第39章
ヘンリーの葬儀の際に、帝都近郊から50騎の騎士を警護のために私は呼んでいたが、葬儀終了後にはまた戻していた。
ヘンリーが亡くなった直後が一番危ない、そのように乏しい私の軍事知識は判断していた。
これには、私の軍事顧問を務めるジュリエットの実家の面々も私の諮問にそう答えていた。
だが、あえて私はそうした。
それは、大公家は平和を望んでいたのに、元皇帝ジェームズから不当な攻撃を仕掛けてきたと周囲の貴族社会の面々に思わせたかったからだ。
世論と言うのは意外に重要だ。
最終的に勝つにしても、どこまでの行動が許されるかは世論が意外と左右するものだ。
だが、ジェームズの残虐さは私の想像をはるかに超えていた。
そのことで私は一生後悔することになった。
所詮、私は戦争を知らない若奥様だったのだ。
「マーガレットたちは無事に帝都から脱出済みね」
「安心してください」
騎士の1人の返答に私は心から安堵した。
ジェームズの動きが怪しい。
その情報が入ったばかりだが、大公家は既に主な対策を済ませた後なのだ。
さすがにヘンリーの葬儀の真っ最中に、チャールズに反乱罪の嫌疑を掛けるほどジェームズは破廉恥ではなかった。
そのお蔭で助かった。
ヘンリーの子は父を失った傷心を帝都の外で癒すためという名目で全員が帝都から外に出ている。
1歳に満たない赤子に父を失ったことが分かるわけがないが、兄弟全員を一緒にいさせたいという名目で、ヘンリーの先妻の子マーガレット、そして、アンが産んだエドワード以下の4人の子は揃って、私が心から信頼できるジュリエットの又従弟が管理している帝都近くの荘園に既に向かっている。
それに私の養女で、本当はエドワードの同父母姉のキャロラインも仲の良い従姉のマーガレットと一緒に居たいと言い張ったという名目で行動を共にしている。
大公家の一族で足手まといになる小さな子は全員、帝都にいないのだ。
チャールズの母が先年に亡くなったのは、不幸中の幸いだった。
後は私たち夫婦とアンが帝都から脱出すればいい。
「大丈夫かい」
チャールズは不安そうだったが、私はチャールズの足を踏みつけて、小声で叱った。
「あなたは大公家当主なのよ。周囲を安心させるためにも泰然自若としなさい」
「分かった」
足の痛みで却って落ち着いたのか、チャールズは不安そうな素振りを消した。
そして、私はアンが来ないことを心配した。
心の壊れたアンはあのヘンリーの邸宅から動こうとしないのではないか。
仮にもアンはジェームズの従妹だし、反乱罪の嫌疑が掛かるチャールズの義妹に過ぎない。
帝室軍に捕まり、監禁されることはあっても、アンの命の心配はあるまい。
私は楽観的にそのように考えて、中々来ないアンを残して、チャールズと一緒に帝都から脱出してエドワードたちのいる荘園に向かうことにした。
その荘園はいざと言う場合の大公家の軍勢の集結地の1つになっている。
そこだけでも軽く1000騎を超える軍勢が予定通りなら集まる筈だ。
帝室の軍勢を充分に返り討ちにできる筈だが、こればかりは実際にやってみないと分からないことだ。
帝都を離れて暫く経ち、帝都の方角を見ると帝都の辺りが煙に覆われているのが見えた。
後衛を任せていた騎士の1人が慌てて、私たちが乗る馬車に近寄ってきた。
「大変です」
「何事か」
チャールズが叫んだ。
「アン様がいるヘンリー様の邸宅を帝室軍が焼き討ちして、アン様を焼き殺したとか。周囲を軍勢が取り囲み、脱出不可能にして、周囲全体から一斉に火を付けたそうです。そして、帝室に逆らう一族は全員こうなる、元皇帝ジェームズの命令だ、と兵たちが笑いながら叫んでいたということです」
その声を聴いた私は失神した。
ジェームズがそこまで残虐だったとは。ジェームズは絶対に許せない。
そして、ジェームズに味方した貴族や兵たちも全員殺してやる。
私は固く誓った。
アンは恋敵だったが、私の血を分けた妹でもあったのだ。
実の従妹を焼き殺して、嘲笑するなど、人間のすることではない。




