第十話
遅くなって申し訳ありません。第十話、どうぞご覧ください。
ババアが絶賛フィーバー真っ最中だったその同時刻。
リリィと別れ役所に向かっているアレックスは不快そうな顔で携帯食料を頬張っていた。
「む…ゴホッ、相も変わらず小麦の味しかしない……
しかも異様に粉っぽい所為で口の中の水分がゼロになってしまう…なんだこの拷問は」
至極不快そうな顔で歩くアレックスの姿に、道行く通行人達は不思議そうな顔をした後、
その内のプレイヤーと思しき者たちは食べている物を見て、酷く同情するような目線をアレックスに向けていた。
「しかし水が欲しいな…ん、そういえば携帯食料と共に入っていた回復薬とやらがあったはずだ」
水分を求めてウインドウから出した初心者セットの袋を漁るアレックス。
やがて見つけた回復薬を一目見て、ため息をつく。
「薄い緑色か…如何にも不気味だが、まあ飲めるものであるはずだ」
コルクの栓を抜き、中の液体を勢いよくあおると、口の中いっぱいに何とも苦々しい風味が広がる。
幸いにも飲めないほどではないが、好き好んで飲みたい代物ではないな…と渋面を浮かべて空き瓶を睨んでいると、周りが騒がしくなっていることに気づいた。
どうやら気づかない間に役所の近くまで来ていたようで、その役所の入り口近くにプレイヤー達が集まっている光景が見える。
「なんだあの人だかりは…?」
あれでは役所に入れないではないかと憤慨していると、丁度人だかりの中からNPCの老人が現れた。
大きな荷物を抱えているが、ひ弱な印象は無く、筋骨隆々の勇ましい体をしている。
とにかく人だかりの訳を知りたかったアレックスはこれ幸いとばかりに老人へ話しかける。
「そこのご老人。ちょっといいだろうか?」
「ん?その身なり…お前さん、プレイヤーか。一体何の用だ?」
「あの人だかりは一体何なのか、分かるだろうか?」
アレックスの問いに老人は納得した様子で答える。
「…ああ、ありゃあ『紅牙』のプレイヤー達を見に来てるんじゃろう」
『紅牙』とは一体何なのだろうかと思っていると、役所の人だかりが突如騒ぎ始めた。
「見ておれ、あれが紅牙―――
―――現時点でアエラ最強の戦闘集団じゃ」
老人が呟くとともに役所の扉から数人のプレイヤーが出て来る。
男もいれば女もいる。外見も肌の色も違う者たちだが、全員がそろって赤を基調とした鎧やローブを着ていることにアレックスは気が付いた。
また各々の顔付きも、自分の実力に対する自信が見られる勇ましい顔であった。
周りでその姿を見ているプレイヤー達は羨望と嫉妬のまなざしを彼らに向けているが、それと比較すれば遥かに“冒険者”然とした姿である。
『紅牙』…その名の通り牙の如く魔物を引き裂くことができる集団なのだろうとアレックスが感心していると、隣の老人が呆れた様な表情で話しかけてきた。
「…随分とまあ他人事のように見ておるのう」
「他人事だからな」
「はっきりと言うんじゃなぁ。羨みもしなければ妬みもせんのか?」
老人の言葉を心底理解できないとばかりに吐き捨てるアレックス。
「顔も名も知らん人間を羨ましく思えるほど器用ではないのでな。
それに私は生産職志望だ。戦闘職の連中とは元から畑が違う」
アレックスが生産職志望であることを伝えると、老人は驚いた顔で訊き返す。
「ほう、生産職志望か。因みに何を志望しておる?スミスか?メディスか?それともテーラーか?」
「ん?ああ、まだ特にはっきりと決めたわけではないが…選ぶとすればメディスだろうか、今は回復薬の需要が高いと聞く。
まずは金を稼がなくてはどうしようもないが、な」
メディスは回復薬や解毒薬などの薬品類を生産できるロールだ。
冒険者にとってはなくてはならない存在で、特に回復薬は回復魔法を使えないプレイヤーからすれば生命線にもなり得る存在である。
そんな回復薬を生産できるメディスは資金を増やすのにうってつけのロールなのだが……
「初期費用が高くてなぁ…。各種機材を揃えるだけで結構な額が吹き飛ぶ」
「ああ…まあそりゃあ難儀だわなぁ……」
メディスのロールを取得するためにはメディスへ弟子入りする必要がある。
だが、ただ弟子入りするだけではなく、素材を煮込む寸胴鍋や計量用の天秤など機材を揃えなくてはならない。
幸い機材は初心者用の安い物があるが…それでも財布の負担は大きいものである。
「……まあ取り敢えずは魔物を殺し続ける作業を淡々とこなすしかない。
その後、資金が集まり次第どこかのメディスに弟子入りすることになるだろうな。」
「ふーむ。……坊主」
