頭から突っ込むような状態だったのか……」


 思いっ切り失礼な独り言を垂れ流しながら、アレックスはゆっくりとその場を立ち去ろうとする。

 悲しそうに空を見上げ、ため息をつきながらその場を後にするアレックス。

 その背中には、大事な何かを無くしてしまったような、そんな影が見え隠れしていた……。







「…誰が死に体じゃ、こんの大馬鹿者がぁああぁああああ!!」

「オグラァッ!?」



 ……まあ、普通に生きていたジョージに金槌で頭をぶっ叩かれていたが。





 ◇◇◇◇





 その後、ぶっ叩かれてローブの襟首掴まれて家に叩き込まれたアレックスはジョージを正面に茶をしばいていた。

 机を挟んだ目の前にはイライラという擬音がよく似合う様子の不機嫌そうなジョージ。

 ジョージはその感情をぶつけるかのような、少し低い声でアレックスに話しかける。


「…で?」

「?……どうした御老体。ボケが始まったか?」

「じゃかぁしいわこの糞餓鬼がぁ!」

「ベヘェモッ!?…グガァ!?」


 金槌が上から下へと綺麗な放物線を描いて、アレックスの頭部に叩きつけられる。

 あまりの衝撃に奇声を上げながら勢いよく頭を机に衝突し、更に奇声を出すアレックス。

 つい直前のことを全く反省していないその姿を見ながら、呆れたように再びジョージが口を開く。


「で、糞餓鬼。何でこんな辺鄙な所まで来たんじゃ?」

「自分の言ったことをもう忘れたのか老害。やはりもうボケたか。

 脳筋なら脳筋らしく剣の一つでも振り回していればいいものを」

「喧嘩売ってるんじゃな?そうなんじゃろう?」

「さて、本題に移ろう」

「無視するな糞餓鬼」


 あくまで喧嘩腰のスタイルを止めない二人。傍から見れば奇妙の一言に尽きるであろう光景だが、

 何故か微妙に嚙み合っているように見えるのは気のせいだろう。

 ジョージはイライラとした感情を茶で流すように目の前の茶を飲み干すと、真剣な顔で話を促す。


「……弟子入りしに来た。そうとっていいんじゃな?」

「それ以外に此処に来る理由が無かろう」

「何故、と聞いてもいいかね?