「なにかね、ご老人」
老人は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、そのままアレックスに手渡した。
なにやら契約書の様な文がつらつらと書かれているそれを一瞥すると老人はその場を去っていく。
「…その紙に名を書いて役所に提出すれば晴れてお前さんもメディス見習いじゃ。
じゃあの~。儂は職人街の端に工房を持っておる。いつでも好きな時に来い」
「ちょ、ご老人!?」
慌てふためくアレックスをしり目に、老人は確かな足取りで去っていく。
残ったのは羊皮紙を握りしめて呆然としているアレックスと、役所に入っていく人だかりだけだった。
「なんなんだ。あの老人は……」
呆然。というよりかは変わり続ける展開に頭が追いつかなかったとでも言おうか。
手に持たされた羊皮紙を眺めると、契約書らしき文面が見受けられる。名を書くのは役所で出来るのだろう。
羊皮紙の最上部。一番大きな欄には金文字で『ジョージ・リブリー』の名が刻まれていた。
「取り敢えずは役所で簡単な依頼をこなしていくか。このままではどうあっても資金が足らん」
心を落ち着かせたアレックスは、羊皮紙を見ながら役所の扉に向かって……
「しかし…どう見てもスミスよりの体型だったな。あの老人」
……割とどうでもいいことを考えつつ歩くのだった。
◇◇◇◇
それから半刻ほど経ち、アレックスは平原でひたすら赤ネズミを狩る作業を続けていた。
老人との会話の後、役所で初心者用の依頼を幾つか受けてきたが、それも残すところあと一つとなっていた。
受けた依頼は、赤ネズミを一〇体討伐。回復薬の材料となる『マラム草』を一〇本納品。最後にN級魔石を一〇個納品。
マラム草に関しては依頼を受ける際に絵姿を見せられていたので問題は無い。
大体が開けた草原など、日が多く当たる場所に自生しているようで、事実もう一〇本集めきっている。
問題は残りの二つだ。
元々赤ネズミ討伐と魔石の納品は討伐数と納品する魔石の数が同じ為、同時進行が可能であることからそこまで苦労しないと考えていたアレックスだったが……
「…先に魔力が尽きるとは思わなかったぞ」
赤ネズミ十体を倒しきるまでに魔力を使い切ってしまったのだ。
そもそもLV.1のメイジが初級魔法一発に対してかかる魔力は五。アレックスの魔力はマックスで七〇。
よってアレックスが撃てる初級魔法は最高一四発。しかもリリィに教わる過程で既に二発消費しているから……
「一二発。一匹に二発使ったとしても六匹しか倒せないか。
こうなるならば撃つ前に考えておけばよかったな」
六個の魔石をウインドウに収納しながらボヤくアレックス。
正確には先程手に入れた一個を含めた七個なのだが、それでもあと三個足りない。
「しょうがないか…こうなったら最後の手段だ」
そう言うとアレックスは長杖を短く持ち、三メートル程前にいる赤ネズミへと向かった。
前方にいる赤ネズミは草を食んでいてこちらに気づいていない。アレックスはそのまま―――
「…ソォイッ!!」
「キィィイイィイィ!?」
―――持っていた杖を勢いよく赤ネズミの頭部に叩きつける。
突然の衝撃に驚く暇もなく、赤ネズミは殴打の嵐を受け続ける。
技術のかけらも無い単純な殴打。だがそれ故にダメージは蓄積され続け…
「キッ!キィイィィィ……」
赤ネズミは無残にも砕け散り、その場には魔石と爪がいくつか残った。
残ったのは杖を握りしめたアレックスのみ、多少息があがってはいるものの、まだまだ予定の数には足らないからか、周りに赤ネズミがいないか探し続けている。
「ふぅ…あと二つ。……殴り殺しに行こうか」
周囲にいた赤ネズミは叩かれ続けていた同族の悲鳴を聞いていたからか、若干震えた様子でアレックスに立ち向かう。
「キ、キィィイイィ!?」
「キィィイイ!キィイイイィ!!」
「キッ!キッィィィィ!?」
赤ネズミの悲鳴にも似た威嚇に、アレックスは暗い笑みを浮かべる。
「安心しろ。お前たちの死は無駄にはしない。
これも私の目的の為、資金調達の為にはしょうがないことなのだ。」
杖を振りかぶり、手近の赤ネズミ目がけて笑顔のまま振り下ろす。
「……さぁ。悉く、私の糧となるがいい!」
その顔は正に悪魔。自分の欲望に従いその為には全てを利用する恐ろしい存在。
哀れと言うべきか、赤ネズミ達はただ無常に殺されていくだけであった……。
「……あ。杖が折れてしまった」
【悲報】アレックス、杖を失う。
因みにスミスは鍛冶。メディスは調薬が主なロールです。