 儂の様な老骨に習わずとも、プレイヤーのお主なら効率的なNPCを選べた筈じゃ。

 なのに何故、道端で一度会っただけの儂に師事しようと考えた?」


 その問いに、アレックスは当然の如く返答する。


「…一つはジョージ・リブリーの職歴。役所の職員達にかなりのベテランだと聞いたのでな。

 技術を学ぶならば出来る限りベテランに学びたいと考えるのは当然だろう?」

「ふむ…」

「そしてもう一つは貴方の性格に関してだ」

「ん?」

「凄まじく偏屈な思考。無駄に大きな体躯。出会ってそうそう人に暴力を振るう凶暴性…」

「最初以外性格関係ないじゃろうが!?しかも最後はお ま えの所為だ!」


 ジョージの苦言を軽く無視して話を続けるアレックス。


「かなり難のある老人だが……それ故に師としては申し分ない」

「…は?」

「気づかなかったかもしれないが、私の性格も大分捻じ曲がっていてな」

「いや、とっくに知っておるぞ」

「そんな私に教えを伝えることが出来るのは、余程の人格者か――



 ――私と同等、もしくはそれ以上に偏屈な者しかいないだろうと考えた」


 言っていることは普通に失礼。だがそれを語る眼はいたって真剣だった。


「まあそう考えりゃ確実な選択かもしれんな…失礼なのは変わらんが」

「だろう?」

「だが、儂とて長年メディスを務めてきた者じゃ。

 弟子となる者にはそれ相応の覚悟を決めてもらわねばならん」


 ジョージは真剣に自らの理念を語る。

 その目を、まさに職人の目であると感じたアレックスはニヤリと口端を吊り上げた。


「覚悟などとうに決めている。あとは貴方の心次第だ」

「…つくづく生意気な糞餓鬼じゃわい」


 彼の笑顔を見たジョージは、その悪態とは裏腹に、なんとも嬉しそうに破顔した。

 思えばメディスとして生きてから数十年、今まで弟子を取ったことのない自分だが、

 まさか初めての弟子が自分にそっくりな糞餓鬼だとは思いもよらなかった。

 これだから人生は面白いのだと思いながら、その顔を緩ませている。


「……修業は厳しく行くぞ?妥協は一切許さん」

「それくらいでなくては張り合いがない。むしろ妥協するようなら此方から願い下げだ」


 ……意地の悪い、まるで子供の様に笑う二人は、ここに師弟の関係となった。



 アレックスとジョージ。この時は決して仲がいいとは言えない二人であるが、

 結局これから十年以上に渡って、その師弟関係を深めていくこととなる。





 ◇◇◇◇





 ジョージの工房。

 主の性格に反して工房は清潔かつ利便的に利用できるよう、整理されていた。

 意外そうにキョロキョロと周りを見渡すアレックスを置いて、ジョージは棚からガラス瓶を幾つか持ってきた。

 それらを軽量器具、各種ビーカーなどの器具の置かれた机に置くと、アレックスの方を向いて話し始める。


「儂が今並べたのはどれも回復薬じゃ。それぞれ効力が違うのだが…分かるか?」


 机に並べられたのは五本のガラス瓶。それぞれに共通するのは緑色の液体が同量だけ入っているということ。


 …いや、正確には同色と言うと誤謬があった。

 五本のガラス瓶。その中に入っている液体はどれも緑色ではあるものの、その濃淡が(・・・)明らかに(・・・・)違った(・・・)

 右から左にかけて段々と濃くなっていく緑色の回復薬はそのグラデーションをアレックスに見せつけている。


「…明らかに濃さが違うな。右から左へと濃くなっている。

 一番右は今私が持っている初心者セットに入っていた回復薬に近いが……」

「それは一番安値で取引される回復薬じゃ。

 量産も容易、材料費も安いで一番市場に出て居るが…まあ、効果はお察しじゃな」


 そう言いながら肩を竦めるジョージ。

 対照的に自分が持っていた回復薬はかなりの安物だったことに納得するアレックス。

 初心者限定ではあるが無料で渡される物ではないだろうと考えていたが、

 最も安価で数も多い物であればそれも当然かもしれない。


「痛んだり、古いマラム草でも作れることから、主に見習いの練習用になっておるからの。

 その一つ左とそのまた左の回復薬で、ようやく市場の基準に達するレベルになる。

 まあ取り敢えずはそれがお前の目標になる。よく見ておくことじゃな」


 そう言いながら再び棚へと向かう彼に、アレックスは質問する。


「我が師よ。右側の二本はかなり濃いようだが…これは何だ?

 市場に出る物より濃いのだから、これらの方が効果が高いということか?」


 そう言いながらアレックスは二つの瓶を軽く左右に振る。

 市販品よりもずっと濃いそれはサラサラとしていた市販品とは違い、ドロっとしていた。


 ああ、と背を向けながらジョージは説明する。


「その二本は保管用の濃縮液じゃよ。濃い方が十倍濃縮液、もう片方が七倍濃縮液。

 それぞれ蒸留水で希釈して使うのだが、数を保管するにはそちらのほうがやりやすい。

 効果は、まあ微妙じゃなぁ……通常の回復薬を使った方が安上がりだろうのう」

「ん?十倍、七倍と言っているのだからそれ相応の効果があるのではないのか?」


 棚から取り出した薬を眺めながら、やれやれといった具合で首を振るジョージ。


「…そもそも市販の回復薬は使った者にとって最適な回復率になるように濃度が決められておる。

 それ以上の濃度で取り込んでも、回復量が微々と増えるだけで特に目立った効果はない。

 何故だか分かるか?」


 目当ての瓶を見つけたのか、一本の瓶を持ち再び戻ってくる師の視線を受けながら、

 アレックスは濃度に関する考察を進めていた。


(濃縮された回復薬に問題があるわけではないとすれば、問題は人の方か?

 あいにく薬学には通じていないから詳しくは分からんが……ん?回復率?)


 回復率。その単語にアレックスは疑問を抱いた。

 回復量という単語もそうだが、何故そこまで明文化して提言できる?

 それではまるで――


「……人が回復薬によって回復できる回復量の限界が存在する…?」

「…うむ。まあ正確には『マラム草のとある成分を摂取する限界が存在する』じゃがな」

「は?マラム草?あの何の変哲もない雑草か?」


 ぺんぺん草のような、ありふれた雑草だと思っていたアレックスは目を瞬かせて驚いた。

 その顔を面白そうに見ているジョージは、マラム草に関する説明に入る。


「雑草に見えるかもしれんが、あれはかなり有用な薬草でのう。

 なにせあれを磨り潰して、鍋で煮れば回復薬の完成じゃ。便利の一言で〆られんほどの有用性だろう?」


 確かに、あの苦さを外にやればあれほど便利な物は無い。

 加工も簡単。採取も、アレックスの様な初心者が受けることが出来るほど簡単な依頼で手に入るほどだ。


「……逆に副作用が無い方が不気味、か」

「まあそう言う連中も多いのう。事実マラム草はその葉に魔力を帯びておってな。

 植物のカテゴリに入ってはいるが、事実上は植物より魔物に近いとまで考えられておる」

「…魔物?」

「うむ。……だが少し考えればそう不思議なことでもあるまい?

 磨り潰して煮るだけで人の傷を癒すことができる薬など、魔物でもなければ到底存在し得ないものだ」


 そう考えれば随分と摩訶不思議な代物だな…と思ったアレックスは素朴な疑問を師にぶつける。


「確かに……だが何故そんな物をポンポンと使える?

 仮にも魔物と定義された物ならば、もう少し扱いもマシになると思うが」

「まあその辺りは儂ら職人の妥協が一番の理由じゃろうなぁ……。

 実を言えば、別の材料で市販の回復薬よりも効果が高い薬を作ることは可能なんじゃよ。

 ただマラム草を使用した場合と比較した場合と比べると、どうしても割高になってしまうんじゃ」

「マラム草を使った回復薬が一番費用対効果を見込める。ということか」

「…その代わり正しい濃度でないと副作用が起こるぞ。

 故にメディスは自分の作った薬に十分な精査を行わねばならん。半端など以ての外じゃ」


 特にメディスの仕事を意識していた訳ではなかったアレックスだったが、

 その責任の重大さに改めてメディスという存在の重さを理解した。


 弟子の思い詰める顔を眺めて苦笑するジョージは、話を別の方向に切り替える。


「その辺りも細かく教えていくが…馬鹿弟子よ。この薬を見よ」

「誰が馬鹿弟子だ、というか、これは……?」


 目の前に置かれたのは一本のガラス瓶。

 ガラス瓶の形状は先程までと変わらない質素なものであるが、肝心の中身が違う。


 見えたのは血の様な赤、朱、赫。

 赤を意味する色を全て混ぜ込んだような、だが汚くはない、むしろ神秘的ともいえる。そんな色だった。

 閉じ込められた液体は不思議と瓶の中で淡く光り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「我が師よ…これは一体……」


 弟子の呆けた顔を破顔しながら見る師匠。

 やがて自らの叡智を披露するかのように威風堂々と口を開けて言い放つ。


「これが弟子であるお主の最終到達目標。

 血よりも濃く、炎よりも鮮やかな色を見せるこの霊薬の名は―――」


 魔導の象徴。幻想の根源。数々の異名を持つ霊薬。


「――魔導血晶薬じゃ」


 一種の頂点を見せられた弟子は、その目を人形以外で久方ぶりに輝かせた。



読了ありがとうございました。

次回の投稿は…来週を、予定しております。

多分、いや間違いなく遅れるでしょうが(´ε`;)

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